第157話 クラスメイト

「白の薬師殿。もしかしてなのだが、




貴女は異世界から来た人間なのでは?」

「…………え?」


 私は、思わず茫然とした表情でヴァティの方を見る。


 カランと、金属が固い何かにぶつかる音が聞こえる。

 どこから聞こえて来たのかと手元を見れば、そこには机の上に転がったグラスが見えた。そうしてやっと、私の手からグラスを落してしまったのだということに気が付いた。


 声を出そうとして、のどがひりつくような感覚を覚えた。声が出ない。まるで、出し方を忘れてしまったような気分に陥った。


「なん……で、それを?」


 必死に声を出せば、あまりにも間抜けな質問が口から飛び出る。

 そんな私に、ヴァティはそっと新しいミルクティーを差し出すと、ゆっくりと口を開く。


「落ち着け。理由は簡単だ。私は、勇者の国から貴女と同郷らしきものを見つけたら保護してほしいという要請を受けた。そして、私は今までに二人の異世界人に出会った。それだけだ」

「それは、どういう……?」


 パニックになりかけた。

 同郷の者がいたら保護してほしい? あかねちゃんたちは、勇者の国の王城にいるのじゃあないの?


 そして、私は勇者の国のアレドニアの街で聞いた噂を思い出す。


__「王都の襲撃事件のことか? 城が半壊した翌日に、第一王子のリンフォールが王位継承を宣言したんだ。あんまりにも突然だったもんで、周辺貴族が大反対して暗殺者を仕向けたらしくて、大混乱が起きたんだ。」


 王都襲撃事件。そのせいで、クラスメイト達は諸外国に逃げ出た?

 いや、逃げ出たなら、保護してほしいなんて要求しないはず。


 パニックになりかけた脳に、理性は必死で落ち着けと叫ぶが、すでに脳は冷静な思考を失っていた。


__茜ちゃんたちが無抵抗でやられるわけがない。ということは、何かの襲撃があって、それに抵抗する時に城が半壊したのかもしれない。ぶっちゃけ、朝井君ががんばったら城の一つや二つくらい壊せそうだし。


 違う。確かに、あかねちゃんたちが無抵抗でやられるわけがない。でも、それなら保護してほしいなんて要求は出ない。でもそれが違ったら?

 抵抗したにもかかわらず、朝井君や茜ちゃんたちが負けてしまったなら?

 それだって保護してほしいなんて言う必要がない。だって、負けたとしたら……?


 脳裏に、クラスメイトがぐったりと倒れていた、あの転移直後の光景を思い出す。知っている。人は、死ぬとひどく冷たくなるのだと。だって、自分自身確かに死んだのだから。

 もし、茜ちゃんが、クラスの皆が、私と同じような状況になったら……?


 自然と手に力がこもる。爪が手のひらに刺さっていたい。が、力は抜けない。抜くことができない。嫌だ、考えたくない!


 そんな私の耳に、慌てたようなヴァティの声が届く。


「落ち着け、白の薬師! 貴女と彼らは境遇が違うと十分理解できた!」


 過呼吸になりかけた私の背をさすりながら、ヴァティは説明をする。


「出会ったのは二人と言ったな? 一人は、ホンダ マリンという付与術士エンチャンターの少女だ。もう一人は、ヤタベ シオンと名乗った弓士アーチャーの少年。二人の名前に、聞き覚えは?」

「あ、あります。まりんちゃんと矢田部君ですよね? 茜ちゃん、茜ちゃんは⁈」

「よかった、知り合いか。残念なことに、二人は火事で重傷を負い、今は療養中だ。医療用テントに行けば会え……」


 ヴァティさんの話の最中だとは分かっていたが、私はいてもたってもいられなくなった。長いすから立ち上がり、驚いたような様子のシャジャさんを放置して私はテントから駆け出した。


 医療用のテントは、復興指示をしているらしいテントよりも少しだけ離れた場所にあった。だが、当然複数である。


__どうすればいい?

「とりあえず片っ端から……!」

「落ち着けと言っているだろ、白の薬師!」


 慌てて追いかけて来たらしいヴァティに肩をつかまれ、私ははっとしてその場に立ち止まる。

 ヴァティは私の目をまっすぐと見ると、言う。


「案内する。が、再度言うが、二人は重傷だ。ヴァフニール商会と私個人の恩人でもあるため、光魔法使いと神官をつけて全力で治療にあたっているが、まだ眠っている。今すぐ会話することはできない」


