第156話 女商会長とミルクティー

 隣のテントは、上質そうな赤色の布に金糸で豪華に飾られた、やや……というか、かなり目立つ豪華絢爛なテントであった。

 あわただしく動く商兵たちがしきりに出入りするそのテントの中に入るシャジャさんに続き、私たち三人も恐る恐るそのテントの中に足を踏み入れた。


 テントはかなり広く、複数の職員たちが声を上げて様々な指示をしたり、書類を運んだり、羽ペンを走らせ頭を抱えていたりした。修羅場というのが一番この場をよく表している言葉だろう。


 その中でも一番目立つのは、やはり、テントの中央に置かれた机に座った女性だろう。艶めく黒色の髪の毛の女性は、己よりも体の大きな騎士の風貌をした男に説教をしており、普段は整っているであろうその眉は酷く吊り上がり、アメシストのような紫の瞳にはある種の気迫が滲んでいた。


「いいか、貴様。私は寛大だが、二度目はない。怪我人と死者数、行方不明者数を答えろと言っている!」

「で、ですから会長! 怪我人多数ですが、死者は誰一人として……」

「んなわけあるか! この規模の火災だぞ⁈ 包み隠す必要はない。事実を述べよと言っている! わからないならわからないと答えよ!」


 烈火のごとく怒るその女性は、羽ペンをへし折って報告していた哀れな商兵に「再度調べなおせ」と言うと、テントから追い出す。

 女性はかなりカリカリとしているのか、小さく舌打ちをしてそばに控えていた秘書から新しい羽ペンを受け取ると、書類に文字を書き込み始める。


「うわー、おっかない」

「すごい姐さんだな」


 おのおの勝手な感想を持つ私たちを放っておき、シャジャさんは黒髪の女性に声をかける。命知らずだな⁈


「商会長、流れの魔法使い捕縛の協力者を連れてきました」


 シャジャさんの声に、少しの沈黙の後、書類を書いていた黒髪の女性が顔を上げる。疲れの交じった紫の瞳がこちらに向けられ、シャジャの姿をその瞳にうつした女性は、体を伸ばして言う。


「ふむ、すまないな、シャジャ」

「結構なお言葉です。では、私はこれで……」

「いや、場所を移す。貴様もついてこい」

「……かしこまりました」


 表情をひきつらせたシャジャさんは、少しだけ青い顔をして一礼すると、席から立とうとする女性に手をかし、私たちをテントの奥の仕切りのつけられた休憩所に案内する。


 そして、女性は休憩所にしつらえられていたソファに腰を下ろすと、それの対面となるような位置の長いすに私たちを案内する。

 私たち三人は指示されるまま長いすに座り、シャジャさんは休憩所の出入り口となる場所に立ち、私たちと女性を守るように待機をする。


 椅子に座った私たちに、お茶くみの女性らしい人がそっと冷たいミルクティーを差し出し、ある程度場が整ったと判断したらしい女性は、お茶くみの女性を下がらせると口を開いた。


「さて、此度はエチルの街の窮地を救っていただいたこと、礼を言わせてもらう。私は、ヴァフニール商会の第21代会長、パールヴァティだ。気軽にヴァティと呼んでくれ」

「あ、はい。私は冒険者のシロと言います」


 軽くお辞儀をして自己紹介した私に、ヴァティはそっと微笑むと、楽しそうに言う。


「ほう、貴様の報告は正しかったわけか、シャジャ」

「……ええ、その通りです」

「ん?」


 随分と楽しそうな様子のヴァティに、少しだけ驚いたようにこちらを見るシャジャ。思わずきょとんとした表情を浮かべる私に、眉間に指を押し当てたシンが指摘する。


「さっき、彼女は商人の国の言葉も、勇者の国の言葉も使っていなかった。俺もうまく聞き取れなかったが、多分ありゃ、狂戦士の国の地方言語だ。よくもまあ、あんなマイナー言語を流暢に話せるもんだ」


