オンライン飲み会のススメとトマレ「シマシマ……」

・一話完結スタイルです。

・気になる種類のビールやお店のお話からどうぞ。

・ふんわり楽しくお気軽に。難しいことはほとんど出てきません。


ビールが苦手気味だった新社会人”舞浜みつき”が、先輩や同僚たちと、日本各地で作られたおいしいビールと出会ううちに、いつのまにかビールを好きになったり、それなりに知識がついたりつかなかったりする物語。


 § § §


 昨年社会人になったばかりの舞浜みつきは、スマホのロックを解除して、ビデオ会議用のソフトをインストールし始めた。在宅勤務でも使用しているソフトと同じでなので、インストールもお手の物だ。


 ここは、東京はお台場の一角にある、いなほ荘という名のシェアハウス型の社員寮。名前を一見しただけでは想像がつかないが、敷地内には7階建の棟が3つ並び、シアタールームやキッチンダイニングルーム、ジムや大浴場など、共有スペースが充実している。

 ただいま、ゴールデンウイークの真っ最中、晴天の昼下がり。

 だというのに、新型感染症が全国で猛威を振るっていた。そのめ、寮に住む皆は帰省もできず、かといって敷地内の設備にも使用できず、自室で悶々と過ごしていた。


(インストール終了っと。で、個人用のメールアドレスを入力して、無料新規ユーザー登録もおしまい。さて次は確か……)


 スマホに入っているトークアプリを開いて、隣室に住んでいる、会社の先輩から届いた手順を読み上げる。


(えーと、なになに? 次は、『私が昨日ドアの外に置き配した瓶ビールを準備して、そのあと以下のIDとパスワードでに入室』ね。まだ数分早いけど、まあいっか……)


 みつきは小型の冷蔵庫からビールを取り出すと、グラスに注ぎ、会議室に入室した。

 そこには知った顔の2人が、話を進めていた。1人はみつきの会社の先輩、常陸野まなかである。そしてもう1人は、先月先輩と訪れた公団の、店舗内で作っているビールバーの店主だった。


「──では、ターゲットは特に限定せずに、ですね……わかりました」

「ワハハ、まあ楽しんでもらうのが一番で、他はまあ二の次なんだけどね──おっ、いらっしゃい、後輩ちゃん。この前はありがとう。今日はよろしくねえ」

「おつかれ、みつきちゃん」


 まじめな顔で話をしていた二人の表情が緩む。

 店長の背景には店舗の中の醸造設備が、まなかの背景には、みつきの背景と同じ寮の自室の壁紙が映りこんでいる。


「お邪魔しまーす! メンバーはこの3人ですか?」

「そうよ。それじゃあ早速ですが始めましょうか、店長」

「そうだねえ。じゃあまず乾杯といきましょうか。さあさあ、ビールは注いでるかな?」

「ばっちりです!」


 みつきは店長の顔のイラストが貼られた瓶ビールとグラスをカメラに見せる。


「さすが準備がいいねえ。じゃあまあとりあえず、カンパーイ、ワハハハハ」

「「かんぱーい!」」


 みつきはビールをひと口のむと、画面に問いかけた。


「えっと、今日はオンラインでのビール作り方講座と飲み会ってことでしたが……」


「不要不急の外出禁止が続く昨今だからねえ、オンラインイベントとかできないかなあと思ってたんだわ。で、まなかちゃんが広報のお仕事をしてたなぁってことで、今回相談させてもらったんだ。そのかわりと言っちゃなんだけど、うちのビール、たくさん飲んで、自由に感想言ってくれるとうれしいなあ。ワハハ」

