魔王は普通の女の子に戻りたい

夜更一二三

第1話 魔王、女の子になる(前編)




 アカサ大陸は、人間と、異質な姿を持つ魔族が長きに渡り覇権を争ってきた大陸である。


 かつては人間が九割の土地を治めていたが、僅かに現れた魔族は強大な力を持って次第に侵略を進め、いよいよ五割もの土地を人間達から奪い取るまでに至った。

 魔族は強い。下級の魔族でも、鍛えた人間がようやく勝てるかどうかという程で、上級の魔族になれば人間が束になっても勝てるかどうかという程の力を持つ。


 その中でも、魔王と呼ばれる魔族を統べる王は、ずば抜けた力を持っていた。


 更に、現在魔族を支配する五代目魔王は、歴代最強とも言われ、人間・魔族全てに恐れられる存在となっていた。





 ―――そんな歴代最大の戦力を得た魔族は、いよいよ人間最大の国家、タナハ王国に攻め入る時を迎えようとしていた。





 魔王の住まう城、"ストロゲスト城"。

 継ぎ目のないくろがねに包まれた巨大な城は、闇夜の中で不気味な光を放っている。

 その頂点にある玉座の間に、歴代最強、魔神の生まれ変わりとも言われる、五代目魔王は座していた。


 姿は人間に近いが、細々とした要素はそれが魔族である事を容易に理解させた。

 艶のある漆黒の髪は腰辺りまで伸びており、髪の隙間からは大きな深紅のうねり角が二本覗いている。獰猛さを感じさせる鋭い目の中、瞳は金色で瞳孔は縦に細くなり、人間とは違う、凶暴な獣の要素を見せる。

 肌は死人の如く白く、そこには薄紫色の口紅を塗った唇が怪しく浮かぶ。不健康、というよりは浮き世離れした美しさを感じさせた。

 邪狼と呼ばれる強力な魔獣の黒い毛皮を首に巻き、赤い豪奢なドレスを着こなす―――それは、実に美しい"女性"の姿を形取っていた。


 五代目魔王、"ベリウス=ド=ストロゲスト5世"。

 歴代最強。そして、魔界史上初の女性魔王である。


 玉座の前には、四人の従者が立つ。


 代々魔王に仕える従者の三つの家系、通称"従者御三家"。

 魔王と配下の魔族達の間を取り持つ"アルゼブ家"。

 魔王の城・その財産の管理を請け負う"フェルベール家"。

 魔王の身の回りの世話をこなす"スペルビ家"。


 四人の内の三人は、魔王ベリウスの昔馴染みであり、新たに家の役目を引き継ぐ若き次期当主達。

 その三人の前に立つのは、引退目前のアルゼブ家現当主"バエル=アルゼブ"である。白い髭をたくわえた老人は、深々と頭を垂れて口を開く。


「魔王様、本日は如何なるご用で?」

「……うむ。」


 魔王ベリウスは両腕を組んで、目を閉じる。

 暫く口を閉ざした後、意を決したように目を見開き、バエルに対して口を開いた。


「あの、わし、そっちの三人しか呼んでおらんのじゃけど。」

「重大な話があると窺いましたので、アルゼブ現当主のわたくしも同席させて頂く必要があるかと。」

「えっと……いや、この三人との内緒の話でな?」

「わたくしを通すと何か不都合な事でも?」


 ベリウスは口をへの字にして眉間にしわを寄せる。不都合な事があることは誰の目から見ても明らかであった。

 ベリウスの視線が泳ぐ。そして、縋るようにバエルの背後にいる三人の従者達を代わる代わるに見回す。

 アルゼブ家次期当主、"ブブ=アルゼブ"。赤毛の短髪、精悍な顔つき、鍛え上げられた逞しい肉体……雄々しいという言葉がこれ以上無く似合う男は、「ん?」と視線の意味を理解できないように首を捻った。この男、察しが悪い。

 フェルベール家次期当主、"ゴルド=フェルベール"。青い髪を伸ばし、細いレンズの眼鏡をかけた、ブブと並ぶとその華奢さが一層引き立つ、スマートな印象を与える男。彼はというと、ベリウスの視線の意図を察しつつも、「いやいや。」と首を横に振り、彼女の期待には応えられないと早々に匙を投げる。この男はえらくドライである。

 スペルビ家次期当主、"ルシア=スペルビ"。白い髪は、額を出すように真ん中分け、肩まで伸ばした髪は短くリボンでまとめられている。ピンと伸ばした背筋に、凜とした顔立ち、メイド服を着こなすポーカーフェイス。彼女はベリウスの視線に気付くも表情一つ変えない。それどころか、すっと目を閉じて知らんぷりし始めた。冷たい。

 ベリウスは悲しそうに目尻を垂らして、バエルに言った。


「あの、怒らないで聞いて欲しいんじゃが。」

「内容にもよりますね。」

「えー……。」


 バエルはベリウスが生まれる前から先代魔王に仕えてきた従者であり、幼少の頃からベリウスの教育係の一人として、様々な世話をしてきた育ての親の一人のような立ち位置である。その中でも特に厳しいバエルは、今でもベリウスが頭の上がらない相手の一人なのだ。

 恐らく、「お前は出て行け。」等と言ったら、今の返答の調子だと必ず怒られるだろう。

 ベリウスが言い淀んでいると、バエルはごほんと咳払いをしてから言った。


「先に釘を刺しておきましょう。次期当主三人を残して、わたくしを追い出そうというのは認めません。」

「なんで?」

「この三人だけを呼び付けた時点で、わたくし共にバレては困るよからぬ事を企んでいるのでしょう?」


 ぎくっ! ……という音が聞こえるかのような、飛び跳ね方だった。

 ベリウスは図星ですと回答するかの如く肩を弾ませると、バエルは呆れたように溜め息を吐いた。それを見たベリウスは即座に察した。これから怒られるのだろうと。


「……一応、話だけは聞きましょう。」


 バエルもベリウスの反応から、怒られるであろう事を企んでいたことを察し、静かに、僅かに威圧を込めて尋ねる。

 逃げ場は塞がれた。

 こうなれば、とベリウスは意を決してバエルに、背後の三人に告げる。


「わし、普通の女の子に戻ります。」



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