 冷静なヴァティさんの言葉に、私はようやく冷静になる。

 クラスメイトに何があったか全く理解できず、しかも顔見知りの二人が怪我を負っているという事実を聞いて、パニックになっていた。


 深く息を吐き、そして、肺一杯に息を吸う。

 夜の砂漠の、ひんやりとした空気が肺に満ちる。同時に、熱くなりすぎていた脳がほんの少しだけ冷やされる。


「……何があったか、教えてください」

「もちろんだ。彼らは、私の危機を三度も救ってくれた恩人だ。そして、貴女はエチルの街の危機を救ってくれた恩人。そんな恩人たちを私は女神トーレア様に誓って無下にはしない」


 はっきりと、単語単位で言葉を区切りながら私に言葉を伝えるヴァティに、私は深く頷く。

 そして、私とヴァティ、そして護衛のシャジャさんの三人で、小さな白布のテントに向かった。



 テントに向かう道中。ヴァティはぽつりぽつりと事情を話し始めた。


 最初に教えてくれたのは、彼らがこの商人の国に突然現れたことだった。


「私は、ヴァフニール商会の商会長だ。だからこそ、他の商売敵たちにとっては嫌な存在であると認知されていてな。私があの二人に出会ったのは、移動中に盗賊どもの襲撃に遭った時だった。一度目に救ってくれたのは、その時だ。当時の商兵長が私を裏切り、ついに死ぬのか、と思ったときに、二人が私を助けてくれた」

「……だから、二人が恩人だと?」

「ああ。いきなり二、三人の盗賊どもが倒れて、そりゃまあびっくりした。しかも、そのまま乱戦になって、何とか勝ったかと思えば、盗賊どもが死んでいるのではなく眠っているのだと気が付いて、またびっくりってわけだ」

「……?」


 きょとんとした反応を返した私に、ヴァティさんはいたずらっぽく笑って言う。


「何でも、マリンがシオンの矢にスリープのエンチャントをしたらしくてな。それで体のどこにあたろうと、盗賊たちがおねんねしていたというわけだ」


 その時は本当に意味が分からなかったが、今もわからん。とつぶやくヴァティの瞳には、やさしい光が浮かんでいた。


「二度目はヴァフニール商会に他商会が協力して圧力をかけて来た時だ。二人は奇想天外なアイデアを出して、我が商会に新しい目玉商品を開発してくれた。アレらがなければ、いくら代々続いてきたヴァフニール商会だとしても、かなり危ういところまで追いつめられていただろう」

「……二人は、何をつくったのですか?」

「ああ、あの二人は確か……りんす? という美容品を作ってくれてな。あと、シオンはエチレの街にけしかけられたサンドサーペントの群れの討伐の援助をしてくれたりもした。あの時は本当に肝が冷えた」

わたくしは、その時に会長の推薦で商兵長になりました」

「ああ、貴様はずいぶん活躍していたからな。当然だろうよ」

「……私は、シオン殿に商兵長をやってもらったほうがいいと進言したのですがね」

「何を。いずれ旅立つ予定の彼らに、街に縛り付けるような役職を押し付けるわけにはいかないだろうが。適材適所だ適材適所」


 その情景を思い出しながら、二人は楽しそうに話しをする。

 だが、ヴァティの明るい顔は、すぐに暗く変わった。


「三度目は……今日なんだ。いくら圧力をかけてもへこたれない私たちに、ついに直接的な武力行使を仕掛けてきた。今思えば、流れの魔法使いも私の縄張りをよく荒らしていた。だが、奴らは想定以上に外道な手段を用いてきた」


 ヴァティは言葉を切ると、たどり着いたテントの前で足を止める。そして、悔しそうに顔を歪めて、そのテントの入り口の布をよけ、中に入る。


 そこには、あわただしく動き回る神官たち。たくさんの薬やら何やらが置かれた棚がテントの中に所狭しと並べられており、しつこいくらいの薬の匂いが漂っていた。様々な医療用具が大量に置かれているテントだが、一番目を引くのは、中央に二つ置かれたベッドだろう。


 真っ白なシーツの上にぐったりとした様子で横たわるのは、何度も教室で見たことのある顔。みつあみで黒髪の少女に、黒髪の少年。本田まりんと、矢田部しおんだ。


 左半身を大きく火傷した様子の矢田部さんに、腹部からいまだにじわじわと赤色を漏らしている本田さん。二人とも顔色が悪く、正に半死半生といったような状態であった。


 駆け寄ろうとする私の肩をヴァティさんがつかむ。そして、言葉を続ける。


「奴らは禁忌を用いた。……井戸に、毒を投げ込んだんだ。井戸水を使った私たちは、使で賊と戦うことを強いられた。たまたま食事をとっていなかったシャジャだけが商兵の中で唯一まともに動けたが、原因をたたく方を優先させた。そうしなければ、私たちは黒焦げにされていたからな」