「ということでみつきちゃん、あなたには事前に内容を知らないまま体験してもらって、その後の感想を聞きたいんだ。もし良ければこのまま進めてもいいかな」


 隣室とは言え顔を合わせる機会がなかなかない先輩と、画面上とはいえこうして久々に触れ合え、こんな明るい時間からただでビールを呑めるこの機会、断る理由もない。


「ふむふむ、なるほど。わっかりましたー! それじゃあよろしくお願いしまーす!!」


 みつきは満面の笑みで、オンラインビール飲み会に参加する。

 この後、店長によるビール作りの流れや機材の説明、美味しいビールの注ぎ方や飲み時の温度、それぞれのビールに込めた味に関するの説明などが繰り広げられた。


 § § §


「うーん、そうですねえ……私みたいにそんなに詳しくない人間でも楽しく参加できました! あっ、でも、ビールに興味がない人はどうかなあ……。でもでも、興味なければ申し込まないかな? 女子は1人で参加するのは厳しい子もいるけど、男子なら大丈夫ですかねえ。むむむむー……」


 みつきは、感じたことをつらつらと話すうちに、こんがらがり始めた。

 そんな心のうちを読んだかのように、まなかはフォローを入れてくる。


「ありがとう、みつきちゃん。また感想出てきたら、教えてね」


 手を頬にあてて少し考えをまとめると、おもむろに口を開くと、普段のゆったりした口調と異なる姿を見せた。


「今、みつきからお伝えしましたように、私も楽しかったです。まずは、おおもとのコンセプトについて、お話しますね。店長は、ターゲットは限定しない、とおっしゃってましたね。可能性の話なんですが、『限定しない』という切り口であれば、ビールの作り方解説をもう少しコンパクトにして、お客さんと作り手とが、ゆるく自由に交流する形もいいかもしれません。また、お客さんが持っている興味のポイントは多様、という観点で言えば、今日の内容を細かく分けて数回開催した方が、一見限定しているように見えつつ、逆に多くのタイプの人に門戸を開く形になるかもしれません。もう少し視野を広げると、そもそも店長のお店は公団の商店街の中にあるわけですから、他のお店の店長達との座談会という企画もあり得ます。ただし、幅広になりすぎると、興味を持たれない可能性も高まりますが……」


 立て板に水である。店長は普段の豪快な勢いはどこえやら、


「お、おぅ……」


 と気圧されている。

 しかし、そこは自らの城を経営している店長である。次第に勢いを取り戻し、自らも考えをめぐらし始める。


「ふむふむ──ってことは、地域の人をターゲットにした商店街オンラインイベントを、別企画として開くのとかもありだねえ。落語とか音楽ライブとか。あ、音合わせはメンバー全員オンラインじゃ大変か。ワハハハ」


 まなかは新たなアイデアも肯定しながら、すかさず注意点にも触れる。


「そうすね。適切な企画と適切なターゲット、いいと思います。一方で、ターゲットを設定することそのものや、変な伝わり方をした場合などによって、ターゲット外のお客さまたちを敵に回すことがあり得ます。ご存知かとはおもいますが、とあるビールイベントのポスターが不謹慎だとメディアに大きく取り上げられたことがありました。また、先日とある大手ブルワリーの社長が、この状況下でイベント中止が重なって、在庫が……」


 みつきは、二人のやり取りを見ながら、というか主にみつきの話しぶりを見ながら、心中で独りごちる。


(あー、真中先輩、お仕事スイッチ入ったなあ。ゴールデンウイークのさなかなのにピシッとして、ほんとまじめだなあ。今日の格好も外出用だよね。でも、なんだか勉強になるなぁ──)


 瓶が空になったことに気が付いたみつきは、二人の邪魔をしないようにもう一本瓶の王冠を開け、グラスに注ぐ。余談だが、最近王冠の可愛さに目覚め、大きめの硬貨と栓抜きを使って曲げずに開け、コレクションし始めたのは秘密だ。


「……そういった露出に対して、いくつかの否定的なコメントが書きこまれました。この時、どちらの言い分が正しいかは重要でなくて……」

「なるほどなるほど──」


(これもしかして、私の仕事にも生かせるんじゃ……)


