第14話 積乱塔

「……さて、皆さん。積乱塔に、行きましょう。」


 そんな天空さんの一言から、およそ三時間後。それぐらいの時分に私達は件の積乱塔に辿り着いた。あれから胃薬を一つばかり服用したので、体感では三時間であっても現実では日をまたぐほどの時間が経っていると思われる。

 昼食は、先の遊園地で済ませてきたので、三時間歩きっぱなしと言うわけではない。歩いていたとしても、二時間くらいが妥当だと思う。

 その二時間を使って私達は、遊園地でそれぞれ遊んできたものの話をした。




 正直な話、私はあの遊園地でかなりつらい思いをしていたりする。何を隠そう、私は高所恐怖症なのである。いや、確かに自己紹介文にはそんな文章など一つとして書かれていなかったけれど、でも、実際にそうなのだから仕方がない。

 高いところに上ると、足場にしているところが今すぐにでも崩壊してしまうかも知れない。そういう妄想が頭の片隅に常にあって、それゆえ、あまり得意ではないのだ。

 ズキズキと胃が軋み出す。


「……そろそろてっぺんかな?」

 という言葉は辛うじて絞り出すことはできたけれど、内心では、下の景色を視界に入れる度に気を失いそうになっていた。

 そんな思いをしてまで、どうして天空さんに付いていったのかというと、単純に一人でいるのが嫌だったからだ。


 ジェットコースターにフリーフォールはまだいい。観覧車も景色だけを純粋に見たいという目的のもと行くならば、一人でも全然嫌じゃない。

 でも、コーヒーカップに一人で乗るというのは耐えられない!

 たかが高校三年生。されど、高校三年生なのである。考えてもみて欲しい。高校三年生の女子が、いかにも根暗そうな女子が、一人でコーヒーカップに乗る様を。

……ひどくひどく、おかしな光景じゃない? 滑稽さが一周以上回って、もはや狂気を感じないかしら?

 そこまで理解できていて、それでもまだ一人でコーヒーカップに乗れるほど、私はそれが好きではないし(消去法で選んだだけだ)、なら他の誰かに付いていけばいいと思ったのだ。


 そして選択肢を見る限り、私に選択の余地はなかった。

 ジェットコースターにフリーフォール、それから観覧車。どこからどう見ても、胃に優しいのは観覧車だった。

 だから、観覧車の中で天空さんが気を失った見たいにぼーっと虚空を見ていた時は、ひどく心細い気持ちになった。まるで、富士の樹海で一人取り残されたような気持ちになった。一瞬、そのまま時分の意識を飛ばそうかとも思ったけれど、それだと職員の方が不憫である。

 観覧車を開けたら、気を失った少女が二人。


 いったい、どんなホラーよ!


 ともあれ、かくあれ。そういう事情もあって、私は三人が遊園地で遊んできた話しを楽しく聞くことにした。


「いやー。やっぱ雲の上のジャットコースターはスゲェや。もう何がヤバいって、風圧がスゲェんだわ。視界が一瞬ホワイトアウトして、気がついたら死んだひいじいちゃんが見えてさ。思わず手を振ったんだけど、そしてら鬼の形相で帰れって一喝されてさぁ。んで、目が覚めたら視界には、ものすっごく美人のナースさんがいて、俺のことを膝枕して介護してくれてんの! おお! って思っていると、興奮のあまり目が覚めたようで、夢から覚めた俺は、病室のベッドに寝かされていたんだよなあ」

  ああ、いい夢だったなあと臨死体験を経験した鎌田はそんなことを言っていた。きっと鎌田のようなメンタルがあれば、私も胃薬なしで生きられるんだろうなあと思った。


「え、でもあそこって臨死体験する程すごい風圧でしたっけ? 確かに、帽子とか飛ばされないか心配になりますけれど」


 一瞬、わたさんでその程度なら、鎌田が大げさに言っているだけか、彼の身体が弱いだけかとも思ったけれど、わたさんの身体能力が私達のそれとはかけ離れていることを思いだした。

 もともと選択の余地なんてなかったけれど、あの時、なにかの間違いで鎌田に付いていかなくって本当によかったと心底思った。


「ふ、フリーフォールはどうだったのかしら?」


 話の流れ的に、自分の番が来そうだったので、私はそう言ってわたさんに話題を振った。


「んー。普通でしたよ。何時ものように、上っていって停止して、そこから落ちてドッカーン! って感じでしたよ?」


 確かに、それなら普通ね……。あれ? 待って、ドッカーン?


「ドッカーン! って、まるで、爆発しているみたいね?」

「そうですよ。……皆さんの世界のものも爆発しますよね?」

「「「……!?!?!?!」」」


 私達は困惑した。どう頑張ったって、フリーフォールと爆発が繋がらなかったのだ。そのことを察したらしく、わたさんは言葉をつないだ。


「えーっと、要するにですね。落下して、地面に到達する前に爆発の演出があるんですよ。それで、ちょっとだけ落ちてくる私達を浮かすんですよ」

 爆発の演出という部分まで聞いて、納得しかけていた私達をあざ笑うかの如く、『ちょっとだけ浮かす』という謎の表現が出てきた。


 想像してみた。

 すごいGを受けながら、落下する。機会が決まった位置まで落ちてきたら、急停止させる。ここまではいい。世間一般的には模範的なフリーフォールである。で、爆風で最後に身体が浮く。


 絶対に死ぬ! 間違いなく死ぬ!


 私はそう確信した。多かれ少なかれ、二人もそう思ったらしく苦笑いを浮かべていた。

 観覧ではなく、アトラクションとして特化してしまった、あり得ない速度で回転する観覧車の類いでなくて本当によかったと思った。もし、そんなのに乗ってしまっていたら最期、私は胃の中にあったものを全て吐き出していたに違いない。

 むしろ、そんな魔改造を施されている中、鎌田はよく生き残ったものだ。私は心の中で素直に舌を巻いた。


 ここからさらに話題を掘り下げて、この世界ともとの世界の相違点を事細かに聞き出してみると言うのも、面白そうだと思ったけれど、聞けば聞くほどドン引きしてしまいそうだったので、止めておいた。

 いくら美味しいものであっても、満腹の時は食べたくないのと同じように、私はその遊園地の話だけで十二分だった。もう少し聞いてしまうと、胸焼けを起こす可能性がある。

 誰ともなしに話題を違うものに変えた頃に、私達が歩き始めてからおよそ二時間が経過した。ここまで来ると、いくら巨大な積乱塔であっても、大きさを把握することは可能だと思うのだが、あいにくと、空高く見えなくなるまでそびえ立っている巨塔の大きさを把握することは不可能であった。


 あっても、スカイツリー程度だろうと高を括っていたけれど、その予想は大きく外れていたのだった。

 巨塔には一つの大きな扉が見えた。鎌田が先に進もうとした。しかし、その前にわたさんが彼の前に手を出して制した。


「ごめんなさい。言い忘れていましたが、ここには防犯のあれこれがあるので、勝手に動くと危険なんです。後に付いてきてください」


 わたさんの言葉に私達三人はうなずき、そして後を付いていった。


 天空を貫くかのような積乱塔。私達はこうして、ようやく辿り着くことができたのだった。

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空を見てたそがれていたら天空の世界 視点:雨海雫 現夢いつき @utsushiyume

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