第6話 魔王、モテたい




 男子生徒に声を掛けられているルシアを見ていたベリウスは、傍に寄ってきたブブの肩を叩いて小声で言った。


「ちょっと面貸せや。屋上まで来い。」

「えっ、俺何かした?」


 屋上まで連れて来られたブブに、ベリウスは悲痛な表情で訴え掛けた。


「わしもモテたいんじゃ~!」

「急に何を。」


 困惑するブブの肩を掴んで、ベリウスはブンブンとブブを揺する。


「ルシアには男子が寄ってくるのにわしには寄ってこないんじゃ~! わしも男子に寄ってこられたい~!」

脳震盪のうしんとう起こすからやめて。」


 魔王のパワーで揺すられたら流石に命に関わるのである。

 解放されたブブは、またこういうのか、と思いつつ話を聞いてみる事にした。

 無視すると暴れるので無下にもできないのである。ちなみに、ベリウスが暴れると、駄々っ子が暴れるというレベルじゃない災害が起きるのだ。


「ルシアってモテてるのか?」

「モテておるぞ! なんか口説かれておった! 断っとったが!」

「まぁ、顔と要領はいいからな。」


 ルシアは結構な美人である。そして何でもそつなく熟す。

 

「クールでミステリアスな感じがウケるんじゃないか。」

「ゴ、ゴルド……いつの間に。」


 いつの間にか屋上にいたゴルドも眼鏡をクイッとしながら話に混ざってきた。

 そんな話を聞いたベリウスは悲痛な顔で声を上げた。


「なんでじゃ~! わしも顔も要領も良くて、クールでミステリアスなのに~! しかも、ルシアよりも胸がでかいのに~!」

「寝言は寝て言え。」


 ゴルドが辛辣に言う。

 実際ベリウスは顔やスタイルは良いのである。

 クールでもミステリアスでもないし、大体何でもすぐ行き詰まって暴力で解決しようとするので要領がいいとも言えないのだが。


「嫌じゃ~! わしもモテたい~! 不公平じゃ~!」

「お前その歳で高校生に欲情するのか。お前からしたら曾ま」


 ズン!とゴルドが地面に顔から叩き付けられた。

 真顔で拳を握るベリウスが、動かなくなったゴルドを見下ろしている。


 


 しばらく黙った後に、悲痛な表情でベリウスは声をあげた。


「嫌じゃ~! わしもモテたい~! 不公平じゃ~!」


 仕切り直しである。


「それを俺に言ってどうしろと。」

「貴様もモテてるじゃろ!」

「モテてねーよ。」

「嘘じゃ! 貴様も女子から話しかけられておった!」

「お前のモテてる判定軽すぎないか?」


 ブブもそれなりに女子から話しかけられているのである。


「じゃあ、何でわしは誰にも話しかけられないのじゃ! 貴様がモテていないなら、わしは一体なんだというのじゃ!」

「…………お、おう。」

「そういう反応が一番人を傷付けるんじゃぞ?」


 しばらくの沈黙。

 改めてベリウスが仕切り直す。


「一体貴様は何をして異性に話しかけられているのじゃ!」

「俺は何もしてないぞ。」

「わしも何もしてないのに!」

「…………お、おう。」

「…………。」


 しばらくの沈黙。


「何故わしはモテないのじゃ……。不公平じゃ……。」

「それこそ、お前が読んでる"しょーじょまんが"でも参考にすればいいだろ。」


 ベリウスに電流が走る。

 空を黒雲が包み込み、雷鳴が轟く。不吉な気配にブブの背筋がひやりと冷えた。

 

