二
玄関の呼び鈴を鳴らす音がする。次いで、お邪魔します、との彼女の声が、聞こえてきた。
野原で出会った彼女は、僕が家で過ごす予定だ、と聞くと、是非立ち寄ってみたいと言い出した。会って間もないのに警戒心がないというか、遠慮がないというか、と、少しばかり呆れたものだ。
だがまあ、僕の方にも、断るほどの理由などはなかった。簡単な片付けだけしてくる、と言って、先に家に戻っていた次第だ。その片付けが終わる頃、彼女は見計らったかのように来訪した。
どうぞ、と玄関口に声をかけると、引き戸が開けられ、閉められる音が響いてくる。一拍置いて、彼女が顔を覗かせた。
「どうも。おや、扇風機だ」
いそいそと正面に座り、妙な声変わりを楽しんでいる。それに苦笑しながら、僕は縁側を指さした。あちらには、
「うん? ……わあ、ラムネにスイカだ。あ れも用意してくれたの?」
顔を輝かせ、ありがとうね、と礼を述べてから、彼女はぱたぱたと縁側へ駆けていった。その後を歩いて追いかけ、金盥を挟んで彼女の隣に座る。彼女は既に、ラムネのビー玉を押し込んでいるところだった。
「こう、うまいこと窪みにひっかけないと、飲む時邪魔になるんだよね。……ん、美味しい」
一口飲んで、幸せそうな顔。準備した甲斐があったな、と笑いながら、僕は切り分けたスイカに手を伸ばした。一切れ取って先を囓ると、甘い味がする。過度な水っぽさもなく、いいスイカだ。ある程度食べ進めたところで種が出てきて、それをぷぷっと遠くに飛ばす。よく飛んだねえ、と彼女が笑った。
しばらくしてから、スイカは全て皮だけになり、ラムネは全て空き瓶となった。
彼女は足をぶらつかせて、とんぼがたまに横切っていくのを目で追っている。風を受けた風鈴の、涼やかな音色が時折響く。僕が金盥を片付けて、また縁側に戻ると、彼女は空を見上げながら、一言呟いた。
「雨が降るよ」
言われて、僕も空を見上げる。雨雲はまだ見えなかったが、湿ったような
洗濯物も中に入れないとな、と急いで取り込む。そうこうしているうちに、雨が地を叩く音が聞こえてきた。
夕立だ。
雨脚は強く、外の景色は白く
家の中に、驟雨の音が響いてゆく。ごうごうと唸る風。ざあざあと打ちつける雨粒。ぽつり、ぽつりとどこかから落ちる水滴。
やがてその音は微かになり、そして、止んでいった。
「──ん。雨、上がったね」
からりと硝子戸を開けた彼女が、差してきた太陽の光を受けて、眩しそうに目を細める。外を見ると、空はすっかり晴れ渡り、うっすらと虹がかかっていた。
「さて。では、そろそろお暇しようかな。スイカとラムネ、ごちそうさまでした。ありがとう、美味しかったよ」
そう頭を下げる彼女に、いえいえ、と返す。玄関まで一緒に行き、帰っていく彼女の背を見送った。
引き戸を閉めて、ふと、考える。
近所だとは言っていたけれど──彼女はどこへ帰っていくのだろう、と。
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