boy friends
水樹悠
boy friends
「ごめん、遅くなった」
小柄な少年が、歩道のポールに腰掛けた大柄な少年に駆け寄りながら声をかけた。
「おせーよ行形」
大柄な少年はゆらっと立ち上がる。百八十センチほどの体躯は細身だが筋肉質で、ジャケットから覗くTシャツごしにも逆三角形の肉体は容易に想像できた。
「ごめんごめん、ちょっと支度に手間取っちゃって」
「ったく、女子かおめーは」
相恰を崩し、ぼんっと乱暴に肩に絡みつく。気安い振舞いに行形と呼ばれた少年も笑った。
「ごめんよ、お詫びにポップのソーダでも奢るよ」
「そこでわざわざ安いジュースを指定してくるお前の図太さが好きだわ」
行形(ゆきなり)に軽くデコピンして、カバンを担いだ。
ふたりは同じ高校に通う、同級生だ。
出会いは一年生のときで、クラスが同じだったのでなんとなく話すようになった。そうやってなんとなく話すようになった中で話さなくなった者もいるし、今でも仲のいい者もいる。だが、綱紀(こうき)と行形は不思議とウマがあい、今や親友と呼べる仲である。
対照的だが実のところ二人共「意外性があって曲者」というあたりに共通点があった。
綱紀は水泳部のエースであり、バタフライとフリーの両方をこなすスーパーアスリートである。故にいかにもアスリートらしい鍛え上げられた肉体をしており、ざっくばらんな性格と男らしい風貌も相まって女子の人気は高く、彼に告白し、そして振られた女子は十人は下らないだろう。三年になってからは洒落っ気も出てきて開襟シャツに銀のネックレスをしたりしているものだからなかなかの迫力であり、ぱっと見「ワルそう」である。
一方、行形は線が細く、どちらかといえば可愛らしい顔立ちも相まっておとなしそうにみえる。あまり目立つ方ではなく、スポーツもあまりできる印象はない。だが、勉強は結構できるほうだし、何か頼まれてもそつなくこなす。
だが、これは学校での、主に女子たちから見たふたりである。彼らふたり、あるいは男友達は彼らがそれだけでないことを知っている。
綱紀はこう見えてインドア派で、とにかくゲーム好きだ。特にPCゲームをよくやるからか、PCにも結構詳しかったりする。FPSや戦略ゲームなど人気作でも見事な腕前を披露するが、音楽ゲームも格闘ゲームも結構できる、ガチゲーマーでもある。
対する行形はクルマ好きで、十八になって直ちに免許を取得したほどだ。さらに趣味は音楽でベーシストでもあり、その腕はなかなかで一般的に裏方と思われがちにもかかわらず「ベーシストとしてステージに立つ」ことができるほどである。ふらっとどこかへでかけたりするのも好きで、かなりの行動派だ。
「で、今日はどこ行くよ。とりあえずゲーセンいくか?」
「今日はやめとこうよ。どうせDDRやるんでしょ?汗だくになったらそのあとどこもいけないよ」
待ち合わせの楽器屋のほうから、行形は駅に向かって歩いていく。楽器屋の前で待ち合わせをしたから、とりあえず楽器を見るのかと思っていたのだが、違うようだ。
「ちょっと服を見たいんだ」
行形の意外の言葉に綱紀は眉をしかめた。
「服?なんだまた?」
「ちょっとね。いや女の子と出かけるときに着るような服持ってないからさ。ちょっと綱紀にアドバイス欲しくて」
さらに意外な言葉にますます綱紀の目が細くなる。
「お前、カノジョできたのか?」
そう尋ねると行形は一瞬キョトンとしてから吹き出した。
「いや、違うよ。今度真姫と、真姫の友達と出かけることになったんだけど、真姫が恥ずかしいからダサいカッコするなって言うんだ」
真姫というのは行形の妹である。三歳差で中学生なのだが、これまた可愛らしい少女である。
「あぁ、なるほどね。真姫ちゃんがどんな感じで言ったかめっちゃ想像できるわ。でもなんで真姫ちゃんの友達と三人で出かけるんだよ」
「足だよ」
端的な答えに綱紀はあぁなるほどと納得した。中学生ではそう遠出はできないが、兄がクルマを持っていれば別だ。中学生の妹からすれば、もはや父のようなものだし、友達と出かけるなら父に頼むよりずっと気楽だろう。
