第12.5話 雲の広場2

 時間の進む速度が、私たちの元いた場所と違うというのは、どこかで誰か(おそらくはわたさんだと思う)が言っていた話だったけれど、でも、私はある程度の規則性があってズレているのだと思っていた。

 だから、時間についてはどこかで規則性が見え始めるだろうから、そこまで心配はないだろうと思っていたのだ。

しかし、わたさんの話を聞く限りそうではないらしい。考えてみれば、ここにきてから一日くらいが経過した現在、かなりの数の胃薬服用したけれど、そのタイミングはかなりめちゃくちゃなものだった。

 曲がりなりにも、半日くらい効果がある薬だというのに、私は湯水のようにそれを服用していた。

  .......もしかしたら、二錠飲む度に一日が経過したと考えれば、およその時間は分かるかもしれない。

 この際、自分の胃の弱さに頼らなければならないというのが、何とも言えない気分にさせられるけれど。

 と、時間についてあれこれ考えてみたけれど、同時にかなり無駄な時間だったなあとも思った。食事などのタイミングはこの世界に合わせているというのに、胃薬だけは例外的に元の世界の基準に合わされているのだから。

 このような例外はまだまだあるだろうし、例外の多すぎる中で何かを考えても無駄である。


 だから、私が考えるべきはもっと他にあるのだ。例えば、この世界のお土産を何にするかとか。

 私の目の前には、二つのストラップがある。雲の広場の中央に位置していたお土産屋さんでのことである。


「どうしたの、雫さん? すっごく悩んでいるみたいだけど」

「わたさんの言った通り、お土産を買おうかなあと思ったんだけど、どれにしようか悩んじゃって。一応、この四つまで絞ってみたんだけど」


  天空さんの問いかけに私はそう言って返した。

  手元のストラップは、全て同じ雲をイメージしたものであり、そこに目鼻がついている。形は同じなのだけれど、白赤青黄色の四色のバリエーションがあり、どれを選んだものか分からない。

  好きな色という理由で、青を選ぼうかとも思ったけれど、そう思うと他の色も捨てがたくなり、選択肢の袋小路へと私は迷い込んでしまったのだ。


「うーん。この中なら、私は白かなあ」

「そうよね。白も捨てがたいのよねえ」

「お? 何してんだ? あ、いい感じのストラップじゃん! この中なら俺は赤かなあ。なんかかっけえし」


  鎌田までもが、話に参加してきた。となると、当然のようにわたさんもつられて集まってくるわけで。


「そうですね。私なら、この黄色を選びますね。空に浮かぶ星の色ですからね」


  結果、三者三様ならぬ、四者四様の個性からバラバラな意見が飛び出した。分かってはいたことだけれど、ここまで綺麗に割れると思わず微笑みを浮かべてしまいそうになる。

 もっとも、年中仏頂面を地で行く私が笑えるはずもないのだが。

 若干、寂しい気分になったけれど、これこそ顔に出すわけにはいくまい。私は咄嗟に繕おった。


  結局、私たちは4人が4人で好きな色を買うことにした。なんだか、私の買い物に巻き込んでしまったようで、少し心苦しかったけれど、嬉しそうな3人の表情を見る限り、もしかしたら、考えすぎなのかもと思えた。



  店から出た私たちを、いつもより大きな太陽が待っていた。その大きさを見て、鎌田が言った。


「ふと、思ったんけど、ここであの太陽を背景に写真撮ったら、それはこの4人の思い出にはなならないか?  俺たちがバーンて並んで、その後ろから太陽がドッカーンって!」

 

  詳細な光景が何一つ浮かんでこない説明だったけれど、大まかな想像は容易にできた。


「いいわね。せっかくだし撮ろうかしら」


  そう言って私たち三人は一列に固まり出した。わたさんも空気を読んで、私の横に並んだ。

  鎌田、天空さん、私、わたさんという並びである。

 

 ......。

  ............。

 いえ、待ってちょうだい。


「これ、誰が撮るの?」


  デジカメは勿論、スマホすら私は所持していない。授業中に音がなると、容赦なく没収されてしまいため、校内に居るときは、電源を切ってカバンの中に入れてあるからである。

 天空さんの年齢は分からないけれど、でも、スマホを所持していないということだけはすぐに分かる。だって、彼女のワンピースにはポケットなんて一つもないのだから 。

 白を基調とした非常に清楚で美しいワンピースではあるけれど、そのためか実用性を象徴すると言っても過言ではない、ポケットをなくしてしまっているのだ。これでは、何かを持つためには、手で直接持つしかあるまい。そして、彼女の両手は現在、空いている。


 言い出しっぺの鎌田の方へ視線を向けると、彼は私に期待するような目を向けてきた。

 高校生なんだから、持っているよね? と言いたげな目だったので、私は首を。振った。

 え? それでも、高校生? という視線を返されたので、少しムッとしたけれど、それだけ高校生とスマホはセットで考えられているのだろう。

 私は持っていないけれどね。



 私と鎌田のスマホを巡る『持ってるんでしょ?』『持っていない』の戦いはこのように水面下でしばらく繰り広げられてけれど、結局はどちらともなく折れて解散の流れになった。

 写真という形に残す思い出ではなく、ここでいろいろな経験をすることで、n形のない思い出を作ろうと考え直したのだろう。

 その考えは私も大いに賛同できる話しだった。


 「さて、次はどこに行きましょうか 」


 わたさんはそう言った。ここに来るまでで分かったことだけれど、雲の広場は案外でかく、そのおかげかいくつかのアトラクションがある。公園のような広場を連想するよりは遊園地を想像してもらえばいいかもしれない。


 さて、次は本当にどこに行こうかしら?

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