最終話

 部屋を出た魔王じいちゃんと女二人は、外で待機していた執事にエスコートされ、別室へと案内された。三人のついた食卓には魔王じいちゃんの好物である羊羹とあたたかいお茶が準備されていた。


「そういえばおぬしら、どうしてここにおるんじゃ」

「まぁ、行き場をなくしたからよ」

「ん? 意味がわからんのじゃが」

「説明するの面倒だから、とりあえずこれから魔王城ここでお世話になることになったってことだけ伝えておくわ」

「ふーん、そうか」


 すでに魔王じいちゃんの関心は、目の前にある羊羹へと移っていた。魔王ばあちゃんの思い描いていた通りの境遇となった人間の二人がここに住むとカミングアウトしても興味は羊羹以下なのか。


「ここの治療班にいるから、ケガしたらいつでも来なさいよ」

「治療班? おぬし、回復魔法はまるで駄目だったではないか」

「なんか私にもよくわからないんだけど、私って毒を消す魔法が使えたらしくて、それが認められ多っぽい」

「ふーん」


 女魔導士が命の恩人だと知らないとはいえ、態度が素っ気なさすぎる。

 ここ数日の調査によると、拡散する回復魔法と無意識に発動していた怪我対策魔法が状態異常を体外へと拡散させる魔法に昇華したとのこと。五日前の倒れる間際に偶然生み出された魔法とはいえ、人間が成す所業としては常軌を逸している。ただ己の命を対価とする犠牲魔法の一種なのが厄介だ。


「私は、さっちゃんと、エミリアちゃんの、お世話、係、に」

「ふーん。……わしと変わってくれんかの」


 やはりさっちゃんの話になると魔王じいちゃんは目の色が変わる。一度羊羹に手をつけるのをやめ、真剣なまなざしでお姫様役の女をじっと見つめる。

 お姫様役の女はスッと視線をはずした。モジモジしながら俯き、沈黙を貫いて懸命にこの場を乗り切ろうとしている。

 すると、窓がバッと開いた。どうやら外側から誰かが無理矢理開けたようだ。


「ママー、おかしちょうだーい」


 いつも通りさっちゃんだ。頭がほんの少しだけ窓枠から生えている。


「ママはここにはおらんぞ。そういえば今日は見かけんのぉ。どこかに出かけておるのではないか」

「うーん。あ、そうだ。きょうはゲーかってきてくれるんだった。これでおねえちゃんといっしょにできるね!」


 魔王じいちゃんは首をかしげた。


「のぉさっちゃんや。その、げぇむ、は今度わしと一緒に買いに行くんじゃないのか?」

「え? しらないよ? でもママにおねがいしたらかってくれるって!」

「なんじゃと……あの二世ジュニアめ。このわしをはめおったな」


 違う、断じて違う。ママがゲーム機買いに行っていることを今知ったくらいだぞ。


「あとね、ママがね、じぃじがおきたら、いいたいことがあるんだって!」

「ほうほう、なんじゃ」

「あのじぃじ三世サードに余計なことばっかりおしえヤガって、だって。ぼくにはママのいってることわからなかったけど、じぃじはわかる?」

「それは聞かんかったことにしよう」


 時に無邪気な子供は天然の牙を剥く。おそらく『あのじぃじ』ではなく『あのジジィ』の間違いだろう。今度魔王じいちゃんとママが対面するときは修羅場確定だ。気の強いママは魔王相手だろうと物怖じせず、ガンガン攻めてくる。おそらく魔王ばあちゃんの教えによる影響が大きい。あの二人が揃うと僕たちは手に負えない。


「ねぇそんなことよりじぃじ、なにかおかしなぁい?」

「そんなことって……羊羹ならあるが」

「じゃあちょうだい! あっちでエミリアちゃんまたせてるから、はやくいかないと」

「しかしのぉ、じぃじも羊羹食べたいしのぉ」

「ちょうだい!」


 魔王じいちゃんは羊羹の乗った皿と楊枝クロモジを名残惜しそうに手に持ち、あえなく別れを告げた。


「ありがとうじぃじ! あとでいっしょにゲームしようね!」


 魔王じいちゃんは晴れて明るい表情になった。

 和むやりとりに微笑む女魔導士とお姫様役の女。いくら歴代最強の魔王といえども、孫の前ではただのおじいちゃんである。こうなってしまえばなす術はなく、孫の言いなりになってしまうのであった。

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隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている! 助六 @suke_roku

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