第2話 魔王、女の子になる(後編)
「わし、普通の女の子に戻ります。」
―――"歴代最強魔王"
―――"千年に一度の大災害"
―――"魔神の化身"
―――"破壊の帝王"
そんな異名で恐れられる魔族を統べる王、五代目魔王"ベリウス=ド=ストロゲスト5世"が、放った一言は、白髭を蓄えた老人を絶句させた。
魔王ベリウスのワガママは何も今日始まったものではない。
「人間との戦争中だけど、休暇を取って南国のリゾート地に行きたい。」
「あと三十六時間寝ていたい。」
「ダイエット中だけどあとご飯二杯くらい食べたい。」
そのいずれのわがままでも、老人、先代魔王からの従者"バエル=アルゼブ"を絶句させた事はない。
その彼を絶句させたのだから、今回のワガママはかつて無いものであった。
凍り付いたバエルを見て、ベリウスは一言目に怒られなかった事に、安心するよりも拍子抜けした。
「お? ど、どうしたんじゃ?」
一拍おいて心配になる。怒られるのも怖いが何も言われないのも逆に怖い。魔王の玉座から立ち上がり、ベリウスは恐る恐るバエルにすり寄る。
完全に固まっている。
「バエルどうした? 死んだか?」
年齢が年齢だけに割と洒落にならない冗談を投げ掛けるが、バエルは動かない。
困っていると、バエルよりはショックが大きくない様子の、三人の若き次期当主がそれぞれ顔を見合わせた後に、ベリウスの方を見た。
まず、口を開いたのはアルゼブ家次期当主のブブである。
「ベリウス、さっきのはどういう事だ?」
赤い短髪、精悍な顔つき、逞しい身体、いかにも体育会系な男。
彼の疑問はもっともだったが、幼馴染みのベリウスは思った。
(まぁ、こいつ脳筋だから理解できんよな。)
ベリウスは、このブブという幼馴染みの従者をアホだと思っているのである。
やれやれ、といった様子でベリウスはブブ用に改めて説明した。
「わし、魔王やめる。普通の女の子として生きていく。」
「は?」
ブブは怪訝な顔である。突拍子もなさ過ぎてそうなるのも当然なのだが、ベリウスはそれ以上ブブのリアクションに構う事なく、続いてフェルベール家次期当主ゴルドの顔色を窺った。
青い長髪に眼鏡、華奢な身体の長身、如何にもスカした奴といった感じの男は、目が合うと自分を指差す。「次は俺が何か言うのか?」というジェスチャーに、ベリウスは深く三回頷いた。
ゴルドは面倒臭そうに眉間に人差し指を当てると、ふぅーーーっと深々と息を吐き出し口を開く。
「お前女の子って歳じゃないだろ。」
パァン!とゴルドの頬を打つ破裂音。地面を二十メートルくらいゴロゴロと転がっていくゴルド。転がり終えたゴルドはそのまま動かなくなった。目をガン開きにした真顔のベリウスが転がった男をゴミでも見るかのように見下していた。
最後に、スペルビ家次期当主、ルシアに目を移す。
白い髪に白い肌、雪のような真っ白なメイド。何時でもポーカーフェイスを崩さない、クールな女は今回のベリウスのカミングアウトにも動じる事なく視線を返す。
「あの、ルシアはどう思う?」
「……そうですね。」
そうですね、と一拍おきつつも、考える素振りも見せずに、ルシアは答えた。
「宜しいのではないでしょうか。」
ベリウスの顔が一気に満開になった。
「ルシア~! やっぱりお前はわしの友達じゃあ~!」
ルシアの手を取りに行こうとするが、ルシアにスッと回避されるベリウス。「えっ」みたいに回避された事に戸惑いを隠せないベリウスを置いて、ブブがルシアに詰め寄った。
「おい、どういうつもりだ?」
「ダメと言ったところで聞かないじゃないですか。」
ルシアはポーカーフェイスで言う。
実際問題そうなのである。ベリウスは今までのワガママも全て押し通してきた。そもそも彼女に逆らえるものなどいないのだ。何故なら彼女は歴代最強の魔王だからである。
「そんな人を聞き分けの悪い子供みたいに!」
「聞き分けの悪い子供じゃないですか。」
不服そうに口を尖らせるベリウス。しかし、ルシアはバッサリ切り捨てる。
