第3話 魔王、JKになる




 アカサ大陸から離れた島国"ヤラワ国"。

 そこに五代目魔王、"ベリウス=ド=ストロゲスト5世"はいた。

 借りた一軒家の大鏡の前で、憧れの制服に身を包み、得意気にポーズを決めていく。


「どうじゃ? 似合っておるじゃろ?」


 振り返れば、そこには三人の部下達がいた。


 アルゼブ家次期当主、"ブブ=アルゼブ"。

 フェルベール家次期当主、"ゴルド=フェルベール"。

 スペルビ家次期当主、"ルシア=スペルビ"。


 彼らもまた、魔王ベリウスと同じく制服に身を包んでいた。


 ベリウスの「普通の女の子になりたい」というワガママの交換条件は、幼馴染みでもあり、側近でもあるこの三人の部下をお供として連れていく事であった。世話係……という事であったが、ある意味見張りのようなものである。

 次期当主という事で、取り急ぎいなくても困らない人材であり、ベリウスの面倒を見られるメンツとして、一人では心許ないという事で三人を付ける事を条件にベリウスの気まぐれが認められたのだ。

 

 実際問題ベリウスも一人暮らしなどできない箱入りなので、三人の世話係を付ける事には同意した。

 面倒に付き合わされた側からしたら溜まったものではないのだが。


 ゴルドがクイッと眼鏡をあげて、フン、と鼻を鳴らす。


「ちょっと無理があるんじゃないか。」


 ベリウスのゲンコツでゴルドは地面に沈んだ。

 ルシアが地面に沈んだゴルドを見下しながら、ポーカーフェイスで呟いた。


「いい加減懲りろよ。」


 ブブはベリウスの姿を見て、ふとした疑問を口にする。

 彼はもうワガママに付き合わされる事については諦めたようだ。


「ツノはどうしたんだ?」


 ベリウスには二本のうねる立派なツノが生えていた。それが今はなくなっている。人間の中で生活する事になるので、ツノはないに越した事はないのだが、ツノをなくせる事を知らなかったブブは純粋に疑問に思ったのだ。

 ベリウスは笑顔で言った。


「折った!」

「折った!?」

「人間に馴染むには邪魔だったからの!」

「……折っていいものなのか?」

「血が出てめっちゃ焦った……。」

「折っちゃ駄目なやつだろそれ……。」

「ルシアが止血してくれたから助かったぞ!」


 ブブがルシアの方を向く。


「そんな事あったのか。」

「ベリウスのツノは頭蓋骨と繋がっていて、無理矢理引っこ抜こうとしたから、頭皮と頭蓋骨の一部ごとメキッと取れて、傷口から脳み」

「やめろやめろ! 痛い痛い! グロイ話すんな!」

「一応ツノは戻さないように頭蓋骨と頭皮だけ回復魔法で治した。」

「……それってまたツノ生えてくるのか?」

「…………。」

「何か言ってくれ。」


 ルシアはポーカーフェイスでそっぽを向いた。

 ブブがベリウスの方を見る。ベリウスは顔面蒼白である。


「えっ……もう生えてこんの……?」


 どうやら考え無しにツノを引っこ抜いたようである。

 ブブは何と言えばいいのかもう分からない。ベリウスは、顔面蒼白のまま、ぽろぽろと泣きながら引き攣った笑いを浮かべた。


「……え、ええもん。……わしは普通の女の子になるんじゃもん。……ツノなんてもういらんのじゃもん。」


 ルシアは顔を逸らしながら、ポーカーフェイスで思った。


(また生やせるけど、面白いから黙っておこう。)


 


 そんなこんなでツノをなくして見た目が人間に近付いたベリウスと、三人の従者達は、これからこの"ヤラワ国"で普通の高校生として過ごす事になったのである。


 魔族が争っているのはあくまでアカサ大陸の、特に大きなタナハ王国である。人間とはいえ大陸から離れた島国・ヤラワ国とは敵対関係にはないのである。

 むしろ、ベリウスが気に入った"少女漫画"なども、ヤラワ国の人間達の交易の中で流れてきたもので、商業的な交易の他に文化的な交流もあるくらいに近しい、友好国とも言える国なのだ。