「しっかし、あのクルマの後ろに乗るのか、その友達は…」
行形のクルマはユーノス・プレッソというクルマである。サイズはとても小さいが流線型で、見た目に関しては女子からも人気が出るだろう。だが、第一に古い。もう三十年近く前のクルマで、オーディオはもちろんカセットテープだ。そして狭い。頭が低い。綱紀では頭がつっかえてしまう。
「ま、我慢してもらうしかないね」
「あんなクルマでデートしたらソッコーでフラれそうだよな。ってか、真姫ちゃんに頼まれてクルマ出すとか行形は優しいよな」
「うん、まあ、それもあるんだけどね…」
行形が言いよどむ。
「なんだよ?」
「いや、その友達が、かわいいんだよ」
「は?」
「かわいいんだ」
「マジかよ。どこらへんがいいわけ?」
「おっぱいが大きい」
今度は綱紀が吹き出した。
「なんだよそれ。お前はおっぱいに向かってかわいいって言うのかよ」
「いや、いや!かわいいっていうのはその子全体のことで、とにかくかわいい感じなんだよ!わかるだろ?」
「いや、わかんねーよ。お前から聞いた情報で想像したら、その子はただのおっぱいだ」
ふたりとも今時流行らない硬派とでもいうのだろうか。学校ではシモネタをいうようなこともない。そもそもそんなのは恥ずかしい。だが、男同士集まってみればこんなものだ。
「とにかく、お前はそのおっぱいの気を引きたいからいいカッコしたいってわけだ」
「ま、なくはないね。それはどちらかといえば、真姫のご機嫌取りだけど」
「カッコつけた運転して事故るんじゃねぇぞ。それで死んだりしたら地獄まで殴りに行くからな」
「わかってるよ。いつも以上に気をつける」
軽口を叩きながらも行形の目は引き締まった。付き合いが長くなって、ふざけているのか、それとも本気なのかは、口調によらずわかるようになってきた。
洒落たショッピングビルで服屋に入った。まずは綱紀が好む、言ってしまえば「チャラそうな」服を売っている店に行ったのだが、行形には似合わないことこの上ない。もう、ヤンキーの親が子供に無理やりヤンキーっぽい服を着せるみたいに似合わない。綱紀は散々笑ったあと、おとなしく路線を変えることにした。
「やっぱ、お前は普通にピシッとした清潔そうな服装がいいんじゃねぇの?」
「ぴしってなんだよ?Tシャツとジーパンじゃだめ?」
「いや、別に悪くねぇけど、そんなよれよれのじゃなくて、あともうちょっと胸んとこ空いたやつで…要は今日のオレのみたいなやつさ。H&Mか、ZARAでも行くか」
「…あぁ、なんとなくわかったよ。それなら俺でも着られそうだ」
「よし決まりだ。飯食ったら、ららぽーとでも行こうぜ」
「そうだね。昼なにがいい?俺、ラーメン」
「ラーメンもいいけど、肉食いたいなぁ。フードコートにでもするか?」
そう話しているとき、大きな音を立てて狭い道をクルマが走っていった。もう音が聞こえ始めたときから行形の意識が取られているのはわかったし、それが現れたときには会話もそぞろに目で追っていた。
「Fタイプだ。かっこいいな」
「お前、ほんとクルマ好きだよな」
「昔からだからね。綱紀は免許とらないの?」
「免許とってもあんまりどこ行きたいとかねぇんだよなぁ…別に乗りたいクルマがあるわけでもないし」
「…じゃ、今のクルマなんかどう?」
行形がにやりとしながら言う。綱紀には、もう何を考えているか手にとるようにわかった。
「あれ、ぜってークソ高いだろ…」
「ちっ、バレたか」
笑い合う。下らない会話だし、実際下らないと思いもするけど、高校生活なんて大概下らないものだから、くだらなくたって何も悪くない、そう思っている。綱紀も、行形も、お互いがいることは、こうして過ごす時間は下らないことが許される、真面目である必要も、カッコつける必要もない特別な時間だと、分かっている。
「いいよ、俺は。出かけるときはお前の助手席に載せてもらうよ」
「なんだよ、俺真姫だけじゃなく綱紀にまで使われるわけ?」
