願いのかなう男

梨木みん之助

(1話完結)

 直人(なおと)には 良い事ばかりが起こる。

最愛の女性と結婚し、子宝にも恵まれ、仕事も安定している。

感謝する事は多々あるが、特に悩みは無く、とても幸せだ。

 今年は、狭いアパートから、戸建て住宅に引っ越す事ができた。

昔から住んでみたいと思っていた地域に、まさに自分が思っていた通りの建売物件があり、それを手ごろな価格で買う事が出来た。ご近所も いい方ばかりだ。


 信心深い直人は、神様に お尋ねしてみた。

「この頃、私の願いが、みな現実になります。大変ありがたい事なのですが、不思議でなりません。その理由を教えて下さい。」

 その晩、神様が 直人の枕元に立って、おっしゃった。

「おまえは、『幸島のサル』という話を知っておるか?」

「ええ。幸島という特定の地域で、99%のサルがイモを洗って食べる事を学習したら、全世界のサルが、一斉にイモを洗って食べ始めたという話ですね?」

「そうじゃ。進化というのは、その様にして起こるものじゃ。」

 違う話なのか と思い、直人は 改めて神様に聞いてみた。

「私の思いが 全て実現する事と、何か関係があるのでしょうか?」

「大ありじゃ! この頃の人類は、利害関係が複雑でのぉ、

99%に近い者が、同じ考えになる事が無いんじゃよ。

しかし、人類だって進化せねばならん! そこで、わしは、

お前の考えた通りに、世界を変える事にしたのじゃ。」

「えぇーーっっ、 なぜ 私のような者に、そんな大役を?」

「おまえが、世界一 心がけの良い男だからじゃよ 。」

そう神様がおっしゃったところで、目が覚めた。


 「なんだ、夢だったのか ・・」

 少し ほっとしながら、いつものように出勤の支度をし、

玄関のドアを開けた直人は、驚きの声を上げた。

「車が無いっ!」

そればかりか、見渡せる範囲のすべての車が消えている。

 口をぽかんと開けながら道路を見ると、次から次へと路面電車が走っていた。

 直人は、車の運転がヘタだった。しかし、バスの本数は少なく、それを待っていたら、仕事には間に合わない。

「みんながマイカーを持たなければ、バスの本数も増え、お年寄りも気軽に外出できるのに」 といつも思っていた。

それが 現実になっている。


 これが「進化」か! 

しかし、その程度でよかった。 光合成するとか、腕が3本になるとか、脳に記憶チップが入るなど、考えたくもない。

 そして、神様が 進化を「1人」に任せた理由も分かった。

世の中には、自動車が好きな人、自動車産業で働く人など、たくさんの利害関係者がいる。ガソリン産業や保険業界からも、賛同は得られないだろう。

 それならば! と直人は早々に電車に乗り込んだ。人にぶつかっても損傷を与えない紙質ボディ、緻密な路線網。コンピューター制御の運行システム。ソーラー電池による駆動など ・・全てが彼の 望んでいる通りだった。

 乗客の様子を見ると、これによって失業した人もいないようだ。

 それにしても、人々が何も驚いていないのは何故だろう?

「人々の心が、穏やかでありますように。」 と、いつも念じていたからだろうか?


 仕事が終わり、家に帰ると、家族旅行の行先について、妻と娘が話し合っていた。

 娘はモルディブ諸島の透き通った海が見たいと言っている。

「初の海外か、有給休暇も有り余っているし、悪くないな・・」


 気が付くと、 直人たちは南の島にいた!

どうやら、思っただけで、ワープしてしまったらしい 。

 直人は しばらくポカーンとしていた。

しかし、車が無くなった時と同様、家族は少しも動じていない。

「あなた、 おなかが空いたわ。」

妻に誘われ、食事を取ることにした。

 高級レストランには、巨大なエビ、とれたての魚、ステーキ肉、目にも鮮やかなフルーツなど、様々な自然食材が並んでいた。

 直人は、妻の為に「シェフのとびきりお薦めコース」を注文した。相当お高いが、日頃の感謝の気持ちを伝えたかったのだ。

「おいしいっ ! こんなに 幸せでいいのかしら・・」

妻の目は 涙で潤んでいた。

「確かに! 全人類が こんな物を毎日食べれたらいいね。」

即座に、世界中の食卓が豪華になり、みんなが幸せを味わった。


 気持ちの良い潮風に誘われて、直人は1人でビーチに出かけた。

白い砂浜と透明な水、波が無ければその境すら解らない程だ。

 直人は、浅瀬で 水面から頭だけを出して横になった。雲ひとつなく澄み切った青空、遠くに見える更に青い外洋、そこから延々とやってくる穏やかな波 ・・それが耳に入ってしまっても、気にはならない。シュワーっと泡の消えてゆく音。それしか聞こえないのも また一興だ。