 マジかよ。そういや、私、どんな言語でも一律に日本語に聞こえているんだった。

 そう言ったシンに、ヴァティはニッといたずらが成功した子供のように笑うと、整った唇を開く。


「ご明察だ、魔族交じりの冒険者殿。私は取引先の言葉はできるだけ学ぶようにしているからね。__さて、正式に自己紹介させてもらおう。私は、ヴァフニール商会の第21代会長、パールヴァティだ。気軽にヴァティと呼んでくれ」


 再度自己紹介したヴァティは、華麗に一礼する。


「今のは勇者の国の言葉か……俺は、ジャックと名乗っている冒険者だ。本名は基本的に使いたくない。了承してもらえるとありがたい」

「えっと、私は元神官のデリットです。今は冒険者をしています」

「私もした方がいいやつ?」

「お前はさっきしただろ、シロ」


 双方自己紹介した私たちは、そっとミルクティーの入ったグラスに手を伸ばす。ヴァティは自慢げに笑顔を浮かべると、ミルクティーを飲みながら言う。


「この茶は素晴らしいだろう? 我がヴァフニール商会専属の茶畑で作った最高級品だ。ミルクも専門の酪農家に任せ、鮮度も質もいいものを使って作っている」

「あ、だからこんなにおいしいんですね」

「舌が肥えているな、デリット様。どちらもヴァフニール商会でお買い求めできるぞ。……まあ、エチレの街の復興が終わってからになるだろうがな」


 ヴァティはそっと目を伏せて言うと、湿っぽくなってしまった空気を換えるようにポケットの中から三枚の金属でできた板を私たちによこす。

 それには何やら文字が刻まれているらしいが、勇者の国の言語で書かれていないそれは、私には読めなかった。だが、商人の国の文字を読めるデリットさんが、驚いたように言う。


「ヴァフニール商会のVIP証明書……ですか⁈」

「ああ。貴殿らはエチレの街の救世主だからな。今現在、これくらいしか渡す物のない私を許してくれ。我がヴァフニール商会は魔王の国以外であれば大体の国に系列店がある。その証明書を店員に見せれば、優遇してもらえるはずだ」


 現金は渡せないが、今はこれで許してほしい、と言うヴァティに、私は思わずそのVIP証明書を返してしまった。

 きょとんとした表情を浮かべるヴァティ。目を丸くして額に汗を浮かべるシャジャさん。不味いことをしてしまった自覚はあるが、私はそのまま口を開いた。


「少なくとも、私はお金が欲しくてエチレの街に貢献したわけじゃあありません。お礼はありがたく受け入れます。が、これは大丈夫です」


 二人の分はともかく、と付け加えると、ヴァティさんはこめかみを指で押さえつつ、顔を伏せた。そして、小さく体を震わせる。


 もしかして怒った?

 そう思って私がひやひやしていると、ヴァティさんは笑い声を漏らす。まさかの大爆笑だ。


「ははは! もしやと思っていたが、白の薬師の噂は誠であったか! 聞いたか、シャジャ! ヴァフニール商会のVIP権を『大丈夫です』とは! そんなことを言うのは聖人かよほどの阿呆だけだぞ!」

「……感動しているところ悪いがヴァティ様。こいつは後者で、阿呆というよりかは常識知らずって感じだ」

「ひどいなジャック! 否定できないけどさ!」


 私の反応に、ヴァティさんはさらにツボったらしく、腹を抱えて笑い出す。

 そして、あることに気が付いたデリットさんが、青い顔をして言う。


「ま、待ってください! 白の薬師の噂っていうのは……?」

「ああ、白の薬師が、疫病を治す薬をただで配っただとか、高値で売り払っただとかという噂だな。大天使によって罰せられただとかそういう話もついてきているが、どちらが真実にしろ、商人としてはちゃんちゃらおかしいというか、頭が悪すぎて下手な冗談だと思っていたな。シロ、貴女を見るまではな」


 ニッと笑ったヴァティさんは、私の表情をのぞき込む。


「透き通るような白い肌に、輝く白の髪。話す言葉は聞いた人物の心を静め、心を和らげる。不治の病『神の試練』をたちどころに治す薬を作り上げ、そのレシピを何の対価も受け取らずに公開し、疫病を終息へと導いた薬師。その薬師は、その有能さゆえか、悲劇的なことに魔族交じりの証である赤の瞳を持っている」