 一応友好国なので、迷惑はかけないようにというのがバエルからの注意事項である。


 交易等も取り仕切る"フェルベール"の人脈で、一軒家を借りたり、学校への転入手続きなどを取り仕切ったのは今地面に埋まっているゴルドである。

 ブブは当代の当主と共にベリウスがしばらく留守にするに当たっての人事の手配を行い、ルシアは世話係としてヤラワ国での生活準備を整えた。


 こうして、いよいよ今日、ベリウスと三人の従者達は転入の日を迎えたのである。


「そういや、なんでお前らも転入するんじゃ? わしが学校行っている間、家にいればいいじゃろ。」


 ブブが呆れて答える。


「お前の監視の為に、学校にも居た方がいいだろが。」


 ルシアはポーカーフェイスで思った。


(学生の真似事しなくても学校職員として入ればいいと思ったけど、面白そうだし黙っておこう。)


 やれやれ、とベリウスは首を振る。


「仕方ないのぉ。じゃが、わしの学生生活は邪魔するなよ?」

「無茶苦茶しなけりゃ止めねぇよ。」

「そんな事よりそろそろでないと遅刻しますよ。」


 ルシアが時計を見ながら言うと、ベリウスも時計を見て気付く。


「おっといかんいかん! わしの普通の女の子としての生活のはじまりじゃ!」


 こうして、普通の女の子になった魔王の新しい生活が始まった。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「で、なんでこんなところで待ち伏せしてるんだ?」


 十字路に佇み、何かを待つように角待ちしているベリウス。その様子を見て、ブブが怪訝な顔で尋ねる。


「なんじゃお前知らんのか。」


 ベリウスはふふんと鼻で笑って、ブブを見下した。


「普通の女の子はな、転校初日にはクラスメイトと十字路でぶつかるんじゃよ。『ちこく、ちこく~』と言いながらな。そこから二人の恋が始まるのじゃ。」


 ベリウスのドヤ顔での知識披露に、ブブは怪訝な顔をした。


「そうなのか? 人間ってのは変わってるな。」


 本当はベタベタな少女漫画のフィクションの話なのだが、ベリウスもブブもそんな事知らないのである。ベリウスはドヤ顔で本当だと信じ込み、ブブも人間って変わってるなとあっさり信じる。

 意識不明のゴルドを肩に抱えながら、ポーカーフェイスでルシアは思った。


(漫画の話だろ。まぁ、面白そうだから黙っておこう。)


 ルシアは常にポーカーフェイスのクールで辛辣な従者である。

 しかし、常識人ではないのである。

 面白そうであれば邪魔をしないし、なんならベリウスのワガママでさえもフォローする。影のトラブルメーカーなのである。


「だが、ちゃんとぶつかれるのか?」

「フフ、そこはわしの力の見せどころじゃよ! 我が魔法により、周囲一体の生命反応を感知する!」


 魔法の無駄遣いである。


「この交差点を走ってくる男の反応を察知し、ぶつかるタイミングでわしが飛び出す!」


 そんな事を話していると、ベリウスはぴたりと動きを止めた。感知魔法に気配を読み取ったのである。


「来た……!」


 ベリウスが腰を落として身構える。その緊張感を感じ取り、ブブがごくりと息を呑む。たったと急ぐ足音も聞こえてきた。ターゲットは既に近い。


 ターゲットの足音が飛び出してくる瞬間を見計らって、ベリウスはタックルを繰り出した!


「ちこくちこくゥ!!!!!」






 ドオオオオオオオン!!!! ともの凄い衝突音。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」


 凄まじい悲鳴。

 ダン! ダン! ダン! と地面を跳ねて飛んでいく男子高校生。

 ゴロゴロと身体のあちこちを打ち付けながら転がり、男子高校生はその先の壁にズドオオオオオオン!!!! と凄まじい衝突音と共に激突した。


 制服はアスファルトを転がってボロボロに。身体のあちこちも変な方向に曲がって。顔も血塗れになりながら、砕けてへこんだ壁からずるりと男子高校生は滑り落ちた。




 もはや交通事故である。




 ポーカーフェイスでルシアは思った。


(そりゃ魔王のパワーでタックルしたらそうなるだろ。)


 ルシアは担いでいた意識不明のゴルドを、ぐいとブブに押し付ける。


「ちょっと治してくる。」

「…………お、おう。」


 ゴルドを受け取ったブブはドン引きしていた。ベリウスも冷や汗だらだらで凍り付いている。

 

 男子高校生はルシアの回復魔法で一命を取り留めた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る