 直人は大きく深呼吸をした。

何もかもが、浄化されてゆくようだ。

 ウトウトしていたのだろうか? 不自然に海水が顔に掛かり 目が覚めた。

「お父さん。そんな所で眠ったら 危ないよ!」

と言いながら、娘は さりげなく、今度は大量の海水を、直人の頭の上から掛けてきた。 顔がヒリヒリする。かなり日焼けしたようだ。

「お気遣いありがとう」

と微笑みながら、直人も娘に水を掛け返した。

「何よぉーっ!せっかく親切にしてあげたのにっ!」

 娘は 海面をバシャバシャと叩き、直人を呼吸困難に追い込んだ。

直人はたまらず立ち上がり、幸せな水掛け合戦が続いた。


 この ひと時は、永遠に忘れたくない ・・

即座に、直人は 人類から「ボケ」 という症状を根絶した。


「お父さん。この素敵な島が、いつかは沈んでしまうの?」

「ああ、地球温暖化の話か ・・ それで、この島を選んだんだな。

でも、心配することは無いぞ! お父さんが何とかする。」

 確かに、交通機関のソーラー化だけでは、温暖化は止まらない。

工場の排熱を止め、植林・・ いや、細かく考える必要は無い。

「地球温暖化ストップ! そして 20年前の環境に戻す!」

そう考えるだけで良いのだ。

島が即座に 5cm 浮上した。


 日本に帰っても、直人の「世直し」 は続く。

宗教、言語、通貨を共通にし、戦争を根絶した。

 人類の目を進化させ、危険な物は 赤く見える様にした。

人々は有害な物を口にしなくなり、病院は混雑しなくなった。

悪い心を持った者も 赤く見える為、犯罪も激減した。

 難しくなったのは面接試験だ。これに備え、学校は「心の教育」を重視するようになった。教員は資質の高い者だけが残り、いじめや不登校も無くなった。


人類のほとんどが、あっという間に笑顔になった。 


 間もなく、神様が直人の枕元に立って、おっしゃった。

「よくやったぞ。 直人! お前を選んだ甲斐があった。」

「ありがとうございます 神様。 まだまだ未完成ですが・・。」

「いや。もう充分だ。 この力には、闇の部分がある。

いかにお前でも、使いこなせるものではない。この辺が潮時じゃ」

「待って下さい 神様。私はこの力を一生使いたいのです。

人類を恒久的に進化させ ・・」

「だまれ! お前もまた同じ過ちを犯すというのか?

 1万2千年前の民には、『大陸』が『世界』だったが、

今回は、その規模では済まぬぞ!」

 その意味が解らないまま 黙っている直人に、神様は続けた。

「しかし、お前がそう思ってしまった時点で、手遅れじゃ・・

もはや、わしでもその力を奪う事はできん 。」


 そこで、夢は途切れてしまった。


  目が覚めた直人は、いつも通りに新聞を読んだ。

人類の進化により、この頃の紙面は 明るくなった。

「どこで何が生まれた」「楽しげなイベントのお知らせ」

「スポーツニュース」「誰が表彰された」等が ほとんどだ。

 しかし、まだ犯罪はゼロになった訳ではない。事件の記事を見つけると、直人は即座に犯人を自首させる。それが毎日の日課だ。

 また 政治家が、嘘をついている。 嘘をついている時には、舌の先が2つに割れるようした。まるで、爬虫類のようだ! これはインパクトがあって面白い。

 次々と、暗い記事が消えてゆくと、紙面の片隅にあった「大地震に備えて」 のコラムが目に付くようになった。

「数年以内に、史上最大級の地震の恐れか・・ 怖いな~っ」

直人がそう思った途端に、大地が激しく揺れ出した。


まずいっ! 東南海地震をひき起こしてしまった。

どうしよう・・ そうだっ!『被害ゼロ』 

冷静に念じる事ができたおかげで、大事には至らなかった。 


ああーっ、びっくりした・・

いまだに、胸がドキドキしている。

しかし、自分が大地震を引き起こしてしまうとは・・


これが、神様のおっしゃっていた 闇の部分なのか?

