どうしてそんな複雑な呪文覚えられるの?

ちびまるフォイ

おのれ魔王!忘れちゃったじゃないか!!

「いくぞ魔王! この呪文でお前は終わりだ!!」


「魔法で我を倒そうなどと片腹痛いわ!

 我にはどんな属性の攻撃魔法をも跳ね返す布団があるのだ!!」


「それはどうかな!?

 

 はみとらろ ぐじちななしせ つにはほめ ぞぼえ

 よられびあ あとざぞぞびあ えさそてに がだと……。


 ななねろぐ ぐいやみねひひやほは!!」


「な、なにぃぃ!?」


あたりにまばゆい光が満ちていく。そして――。



「あ、あれ?」


何も起きなかった。


「呪文を間違えたか? くそ、もう一度だ!


 はみとらろ ぐじちななしせ つにはほめ ぞぼえ

 よられびあ あとざぞ……ぞ……なんだっけ」


「あの、もう攻撃していっすか?」


「バカ! 魔王なんだからもっとどっしり戦えよ!

 もう一度呪文唱えるから待ってろ! えーと、はみらとろ?」


その後、魔王城に駆け付けた救急車により、重症の勇者は村へと担ぎ込まれた。


「く、くそぅ……呪文さえ忘れていなければ、あんな奴……」


勇者は悔しそうにしながら撮り溜めたアニメを見ていたが、

村の人は別に勇者の敗戦に気を落とすことは無かった。


「ああ、やっぱりね」

「魔王を倒すのではなく、無害化するとか言ってたし」

「ハナから無理だろうなとは思ってた」


村の人々は冷静だった。


「無害化? 俺がそんなこと言っていたのか?」


「勇者さん、覚えてないんですか」


「普通に倒すより難しいことを考えたんだなぁ、さすが俺」


自分のことすら覚えていない、

おとぼけ勇者に世界の命運を頼むほど村の人は暇じゃなかった。


勇者は懲りずにまた再挑戦しようと冒険者ギルドを訪れた。


「というわけで、めっちゃ強くて、美人な女剣士を雇いたい」


「勇者さん、あんた魔王の目の前で呪文忘れたんだって?

 そんな不安定な人と命をかけてパーティを組む人なんていないよ」


「そうだっけ?」

「都合よく忘れやがって……」


ギルド長はため息をついた。


「あんた、魔王に負けてからますます忘れっぽくなってないか」


「そうなのか? 自分じゃ気づかなかったけど……。

 は! まさか、魔王に忘れる呪いをかけられたんだ! そうに違いない!」


「常に自分の問題を責任転嫁できるのは、すごいと思うよ」


「で、女剣士は? まだ? ここから選んでいい?」

「こいつ……」


ギルド長は勇者が眺めていた卒業アルバムを没収した。


「いいかい、呪文てのは高等な技術が必要なんだ。

 呪文を中途半端に唱えたりしたら、暴発するんだよ。

 一度、魔王を前に呪文詠唱に失敗するような奴に雇わせる人はいないよ」


「じゃあお前でいいよ」

「死ね」


勇者は股間を蹴り上げられて、再び担ぎ込まれた。


「な、なにがあったんですか?! 魔王よりもひどいけがですよ!!」


「自分でも覚えていない……いったい何があったんだ……」


治療されて痛みに悶えながらも勇者はすっかり忘れていた。

数時間後、また同じギルドに、同じ質問をしたので出禁となった。


「おのれ魔王……なんて恐ろしい呪いをかけたんだ……!! 許さん!!」


忘れっぽくするだけで、こんなにも私生活が制限されるとは思わなかった。

何度も同じことを繰り返したりしてしまう。

これ以上に恐ろしい呪いがあるとすれば思春期ニキビくらいだ。


「もう無害化なんて知るか!! ぶっ殺して、呪いを解除してやる!!」


かつての自分はどんな方法か忘れたが

魔王を殺さずに無害化することを目標にしていたらしい。


けれど、無害化ではこの呪いが解けないかもしれない。

確実に息の根を止めなければならない。





そして、勇者はふたたび定期券を使って魔王城へ推参した。


「また来たのか。おろかなる勇者よ」


「余裕ぶっているのも今のうちだ。今回の俺はひとあじ違うぜ」


「そう言って、また魔法を忘れるんだろう?」

「それはどうかな!!」


勇者は服をぬぐと、体中にたくさんの呪文が書き込まれていた。

耳なし芳一も素で引くほどの徹底ぶり。


「そ、それは?!」


「紙ではお前に途中で燃やされる危険があるからな!

 それに体に書いておけば、なくしたりすることもない!!

 さぁ、これでお前を倒す呪文が唱えられる!!」


「や、やめろ! お前、なにを唱えようとしている!?」


「お前を倒して世界を救うための、魔法の言葉さ!!」


勇者は魔王の布団を奪ってバリアを張ると、

事前に体に書き込んでいた呪文を読んでいく。


「はみとらろ ぐじちななしせ つにはほめ ぞぼえ

 よられびあ あとざぞぞびあ えさそてに がだと

 ななねろぐ ぐいみややひほ むりわげじ ことね

 ゆうていみ やおうきむこう ほりいゆう じとり

 やまあきら ぺぺぺぺぺぺぺ ぺぺぺぺぺ ぺぺぺ!!」


「う、うわぁぁぁーーー!!」


これまで途中までだった呪文がついに完成した。

勇者も魔王も白い光の中に包まれていった。







その後、別の冒険者が魔王城を訪れると

記憶消去の呪文で何もかも忘れ無害化された勇者と魔王がいた。

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