0より先の未来には。

桜木 綾翔

第1話



「生きていれば必ずいいことがある、なんて、生きていていいことがあった人が言うセリフでしょ?」

窓のアルミサッシに切り取られた曇り空を見ながら月森が憂鬱そうに言い放つそれを、私は彼女の左隣に並んで体育座りをしながら聞いていた。夏の夕方。都内30階建てマンション15階の一室。部屋には私たち以外なにもない。湿気を含みムワッとした部屋の空気を肌で感じ、私は少し顔を歪めてから目を閉じた。

「どうしてそう思うの?」

問いながら私はゆっくりと目を開けて月森の横顔を見た。異性も、同棲も思わず見とれてしまうような端正な顔立ちに、見慣れているはずの私も例外無く見とれていた。月森は外の景色から目を外して私を見つめた。正面から見てもやっぱり月森は綺麗だ。私の顔ようなそばかすなんて一切ない。

「この歳まで生きてきて、ひとつもいいこと無かったなって。あたしが証人。」

そういって月森はまた曇り空に目を向ける。

あと7分で私たちの人生は終わってしまう。ラッキーセブンのはずが、私たちにとってはアンラッキーセブン。どんな風に終わってしまうんだろう。怪獣が現れるのかな。空から隕石が降ってくる?それとも、この部屋に誰かが来て私たちを殺すのかな。死ぬことはなぜか知っているのに、死に方は知らない。その事実が少し怖くなって、気を紛らわせようと話しかけてみた。

「ねぇ、月森は私といて楽しい?」

私は空に目を移しながら聞いてみた。

「もちろん。」

「じゃあ、私のこと好き?」

「うん。」

「私も、月森のこと大好き。」

言って、月森の方を見ると月森も私の方を向いていた。少し見つめあってから笑みを零す。

「私はいいことあったよ。」

「なに?」

「月森と一緒にいられること、最後まで。」

私は月森の左手に右手の指を絡めた。不安を取り除くように。少し間をあけて、

「…あたし、やっぱり証人になれないみたい。」

そう言って月森は私の右手に左手の指を絡めた。

「出会えて良かった。」


雨はしとしとと降り出す。私たちとの別れを惜しむように。


『生きていれば必ずいいことがある』

私たちはこの言葉の証人となった。


私たち以外なにもないと思っていた空間には、きっと幸せがあった。幸せに溢れていた。


10.9.8.7.…


私たちは寄り添う。0より先の未来を夢見て。


3.2.1



口角を少しあげた。



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