三
花火を見に行きますか、と誘うと、彼女は残念そうな顔をした。
「生憎と夜は出られなくてね。申し訳ない」
いえ、と首を振る──まあ、会ったばかりの彼女を花火に誘うのも、少しばかり図々しかったかもしれない。
ただ、と彼女は続けた。
「花火の見えるスポットなら知っているから、いい所を教えてあげよう。君の家の裏に、山があるだろう?」
頷く。彼女が何故、僕の家の場所を知っているのかはわからなかったが、実際山はあるのだった。
「あの山の中腹に、展望台が設けられている。そこからなら、人もいなくて静かに花火が見放題だよ。多少、遠くはなるけれどね」
なるほど、どうも、と礼を述べた。あの展望台なら、前にも行ったことがある。確かに花火がよく見えることだろう。
夜になる前に、僕は一度家へと戻った。懐中電灯や水筒、その他必要なものを用意して、裏の山に向かう。登山道は整備されており、勾配も緩やかなものだったので、展望台まで辿り着くのに、然程の苦労はしなかった。
木でできたベンチに座り、水筒に入れてきた麦茶を飲む。風に吹かれながら、眼前の景色を眺めた。思った通り視界がひらけていて、花火を見るのに困らなさそうだ。
辺りが徐々に暗くなっていく。点々と明かりが灯り始めた。一際明るくなっているところは、神社で行われている祭りの屋台だろうか。夜店をぶらついても良かったな、などと思いながら、花火大会が始まるのを待つ。
やがて、最初の花火が打ち上がった。
夜空に咲いた大輪の花は、スタンダードな菊の形だ。きらきらと、赤い光が煌めいた。
続けざまに、いくつもの花火が打ち上がる。青と緑が半々になったもの。消える時に、ちかちかと瞬くもの。小花が一斉に、ぱらぱらと開くもの。枝垂れ柳のように、光が尾を引いて落ちていくもの。
どん、どん、と遠雷のような音が響くたびに、新しい花が空に開く。光跡を描いては、消えてゆく。最後にスターマインが行われて、いくつもの花火が咲き乱れて──そして、花火大会は終了した。
静けさの戻った夜空に、名残惜しさを覚える。だがその幕切れが、どこか心地良くもあった。名残惜しい、と思えるのは、決して悪いことではないのだから。
懐中電灯で足元を照らしながら、ゆっくり下山し、家に戻る。電灯のスイッチを切ろうとすると、ちょうど電池の寿命が尽きたようで、ふっと光が消えた。なんとなく花火を思い出して、じっと見つめる。
何事にも終わりがあるなら、自分の幕切れはいつなのだろう。
終わりが来なければ、いったいどうなるのだろう。
つらつら考えてみたが結論は出ず、途中で思考を打ち切って、就寝することにした。
閉じた瞼の裏には、花火の煌めきが残っていた。
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