 ヴァティさんは歌うようにそう言う。そんな噂になってんの⁈

 私の表情を見たヴァティさんは、こらえきれなかったように吹き出した。


「吟遊詩人が歌っていたのを聞いてな。隣の歌い手は白の薬師が悪であるという歌を歌っていたから妙に覚えてしまってな。のう、薬師よ。どちらが事実なのだ?」

「別に、私は魔族交じりというわけではないのだけれども……途中で立ち寄った村で本当に効くかわからなかったから小銀貨一枚で売ってましたよ。それ以外では領主代理に材料などの支援を得て、ただで配ってましたし」

「中級万能薬と聞いていたが、それでもずいぶん安いじゃあないか。というよりかは、材料費を削ろうがどうしようが赤字になるではないか!」


 面白い薬師だな、と笑いながら、ヴァティはミルクティーをすする。そして、ふと思い出したように言う。


「案ずるな、勇者の国にはほとんどおらんが、極東の国の一部には、人族であるにもかかわらず赤い瞳を持っている者がいるという。貴女もおそらくその血を引き継いでいるのだろう」

「え、いるのですか?」


 驚きの声を上げたのは、デリットさんだった。そんなデリットさんに、ヴァティは答える。


「ああ、私も一度だけあったことがあるが、『侍の国』と呼ばれる国の、『アヤカシ』やら『サムライ』やらと呼ばれる王族や騎士団は人族であるが、魔族としての性質も持ち合わせていてな。ゆえに、黒や赤の瞳の者が多くいるという」

「『侍の国』……極東と呼ばれる地域にあると聞きました。私は、その国も魔族領域だと聞いていました」

「ふむ、アリステラ教の連中は基本そう言うよな。我らが信仰するトーレア様は暴力に頼らず商売できる連中も人族としている故、侍の国の連中は一部を除いて人族として扱っておるわ。まあ、奴らは基本鎖国状態だから、あまり大きな取引はしていないのだが」


__だから、暴力で品物を奪う盗賊れんちゅうは人族じゃなくてよかろう? と鼻歌交じりで言うヴァティ。流石に嘘だよなと思ってシャジャさんの方を見ると、シャジャさんは特に何の表情も浮かべてはいなかった。おいマジか。


 しばらくヴァティに聞かれるまま会話を繰り返し、ミルクティーの入ったグラスが空っぽになったころ。

 ヴァティは満足そうに一つ笑顔を浮かべると、シンとデリットに向かって言う。


「さて、悪いなお二方。白の薬師殿の話がもう少し聞きたくてな。夜も更ける。旅人はそろそろ眠くなるころだろう。おいとましてはいかがかな?」

「……申し訳ないが、ヴァティ様。こいつは戦闘には向いていない体でありますため、せめて俺かデリットと一緒にいさせたいのだが?」

「シャジャがおるからよかろう? 悪いが私と白の薬師の二人で話させてはもらえなかろうか?」


 シンは私の方をちらりと見る。

 ヴァティは有無を言わせない様子である。そして、ヴァティの言う通り、デリットさんは既に会話中にも船をこぎだしていた。野営やら何やらで一日起きていることもあるシンや、現代日本では12時以降も元気に活動していたことのあった私はともかく、日が昇ると同時に起きて、日が沈むとほぼ同時に眠る生活をしていたデリットさんはそろそろ限界なのだろう。


 私はシンに対して言う。


「大丈夫だよ。私も、ヴァティさんと話したいことがあったし」

「わかった。ヤバいと思ったら声出せ。助けに行けたら行く」

「あいまいだなこの野郎」


 シンはため息をつくと、すでに眠ってしまったデリットさんを軽々と抱え(お姫様抱っこである)、お茶くみの女性に案内されるようにテントから出ていった。


 二人が外に出たのを確認したヴァティは、シャジャさんを下がらせると、真面目な顔をして私に尋ねる。



「白の薬師殿。もしかしてなのだが、













貴女は異世界から来た人間なのでは?」

「…………え?」

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