また笑いあった。
デートはうまくいったらしい。ということは、行形から聞いた。
予定通り、行形は真姫と、その友達と出かけて楽しんできたらしい。なんでも、ほとんどは女二人で楽しんでいたので行形は単なる足のようだったが、なぜか途中で真姫が気を利かせて友達との時間を作ってくれたらしい。そして友達から好感度高そうなことを色々言われて、行形は軽く舞い上がっていた。
その話はラインでも聞いたし、学校でもちょっとだけ聞いたのだが、生憎綱紀としては大事な大会が迫っていたから、ゆっくり話している時間はなかった。いくら綱紀がエースだと言ってもライバルは果てしなく手強い。漫画のように努力もそこそこに圧倒できるわけじゃない。綱紀にできることは、どこまでも自分を追い込んで、練習と、努力と、工夫と、それでも勝てないから二倍三倍とそれを続けることだけだった。
男同士だし、行形は、そして他の友達もまたそんなことはわかっていたから、綱紀とは大して話もしなかった。そんなことは気にもしていない。都合のいいときだけ馬鹿言ってれば許されるのは、男同士の特権だ。
大会の二日前、行形は今度はその友達とふたりきりで出かけたということを言っていたのだが、綱紀はそのラインは返事をしなかった。
綱紀は、ただ大会に向けて集中していたし、集中しなければならないと言い聞かせていた。今度の大会はインハイに響く。絶対に俺は勝つ。
「くっそあのヤロー、ばっちゃばっちゃ波立てやがって!」
その言葉は、もう三十回は聞いたよ、なんてことは行形は決して言わない。最初苦笑したり心配していた友人たちも、今は触らぬが吉と離れていったし、行形はただひたすら聞いている。
行形も大会は見ていた。決勝レース、綱紀はいいスタートダッシュを決めた。そこまで随分苦戦したレース展開とは一転、調子はかなり良さそうに見えた。綱紀は中盤やや苦手だが、後半の伸びもいい。抑えきったように見えた。
だが、「決勝に至るまでに苦戦した」というのがここにきて効いてしまった。最下位で決勝を迎えたため綱紀は1コースに配置された。2コースに配置された選手は、徐々に調子を上げていた、というよりもそこまで三味線を弾いていた感のある実力者だった。しかも派手な泳ぎの選手で、行形から見ても明らかに集中力が乱れた。
ターンで地獄に突き落とされた。信じられないくらいぎこちないターンでライバルに距離をあけられ、そして巻き返しかと思いきや後続の選手に飲まれた。波にリズムを崩された綱紀は一度かきそこねた。勝負にはそれで十分だった。失速して次々と抜かれていく。綱紀は必死に腕を回し、水を蹴った。再加速する。仕切り直しだ。後半は得意だ。まだ距離はある。体力も残っている。絶対勝てる。頭が真っ白になるほど、必死で泳いだ。
だが、現実は決勝の猛者たちを相手にその遅れを取り返せるほど甘くはなかった。七位。綱紀にとっては屈辱そのものだった。ターンのミスで手を切った。血が水を汚していた。
大会が終わってからしばらくは、綱紀は学校にきて腐っていた。そして遊びにいくわけでもなく、放課後は「気分じゃない」と言ってすぐに帰った。
そして木曜日には、学校を休んだ。金曜日も来なかった。ラインは既読はつくが返事はない。土曜日には「ちょっと色々考えたいんだよ」とだけ返事が来た。そして月曜日も休んだし、火曜日も姿をみせず、水曜日は無断欠席した。水曜日、授業が終わると行形はリュックをひっつかんで勢い良く教室のドアをあけて出ていった。
チャイムを鳴らす。あまり家に遊びに行くようなことはないけれど、場所は覚えていた。
『はい』
ザラザラのインターフォンごしでもすぐにわかった。綱紀だ。
「行形だ。出てこいよ。話そう」
『…ワリィ、ちょっとそんな気分じゃねぇんだ』
それを聞いて、多分生まれて初めて、行形はキレた。
「おい綱紀!何いってんだよ!なにがあったかわかんねぇけど、単に負けたからウジウジしてるんじゃねぇだろ!お前、今絶対なんか悩んでんだろ!?顔見せろよ!俺に話もしないで勝手に苦しんでんじゃねぇよ!」
