「えっ?! ニトロのビール?」nitro ver
・一話完結スタイルです。
・気になる種類のビールやお店のお話からどうぞ。
・ふんわり楽しくお気軽に。難しいことはほとんど出てきません。
ビールが苦手気味だった新社会人”舞浜みつき”が、先輩や同僚たちと、日本各地で作られたおいしいビールと出会ううちに、いつのまにかビールを好きになったり、それなりに知識がついたりつかなかったりする物語。
§ § §
ここは都内のとある団地群。高層の団地が連なり、一般的にはマンモス団地などとも呼ばれている。年が明けてすぐの土曜の昼下がり、その団地の中心部を目指し、女性達がズンズンと歩いていた。
「いゃー。まさに、ザ・団地って感じっスねえ! こういうところでビールを作ってるって信じられないっス。ねえ、みつきち?」
「うん、ビールの工場っていうと、千葉とか仙台とか横浜とか、なんだか港が近いイメージ、なんか持ってたよ」
「それにしても、今日いくお店の名前って、ワハハビールっすっけ? 初物は、西を向いて笑ってからいただくっていうし、まさにピッタリなお店っスねえ」
「えー? 東を向いて笑うんじゃなかったっけなぁ……」
そんな話題を交わすのは、川越瑠璃と舞浜みつき。社会人一年目のコンビである。
2人が団地の敷地内を進むと、ちょうど建物の影に隠れていた公園が視界に入ってくる。
「公園だー! ちびっ子いーっぱいっスよ!! ひゃあ、可愛いっスねぇ」
「うん、楽しそうだねぇー。ねぇねぇ瑠璃ちゃん、もしよかったら後で、ブランコ乗りにこない?」
「モチのロンっスよ! ちょうどボクもみつきちと同じこと考えてたっス!!」
などと、キャイキャイする2人の視線の先には、昔懐かしいブランコから、ボルダリングや吊り橋、滑り台などが合わさった複合遊具まで、複数の遊具が並んでいる。団地に住んでいる子ども達だろうか、大いに賑わっていた。
「みつきちゃん、瑠璃ちゃん! その公園の角を左に曲がってすぐだよー」
「「はーい」」
2人の後ろから声をかけたのは、瑠璃の姉の川越毬花である。その横には、みつきの教育係である常陸野まなか。まなかと毬花の関係は、ビール好き会社員と、そんな彼女が通うビールバーの店員だったりする。そんなアダルト2人組は、新人コンビを微笑ましく眺めつつ後を追う。
「若者は元気があって羨ましいわあ。ねぇ、まなニャン?」
「マリ姉も私も、まだまだ若い、よ? でも、ビールの前は体力温存しないと──」
そんなやりとりを交わしているうちに、新人コンピは曲がり角の先へと姿を消した。後を追う2人もほどなく角にたどり着く。
そこには団地内の商店街が広がっていた。その真ん中から数軒ほど左の店の前に、立て看板が出ていた。
スッキリなビール!
フルーティーなビール!
にがいビール!
こゆいビール!
などなどあり〼
看板の前では新人コンビがワクワクした顔で、お姉さま方を待ち構えている。
アダルトチームが合流すると、先行していた2人は期待に目を輝かせて口を開く。
「なんだか、絵本に出てきそうな看板っスねえ!」
「まなかさん、まなかさん! なんだか優しい雰囲気を感じますよー」
そんな2人にうなづきながら、まなかは店の扉に手を掛けた。
「それじゃあ……入ろっか──」
ドアが開くやいなや、店内から明るい声が聞こえてきた。
「いらっしゃーい! おっ、毬・まなコンビ! ──っとお友だちかな? 好きな席にどうぞ!! おーいみんなー、4名さまご来店ー! ワハハハ」
扉が開くやいなや、豪快な笑い声と共に、店の奥にまで来店を告げる男性店員の姿が飛び込んできた。
ひょいと入口をくぐりながら、毬花が挨拶を返す。
「おっ、店長! お邪魔しまーす。ナイトロがつながったと聞いて来たよー! いやー、今日も盛況だねー」
「いやいや、毬花ちゃんとこにはかなわないって! ワハハハ」
「うちはビールを出してるだけで、作れませんから──」
「またまたご謙遜を。出してるだけっていうけど、マリちゃんの人柄でしょう──」
「「ワハハハハ──」」
「そういえば店長、今度の発注なんだけど......」
日本各地のビールがたくさん集まるバーで働いている毬花は、この店の店長と通じるものがあるのか、いつのまにか笑い方がシンクロしている。
なにやらワハハコンビがまじめな話を始めたので、やりとりを邪魔しないように、まなかと新人コンビはそっと店の奥に向かい席に着く。