「そんな事言わずに、どうしてわしがそんな事を言い出したのか聞いて欲しいのじゃ……。」
「嫌って言っても話すんですよね。」
「実はの……。」
そして、ベリウスは、普通の女の子に戻りたいと言いだした理由を話し出す……。
「最近人間の描いた"しょーじょまんが"というものを読んでな。わしも普通の女の子みたいな恋愛とかをしてみたいと思ったのじゃ。」
「想像以上に浅い理由ですね。」
ルシアはバッサリ切り捨てる。まぁ、実際にあまりにも浅い理由なのである。
「だってだって! わしは物心ついた頃から魔王をやってたんじゃもん! わしだって、人並みに女の子らしい事したいのじゃ~!」
寝転んでじたばたと玩具をねだる子供の様に駄々を捏ねるベリウス。駄々っ子と違うのは、パワーが桁違いなので轟音と共に足と手を打ち付ける度に城が揺れる事である。
そんな駄々っ子を見て、ブブはいよいよ耐えかねてベリウスに詰め寄った。
「いい歳して何馬鹿な事言ってるんだ!」
パァン!とブブの頬を打つ破裂音。地面を二十メートルくらいゴロゴロと転がっていくブブ。転がり終えたブブはそのまま動かなくなった。目をガン開きにした真顔のベリウスが転がった男をゴミでも見るかのように見下していた。
歳の話はベリウスには禁句なのである。
残るはどうせ言っても聞かないと諦めムードのルシアと、あまりにも予想外のワガママを聞いてフリーズしているバエルのみ。
ようやくフリーズから立ち直ったバエルは、二人の男が撃沈した後になってようやく動き出した。
「い、い、いけませぬ!!!!」
「うおっ! 生きとったんかバエル!」
バエルが凄い剣幕でベリウスに迫る。
「今まさにタナハ王国に攻め入ろうとしている時に、そんな事が許されるとでも!? この国を投げ出すおつもりですか!?」
「わ、わしがいなくてももう勝てるじゃろ?」
「なりませぬ! 国民にも臣下にも示しがつかないでしょう!?」
「いやじゃ~! 魔王などもうやりとうない~!」
その様子を見ていたルシアが、ふぅ、と一息ついて口を開いた。
「お二人とも落ち着いて。」
その一言で口喧嘩は一旦止まり、二人の視線がルシアに集まる。ルシアは相変わらずのポーカーフェイスで、バエルの方に視線を向けた。
「バエルさん。どうせ言っても聞かないですよこの人。」
「ぐっ……! し、しかしだな……!」
「どうせここでダメだと言っても勝手に抜け出すんです。ここで言い聞かせたところで無駄ですよ。」
冷めた態度で淡々と紡がれるルシアの言葉に、バエルは言い淀む。
「あとでこっそり抜け出されてパニックになるよりは、きちんと把握した上で好きにさせた方が良いのでは? 実際、この人いなくても戦争困らないでしょう?」
「…………確かに、そうなんだが。」
「国民とか臣下への示しなんて、今更じゃないですか。そんなものとっくについてませんよ。」
「……ぐぅ。」
バエルの口からぐぅの音は出たが、もう何も言い返せない様子である。
実際はワガママを通す為のフォローをして貰ってるのだが、なんかボロクソ言われている気がしているベルウスは喜んでいいのやら悲しむべきなのやら微妙な表情で二人の会話を聞いていた。
「この人飽きっぽいですし、どうせすぐ飽きるでしょう。とりあえず好きにさせとけばいいんじゃないですか。」
「…………言っても仕方ないのは確かにそうか。」
「部下のわしへの評価が酷すぎる……。」
「事実ですよね?」
ぐさりとベリウスを刺すルシアの言葉。
ルシアの言葉に説得されたバエルは、苦悶の表情を浮かべながら、何かを決意した。
「分かりました。どうせ言っても聞かないんでしょう。」
「やったー!」
「話は最後まで聞いて下さい!」
バエルに怒られて、しゅんとするベリウス。
「……何をしたいのかは分かりませんが、ひとつ条件を出しましょう。それは……。」
バエルから出された、ベリウスが普通の女の子になる条件とは……?
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