終末のおじさんはアンドロイドと共に

 笑顔が消えてからのミューはますますひどくなっていった。

 歌わなくなり、喋る回数も日に日に減っていく。

 それにつられるようにミューは突然わけもなく叫んだり、声をあげて泣きだすようになった。

 必死になだめると謝り続け、ついには自分の存在まで否定するようになってきた。


「あだちさん……。わたしをころしてください……。もうこれいじょうめいわくをかけたくないんです」


 そう言ったかと思えば直後に――


「わたしはなんてことを……。あだちさんをおいてじぶんだけらくになろうと……さいていです……さいあくです……」


 そんな風に自己嫌悪するようにもなっていった。

 何度ミューを壊そうという衝動に駆られそうになったか。

 何度ミューを楽にしてやろうかと衝動に駆られそうになったか。

 それでも俺は衝動に駆られず、ミューを背負ってあてもなく歩き続けた。


 ミューの重さは最初からずっと一緒。

 それなのにミューはすっかり変わってしまった。

 どうしてミューが。

 なんで俺じゃなくてミューが。


 



 そしてとある夜。


 廃墟に入り、寝る場所を確保すると俺は寝る準備をした。

 ミューはその様子をぼんやりとすぐそばで眺めている。

 まるで死んだような姿だ。

 皮膚の一部は剥がれ、右目のあたりは見えないはずの眼球の部分まで見えていた。


 俺は何度も声をかけた。

 ミューはその度に何度もぼんやりとした返事を返す。

 その声を聞くたびに胸が突き刺さるような思いだった。

 でも、この声が聞こえなくなった時を考えると……。


「どうしてあだちさんではなく。わたしがさきに……しんでしまうのでしょうか……」


 俺だって知りてえよ。


「……さあな。運命なんだろ」


「うんめい……。そうですね……。うんめいとはざんこくなものですね……。あだちさんをみとることもゆるさないなんて……なんびゃくねんもわたしをいかしておいて……」


 ミューの手が震えている。


 震える手を握り、ミューを抱き寄せた。

 手の皮膚も剥がれている。

 もうあちこちボロボロだな。

 あんなに綺麗だったのに。


「ごめんなさい……」


 また謝りだした。


「……いいんだ」


 俺はミューの頭を撫でる。


「あだちさん……」


 俺は仰向けに寝ると、ミューを上に乗せて抱きしめた。

 ほんのわずかなミューの温もりを感じる。


「わたし……あまえてばかり……でしたね……」


「なにをいまさら。じゃないとミューじゃねえよ」


「フフ……。そうですね……。そしてこうやって……すなおじゃないようで……すなおなところも……あだちさんらしいですね」


「……かもな」


 しばらく沈黙が続く。

 時間にしてどれくらいだろうか。

 そう思った時、廃墟に月明かりが指した。


 ミューの開いたままの目が綺麗に光る。

 その目に俺が映っている。


 ああ……。俺、めちゃくちゃ泣いてるじゃねえか。


「……あったかいですね。ずっとこうしていたいです……」


「……俺もだ」


 ここまで辛いことだらけだった。

 だが今は満ち足りたような気持ちで胸がいっぱいになる。


「あだちさん……」


 ミューはゆっくりと体を動かし、俺に顔を近づける。

 そしてミューは、俺の額にキスをした。


「どうか……いきてください……」


 ミューは俺と向き合い、口の端を震わせながらひと筋の涙を流した。

 それを指で拭いてやると、ミューはゆっくりと俺の胸に顔を乗せる。

 そして、寝息のような小さな吐息を吐いた。




 夢を見た。


 夜の砂浜、穏やかな海。機械の残骸なんてない綺麗な海。

 そこにいつもよりずっと大きな満月が浮かんでいる。

 俺はその場所で、ミューと後ろ姿がそっくりな足を失っていない少女に手を引かれて歩いていた。


 その子は何かを楽しそうに歌い、笑っていた。

 それが何の歌か聞き取れない。

 だが、懐かしい思いで胸が一杯になる。


「あの……」


 少女は歌うのを止めて、満月を背に俺の方へと振り向いた。


「足立さん!」


 満面の笑みを浮かべながら、俺に向かってうんと両手を広げている。

 その少女はミューそっくりの少女ではなく、ミューそのものだった。

 瞬間、俺は思いだした。

 ミューが何を歌っていたかを。


「えへへ。その……。fly me to the moon私を月につれていってください!」




 目を覚まし、胸にぽっかりと穴が空いたような気分だった。

 俺はその気分のまま、抱きかかえていたミューの体を揺らす。


 どれだけ揺らしてもミューは何もしない。

 反応しない。


 やがてミューの腕がだらりと俺の体から落ちた。


 目を開けたまま、表情一つ変えずに俺の胸に寄り添うように顔を横にして。

 よく見るとミューの頬に涙の跡が残っていた。

 だが今は涙を一切流していない。



 ミューが死んだ。



 その事実はすんなりと理解できた。

 だが絶望が遅れて押し寄せる。


 吐きそうになりながら、俺は意味のない出発の準備をした。

 そして荷物をまとめ、壊れたミューを背負い廃墟を出る。




 どれだけの時間歩いたのだろう。

 飲みもせず、食べもせず。

 どうして俺は何も口にしようとしない?


 食料が無いから?

 どうだったか忘れた。


 俺はどこへ行くんだ?

 なんのために歩いている?

 生きるため? どうして?



 いや、生きなきゃいけないんだ。



 だが足に力が入らなくなってきた。


「はぁ……はぁ……。……」


 俺は倒れた。


 なにも声が聞こえてこない。


 …………。



 …………。



 空に浮かんでるのは太陽か?



 …………。



 いや……月か……。



 …………。



 寒い……。



 …………。



 ……どこかから音がした。


 ……何か大きな物が動く音。


 ズシン……ズシン……。そうだ、そんな感じだ。


 まるで……何かの足音のような……。


「――――」


 声のようなものがものまで聞こえてきた。


 誰の声?


 ああそうか……迎えか……。

 死ぬ前に天国から迎えが来るってミューが言ってたなあ……。


「――――」


「――――」


 二つの声。二つの小さな人影。


 …………そうか。


 ミューも一緒だもんな……。


 よかった……。


 ミューと……。


 一緒で……。


 てんごくに……いったら……。


 もう……いちど……。

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終末のおじさんはアンドロイドを背負う くぼたともゆき @kubotta0093

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