答えはなかった。ただ息遣いだけがインターフォンから伝わってくる。しばらくそうしていると、プツリとインターフォンが切れた。
行形は諦められなかった。ドアをじっと睨みつけていた。五分、十分。そして、ドアが開いた。
「ワリィ…」
綱紀はそういっただけで黙っていた。行形も黙っていた。言うべき言葉がみつからなかったのもあるし、そうすべきだと思ったのもある。
「例の子とのデート、どうだった」
綱紀が口を開いたのは、すっかり日も落ちて、灯った街灯が互いの顔を見せるようになってからだった。
「…楽しかったよ。それなりに」
ぶっきらぼうに行形が答えた。
「そっか。付き合うのか?」
「…一昨日、ラインで告られた」
「…へぇ。おめでとう」
「ありがとう。まぁ、考え中だけどね」
「なんでだよ。かわいいと思ってたんだし、告られたんだったら両思いじゃねーの」
「…なんか、すんなりいいよって言う気分じゃなかったんだよ」
「…オレのせいか…ワリィ」
「俺が綱紀のせいにすると思うわけ」
「…ワリィ」
また沈黙が戻ってきた。行形は待つことにした。綱紀は、なにかを言うか言うまいか、ずっと迷っているようだった。
「なぁ、行形」
「…うん」
「気持ち悪いとか言わずに聞いてくれるか」
「言わないよ」
「…俺、お前のこと好きだわ」
「…は?」
意外というか、思考が追いつかなかったので、多分約束していなかったとしてもそんなこと言わなかっただろう。
「…は?」
もう一回言わなければ一生理解は追いつかない気がした。
「…は?」
三回言ったのだが。
「いや、さすがにそのリアクションはちょっと傷つくんだけどな…なんか、お前と例の子が仲良くしてるって思うと、なんかイライラして全然集中できなくってよ。練習も、なんかふわふわしてうまくいかねぇんだ」
「そりゃ…単に羨ましかったとかそういうことじゃないわけ?」
「わかんねぇから考えてたんだよ」
「あぁ、なるほど…」
別に落ち込んでいたわけでも、やけになっていたわけでもないらしい。さすがに「自分はホモかもしれない」とか思ったら、思い悩みもするし、ちょっと休んで頭を整理しようと考えるのは冷静な判断だろう。むしろ行形は邪魔してしまっただろうか。
「べっつに女がキライなわけでもねぇし、そんなまさかと思ってずっと考えてたんだけどさ。結局、行形のことが好きなんだと思うわ」
「…マジか」
「…マジだよ。引くだろ?」
「そりゃ、まぁ、なぁ…」
全く予想もしていなかったのでどうしたものか考え込む。もちろん、綱紀のことは嫌いではないのだが、かといってじゃあ付き合いたいかと言われると「考えようがない」というのが実際のところだ。
「で、どうするよ?」
随分経ってから諦めたような口調で綱紀は言った。
「とりあえず、付き合ってくれと告られても、それはごめんなさいだね」
「ま、そりゃそうだよな…」
ため息混じりに言う。だが、話はそれで終わりではなかった。
「けど、考えたことなかったし、考えようとも思ったことなかったからね。ちょっと待ってくれよ。考えてみるからさ」
「…考える?」
「綱紀は、こうやって散々悩んだわけだ。それに苦しみもしたわけだろ?だから、俺も考えるよ。そうやって苦しんだことや、人を好きになる気持ちに、向き合うよ。付き合うって約束できるわけじゃないけど、俺もちゃんと考える。あと、わがままかもしれないけど、それで受け入れられなくても、俺は変わらず親友として綱紀と付き合っていきたい」
「…ったく…」
もう随分久しぶりに思えるほどに、綱紀の口元はわずかにほころんだ。
「余計惚れさせてどうすんだよ」
「さぁ、それもこれから考えようかな」
街灯がじりじりと音を立てる。行形がニヤリと笑うと夜の公園にはふたりの少年の笑い声が響いた。互いの肩を叩く。夜風に少し、夏の気配がした。
boy friends 水樹悠 @reasonset
★で称える
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