「……それじゃあ!」


 ベリウスが何か閃いた様子で手を打った。空気が震える。

 ブブは直感した。

 余計な事を吹き込んでしまった、と。





 ~~~~~~~~~~~~~~~~




 たいら真人まなとは廊下の壁にもたれ掛かってぼんやりと立っていた。

 考えているのはもっぱら転入生の事である。

 長く美しい黒髪、幽霊のように白い肌、怪しく光る金色の瞳……それを見ると胸が高鳴る。バクバクと悲鳴を上げる。苦しくなる。


 席に座っていると、隣にあるそいつの席から漂ってくる妙な気配に頭がおかしくなりそうなので、真人は最近授業中以外は席に座らない。


(どうしたんだろう、俺。)


 どうしたんだろうと言いつつ、理由は明白であった。以前に見た夢である。

 そいつの名前は"田中ベリウス"。夢の中で真人を瀕死の重体にまで追い込んだ生きたトラック。

 いや、あれは夢だった筈なのだ、夢に違いない、夢であってくれ、不吉な予知夢ではない普通の夢であってくれ……真人は心の底から祈り、あの記憶をなかった事にしたがる。


(あいつの姿が目にこびり付いて離れない。今でも目の前にいるように見える……。)


 目の前に邪悪な笑みを浮かべたベリウスがいる。


(本当に目の前にいる!!!)


 本当にいた。


 凍り付く真人。目の前で口角をつり上げて邪悪な笑みを浮かべているベリウスがいる。真人の足は竦んで動かない。

 すっと腰の辺りに拳を構えるベリウス。両手を握って何かの構えを取っている。 

 真人は何をするつもりだ、と言いたいが声に出ない。喉が異常に渇いて呼吸が荒れる。


「ハァァァァァァァ……!!!!」


 ベリウスの深い息吹が聞こえる。オーラのようなものが腰の辺りに構えた右拳に集まっていく。

 真人は時間がゆっくりに見えた。

 左腕を引きながら、前に突き出される右拳。それは正拳突きであった。

 真人の中に生まれてから今日に至るまでの思い出が蘇る。これは走馬燈というものだろうか。


 そんな中、スローモーションで迫る拳。





 死






「破ァァァァァァァッ!!!!!!」


 ドン!!!!!!!と壁が轟音を上げる。

 ベリウスの正拳突きは、真人の顔の横をすり抜けた。

 壁に穴が空いている。真人の顔には穴が空いていなかった。


 真人の頭の中が真っ白になった。


 しかし、胸倉を掴む腕にすぐに意識は引き戻される。

 ベリウスだ。ベリウスが胸倉を掴んでいるのだ。胸倉を掴み上げて、顔をぐいと寄せて、ベリウスは真人に邪悪な笑みを浮かべて囁いた。


「『おもしれー女』と言え……。」

「……ひゃい?」

「『おもしれー女』と言えェ……!」

「お、お、おもしれーおんな……?」

「よし。」


 ぱっと胸倉が離されると同時に真人は腰を抜かしてへたり込んだ。ベリウスは何やら満足げに笑うとその場から去って行った。




 その様子を見ていたブブは絶句していた。得意気にこちらに戻ってくるベリウス。正直顔を逸らして他人のフリをしたい気分だった。目の前まで来たベリウスが、周囲のざわめきと視線など意にも介せずにブブの前に立った。


「こんなものかの。」


 どんなものだよ。ブブは思った。

 一つずつ聞かなければならない。


「……何故殴った?」

「知らんのか。あれは"壁ドン"じゃ。人間はあれでときめくんじゃ。」


 ときめく。喜びや期待で胸がドキドキする事である。

 確かにドキドキはしただろう。恐怖で。

 

「……その後のは?」

「知らんのか。おもしれー女と言わせた女はモテるのじゃ。」


 確かに言わせていた。脅迫してだが。

 少女漫画とやらを知らないブブにも分かる。

 面白い女と言わせる手段は選ぶべきだと。


「壁際に丁度いい獲物がいたから、まずは小手調べからじゃ。まだまだこれから"しょーじょまんが"の手段を試していこうと思う。」

「もうやめてあげて。」


 心の底から少年を哀れんでブブがベリウスを引き留めた。




 壁の修理と、これを見ていた者(被害少年含む)の記憶の消去をルシアにやってもらって何とか事なきを得た。




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魔王は普通の女の子に戻りたい 夜更一二三 @utatane2424

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