 ふと思いついたみつきはらカバンからメモ帳と筆記用具を取り出し、気になったフレーズなどをメモし始めた。


「……他の例では、ビールの定期購入、あ、頒布会ですね。私が頼んだブルワリーさんから、ある月のおまけにポップがついてきました。その時、否定的なコメントは見当たりませんでしたが、別のブルワリーさんがオンライン販売でホップを付けると宣伝した時には……」


 何の責務も感じずに、カパカパとビールを飲んで参加していたみつきと違い、まなかの語りは淀みがない。

 次第にメモ取りが追いつかなくなってきたみつきは、あっさりと諦めをつけ、シラフの時に質問すればいいやと再びグラスを口に運ぶ。


(あー! 昼間から飲むお酒サイコー!!)


 酔っ払いみつきの出来上がりだ。


「……昨今のようにオンライン偏重が進んでいる状況ですと、ネットに書き込まれた悪意あるコメントはその性質ゆえに一気に広められると大打撃になりかねません。これは、レピュテーションリスクと言うものですが対処法は……」


 まじめなやり取りをする二人のオンライン会議はやり取りは、そこから数分間続いた。


 § § §


「いゃあ、まなかちゃん、勉強になったわあ! 落ち着いたらぜひまた店に来てよ。後輩ちゃんも、素直な感想、ありがとうね!」


 まなかはすかさずお仕事モードでお礼を返す。


「こちらこそ、内容楽しかったですし、ビールたくさんいただいてしまって、ありがとうございました!」

「店長ー、楽しかったですよー」


 一人酔っ払ったみつきは、まだ妙なテンションである。


「ワハハハ、自分も一緒にオンライン飲み会したい気もあるけど、もう少し企画を詰めてみるわ。今日は本当にありがとう。お先にー」

「「お疲れ様でしたー」」


 まなかは「ふぅー」と長く息を吐き、脱力した。画面から顔が消えて、頭頂部だけ画面に写る。


「先輩もお疲れさまです! 一緒に飲みましょうよー」


 まなかは体勢そのままに、パソコンの向きを下向きにしたのか、フレーム内に顔が戻ってきた。


「お疲れ様……後半、ほったらかしになっちゃってごめんね。えっと、楽しんでくれたかな?」


「はい! 最近出歩けないですし、今日のオンライン飲み会楽しかったです。私はたくさんビールいただきましたけど、まなかさんはレクチャーしてたから、あまり飲めてないですよね? だから、飲みましょー! ふふふ」

「うん……飲もう飲もう。じゃあ、新しいビール取ってくるね。ちょっと待ってて……」


 そういうと、まなかは立ち上がって画面外の冷蔵庫にビールを取りに立ち上がった。

 瞬間、みつきの目が縞模様と肌色をとらえる。


(んっ?!)


 すぐにまなかが戻ってくる。が、みつきの視界にはまた肌色と縞模様とが映り込み、直後、今までのきっちりした格好のまなか上半身が画面に収まる。


「えっと……まなかさん、もしかして下……」

「──ッ!」


 体を縮こめたのか、再び画面がまなかの頭頂部のアップになる。

 酔いが一気に醒め、みつきは必死にフォローを入れる。


「えっと……なんだかすみません……あっでも大丈夫です! 一瞬なんとなく、あれ?!って思うぐらいしか! それにほら、みんなで露天風呂に入った仲じゃないですか!」

「うぅ……お見苦しいものを……。実は寝坊して急いでて……、上だけしか着替えてないこと、忘れちゃってたよ……」


 ようやく立ち直り、まなかは画面に赤面を覗かせる。

 勢いでごまかそうという手なのか、間髪入れずにたたみかける。


「ほらみつきちゃん、乾杯しよう、乾杯!」

「はいはーい、じゃあ改めまして、かんぱーい!!」


 画面越しに「はー、今日は何だか暑いわー」などと言いながら手で顔を仰ぐまなかを見ながら、なんとも言えない幸せを感じつつ、今度は実家の家族ともご飯しながらとかやってみようかなと思うみつきだった。

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