この力を持つ者は、願いだけではなく、

詳細に思い浮かべた事は全て実現させてしまうようだ。


「よしっ、今後は一切、恐ろしい事は考えないぞ!」と、

自分自身に言い聞かせてみたが、これは人の心の弱い部分だ。

例えば、夜の帰り道に、何かのきっかけで ゾクっとした場合、

「大丈夫、何もいないから・・」と、思えば思う程、

さらに怖くなり、だんだん小走りになってしまう

そう、不安や恐怖は 加速するのだ。


心を、平穏にしようと思えば思う程、

一番恐れている事が 頭の中をよぎってしまう。 


 バタッ ・・

台所で妻が倒れた。 吐血し、とても苦しそうな顔で死んでいる。

居間では娘が、「くっ、苦しい・・助け・・ 」 と叫んで息絶えた。


「うぉーーぉーっ!!」

直人は号泣しながら 叫び続けた。

「お願いだぁーっ! 生きっ・・ 生き返ってくれーっ!!」


2人は、即座に、生き返った。


「あぁーっ、よかった ・・  やり直しが効いて ・・」

しかし、こんな思いをするのは、もう二度と御免だ !

 直人は 仕事を休み、部屋に引きこもった。

そして、何やらマニュアルのような物を ノートに書き綴った。


 このマニュアルは、必ず実行されなければならない。

しかし、最終的に、直人は家族との思い出を 一切失う。

思えば、自分の一生は、この思い出を積上げる為だけにあった。

いろんな事を思い出す度に、次から次へと涙が溢れ出し、

ノートは ぐしゃぐしゃになった。

喉笛を切られたかのような、声にならない嗚咽(おえつ)。

直人は、生涯で一番悲しい時を迎えざるを得なくなり、

神様に この力を返さなかったことを、痛烈に後悔した。


 マニュアルを実行する時が来た。

 始めに、直人は自分のコピーを1体作った。

もちろん、特別な力まではコピーされないが、思い出も、癖も 全てがコピーされた。

 次に、それが、父や夫として 正常に機能するかを見守った。

むしろ、彼の方が「本物の自分」なのかもしれない・・

家族は、相変わらず幸せそうだ・・  それで良い。

それが続くことを心の底から願った。


 マニュアルには、「何も考えずに、以下を口にして読むべし。」

と書かれている。

『僕の名は元直(もとなお)。修行僧だ。あの2人は、そこにいる直人の家族。

僕に家族はいない。もちろんその記憶もない。』


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 元直は、コンビニで コーヒーを買う為に、財布を開いた。

中には紙切れが1枚入っていた。自分宛ての「指示書」らしい。


『記憶の一部が無い事は 気にするな。自分で出した結論だ。

禅の修行に励み、マイナスイメージは 一切持たないように』

と、書かれていた。

 身分証明書の住所は、福井県の禅寺になっていた。

「なぜ、ここに居るのか」などとは考えずに、まっすぐ、お寺に向かう事にした。

 電車に乗ると、なぜか、生命保険や、葬儀場の案内、遺言状の作成などのチラシばかりが目についた。

『あなたに万が一の事があった時のことを考えてみては?』と、

まるで、誰かに催促されているような気もしたが、家族のいない元直には、考えるべき事は何もなかった。


 寺に着いた元直は、さっそく修行に入った。

座禅を組んで、何も考えない様に心掛けるのだが、

何か大事な事を忘れているような気がして、集中できない 。


 それを見た 禅師様が、元直に声をかけた。

「心が揺れておるな。一体どうした?」

「何か、不安なんです・・どうしたら良いのでしょう?」 


「なんだ、そんなことか!」

 禅師様は、笑いながら おっしゃった。

「そこに有ると思うからいけないのだ。不安も恐怖も

元々そこには存在しない。この世のすべてが、地球上のすべてが、

初めから『無い』と思えばよいのだ。」 


「じゃあ、地球自体も初めから存在しない・・・ 」


神の恐れていた通りになった。

・・ もう、やり直しは効かない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

願いのかなう男 梨木みん之助 @minnosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