 あれ? 私たち、体拭くのに水を……と思ったところで、ふと、下に降りるのが面倒で室内で水を生成して体をふくのに使ったことを思い出す。そういや、私たち、井戸水使ってなかったわ。


 ヴァティは悔しそうに拳を握り締め、吐き捨てるように言う。


「魔法さえ使えれば、賊どもなど消し炭にしてくれたというのに……私もいまだに毒が抜けきっていないのか、彼を助けることさえもできない……!」


 不甲斐ない、不甲斐ない! と、己の心を吐き出すように叫ぶヴァティは、己の拳をきつく握りしめ、歯ぎしりをする。そんなヴァティの背を、シャジャさんがそっと撫でる。


「どく、ですか?」

「ああ、毒だ。砂漠にすむ者たちにとって、いくら魔法による水があろうと、井戸やオアシスは神聖なものだ。トーレア様も積極的に水回りをきれいにすることを推奨しているようにな。そんな場所に、奴らは毒を投げ込んだ……!」


 許せない、というように歯ぎしりをするヴァティに、ふとあることを思いついた私は口を開く。


「えっと、食事で使ったから魔力が使えなくなった?」

「ああ。まあ、体を洗うのに使っただけの者も、魔法が使いにくくなっていたという報告がなされている以上、おそらくかなり特殊な魔毒だろう」

「毒、か」


 もしかしたら、できるかもしれない。

 ふと、あの時のことを思い出した私は、ヴァティに質問する。


「ちょっと、二人の様子を確認してもいい? もしかしたら、毒だけならどうにかできるかもしれない」


 私がそう言った瞬間、突然ヴァティが私の両肩をつかみ、揺さぶる。うわ、何事⁈


「それは、事実なのだな⁈ 本当に、二人は助かるのだな⁈」

「ま、ちょ、お、落ち着いて! 見てみなきゃわからないから……!」

「それでもかまわない! 彼らを救ってくれ! 私の、私の恩人なんだ!」


 必死な表情で二人の助けを祈るヴァティの表情が、アレドニアの街の人々と重なる。大切な人を、守りたいと願う人の顔だ。

 私は、両肩に添えられたヴァティの手をそっとつかみ、言う。


「約束するよ。最善を尽くす」

「……ありがとう、白の薬師」


 私の両肩をつかむ手の力が、強くなる。

 ヴァティの感情を感じながら、私は彼女の両手を離れ、テントの中に足を踏み入れる。


 そして、二人を視界に収めた状態で、宣言する。


「【薬品知識】」


 瞬間、頭に大量の情報が流れ込む。


[上級ポーション]

[体力強化薬]

[毒消し(強)]

[中級ポーション]

…………


 そして、ようやくその一文を見つける。


[魔力制限毒(錬金毒)]


「毒の名称が分かった。後は……【薬品知識】!」


[解毒薬(魔力制限毒)]

 魔力制限毒を無効化する。それ以外には使用しても意味がない。

 材料 浄化水 ハーブ 魔石(上質なもの) 薬草(MPを回復できるもの) (あれば)蜂蜜


「相変わらず、おおざっぱだなもう!」

「何とかなるのか、白の薬師!」

「材料と消費魔力量次第!」


 すがるような声を出すヴァティに、私は急いで紙とペンを借りると、脳内に浮かんだ材料と名称を覚えている限りの『勇者の国』の言語で書いていく。日本語で書いたところで、ここにその言葉を理解できるものはいないからだ。勉強しておいてよかった。


 そして、書き上げた紙を見せ、材料を棚から降ろしていく。


 集まった材料、浄化水、ハーブ数種類、サンドサーペントの魔石、香魔草、そして、一瓶の蜂蜜を受け取り、私はポーチから小瓶を取り出す。


 そして、瓶に手を添えて、詠唱する。


「【薬品生成】」


 次の瞬間、凄まじい頭痛が私を襲い、そして、抵抗することのできなかった私はそのまま意識を失い、倒れた。


 ヴァティの声が、聞こえたような気がした。

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薬師(笑)の異世界冒険譚 Oz @Wizard_of_Oz

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