「まなかさん、マリ姉が言っていたナイトロって、壁にかかれているあの『nitroバージョン』って書かれているビールのことです? ニトロとも読めますよね?」
「そうっスよ、みつきち。婦警さん2人が違法改造したミニパトから噴射して、高速で走るときのやつ、もしくはヤンキーヒーローが手の汗腺から分泌して爆発を巻き起こすやつっスよ!」
おどけた顔でボケる瑠璃に、まなかが苦笑しながら突っ込みを入れる。
「えっと……ニトログリセリンとよく勘違いされちゃうんだけど、ナイトロジェン、だよ。つまり、窒素のこと、ね。ビールって基本的に、ビールサーバーからグラスに注ぐ時に、炭酸ガスを混ぜないと注げない仕組みで、炭酸ガスがビールの泡にもなるって、お花見の時に話がでた、よね?」
「はい! ビールができるまでに自然に含まれる泡って、ほんのちょっとなんですよね! 手動のポンプで、泡なしのビールを注いだの、覚えてます!!」
「ここでは、お店の中でいろんなビールを作ってるんだけど、そのうち一種類を、普通の炭酸ガスバージョンと、ナイトロバージョンで、飲み比べができるの──」
2人のやり取りを聞いていた瑠璃が、ふと何かを思い出して表情を輝かせる。
「もしかしてアレっすか? 缶で売ってる黒ビールで、下からゆっくり細かい泡が上がってくるすっごく綺麗なやつ」
「ピンポーン、だいせいかーい」
店長とのビールトークをいつの間にか終えたのか、毬花が残ったテーブル席に着きながら、瑠璃のコメントに正解のBGMを返した。
「と言うわけで店長! 公団エールの普通のとナイトロバージョン、ハーフでこの子たちに1つずつと、飲み比べセット2つ──で、いいよね? まなニャン、若人たちよ」
頷く新人コンビとまなか。
「ワハハハ、今回も全制覇ペースのノリだねえ、ありがとうございますー」
その様子をみて、豪快に店長が返しながら、カウンター奥に消える。
「えっ、今回、も……?」
「だってぇーここのビール、全部美味しいんだもーん。ねー、まなにゃん?」
思わず店長のフレーズにツッコミを入れるみつきに、朗らかな笑顔で毬花が返す。まなかはその横で顔を赤らめもじもじしている。
店主がカウンター奥からグラスを2つ持って戻ってきた。
「はい、先に公団エールのバージョン違い。こっちがノーマル、こっちがナイトロねー。前に来てくれた時、2人とも美味しい美味しいって、シェアじゃなく、それぞれ全種類制覇してくれてねえ」
並べられたビールは色味は同じだが、片方は細やかな泡がグラスの底からじわりと登っている。
「うっわー、見比べると泡の違いがよくわかるっスんねぇ! じゃあボクはこっちからいただくっス」
「それじゃあ私はこちらから。お先にいただきまーす」
それぞれが一口ずつ口にして味を確かめる。
続けて、いそいそとグラスを交換すし、もう一方のグラスを口にする。
「おー、やっぱり泡が違うと口当たりが全然別っス!」
「香りの量も違う……のかなあ? 味も違く感じるね! なんて言うんだろう……ナイトロの方は、なんだか優しい雰囲気だねぇ──」
感想を言い合う2人に、アダルト組2人は笑顔を送る。いつのまにか飲み比べセットも届いている。
瑠璃がふと顔を上げ、声をあげた。
「あっ、いつのまにかビール揃ってるじゃないっスか! 乾杯しましょう、乾杯!」
「ようっし、ではでは改めて──」
瑠璃の提案に応えて毬花が音頭を取る。タイミングを合わせて皆がグラスを軽く持ち上げ……
「「「「カンパーイ!」」」」
皆から笑顔が溢れる。
「あっ、初物をいただくまえに笑うのを忘れてたっス! ワハハハ……」
瑠璃は思い出して慌ててスマホを取り出し、方向を調べると笑ってビールを飲みなおした。
(ビールって、楽しいなあ。こんな楽しい瞬間と、今年もたくさん出会えるといいなあ……)
ビール初心者みつきは、そんなことを思いながら、今年初のビールを噛み締めるのだった。
§ § §
数時間後の店内では
「問おう! あなたがマスターか?」
「そうです、ワハハハ」
「もー、また瑠璃ちゃんてばなんだかよくわからないボケを──」
瑠璃のボケにマスターがマジレスで返し、みつきがツッコミを入れるシーンなどもあったが、それはまた別の話……。
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