四
朝目覚めて、ぼんやりと時計を眺める。起きるにはいい時間だ。布団から身を起こし、支度をする。
玄関の扉を開けると、いつも通りの夏が広がっていた。どことなく味が薄くなったような景色を眺めて、漠然と考える。
この夏はいつまで続くのだろう──と。
野原の一角にある向日葵畑には、一人の女性がいた。目線が合って、互いに挨拶を交わす。どこか見覚えがあるような気がして、どちら様でしたっけ、などと尋ねると、陽炎のような者だよ、と彼女は名乗った。
「それで、私は散歩の途中だったのだけれど。君はなにか、予定があるのかい?」
そう訊かれて、考えこんでしまう。予定。……予定。
せっかくの夏なのだ。何をしたっていい。海に行ってもいいし、山に行ってもいい。乗り物に乗ってどこか遠くへ行ってもいいし、家でぼんやりしていてもいい。花火を見に行ったっていいし、天の川を眺めていたっていい──まあ、そこはどうしても夜になるので、彼女は出られないのだろうけれど。
……と、そんなことを考えてから、首を傾げる。彼女は夜には出られない、と何故思ったのだろう。
「どうしたの」
彼女の声が聞こえて、我に返る。少し迷ってから、予定は決まっていない、と答えた。そっか、と彼女は頷いた。
「今日は特に、何も決まってないんだね。お手すきなら、散歩に付き合ってくれないかい?」
結局、僕は一日、彼女と散歩して過ごした。目新しい発見もなく、なにかをこなしたという実感もなかったが、彼女とのとりとめもない会話は楽しかった。
陽が落ちて暗くなった部屋に、布団を敷く。掛け布団にくるまりながら、僕はぼんやりと考え事をしていた。
──彼女は誰で、どこへ帰っていくのだろう。
──僕は何故、この家に一人で住んでいるのだろう。
──彼女とは確か、会ったことがなかっただろうか。
──僕は何日、ここでこうしているのだろうか。
──この世界はどうして、──────。
その疑問を抱いた瞬間、僕はわかってしまった。疑問の答えを、得てしまった。
起き上がって、壁にかかった日めくりカレンダーを見る。間近で見ているにも関わらず、その数字はどうにも頭に入ってこない。紙をつまんで引っ張ってみたが、どれだけ力を込めようと破れることはなかった。
黙って布団に戻る。
なんとなく、そんな気はしていた。
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