第155話 side??? 卑屈な王

 2-Aのメンバーが転移魔法によってばらばらなところに転移された直後。


 転移魔法で魔王の国まで戻った襲撃者、ルシファーは王に報告するため、魔王城の廊下を歩いていた。そして、この城の最奥、重厚な扉の前で足を止めたルシファーは、扉の前でいびきを立てて眠っていた仮面の魔法使いに拳骨を落とす。


「あダっ! 乱暴じゃあナいかイ、ルシファー」


 常人ならばその一撃だけで命を失ってしまいそうな拳骨を食らっておきながら、仮面の魔法使いはおかしなイントネーションで文句を言う。

 そんな仮面の魔法使いに、ルシファーは殺気にも似た怒気をはらんだ表情を浮かべ、怒鳴る。


「その仮面を引きはがされたくないのなら真面目に近衛をしろ、第4軍団長ベルフェゴール!」 


 ベルフェゴールと呼ばれたその仮面の魔法使いは、道化師のように大げさな動きで両手を広げると、ルシファーに言う。


「やーダな、?」


 ベルフェゴールはそう言うと、ちらりと視線を横に移動させる。そうすれば、そこからは廊下を埋め尽くすような量の魔法陣が現れた。

 ルシファーは舌打ちをすると、背中の魔剣を抜きはらい、先端で薄く廊下の大理石を切りはらう。ひっかき傷よりも小さな傷のついた大理石。すると、一瞬にしてその魔法陣は光を失った。


「オ見事。こレで君が本物だと言うコトも証明されたろウ?」

「いくら警戒していようが見張りが眠るのは見た目が悪すぎるという話だ!」


 仮面の下でニタニタと笑顔を浮かべているであろうベルフェゴールを叱りつける。反省している様子が欠片も見えないベルフェゴールに、ルシファーはいら立ち紛れに抜きはらったままだった魔剣でベルフェゴールの魔法陣を書き換える。

 「ウげっ」と小さな悲鳴を上げるベルフェゴールを無視し、ルシファーは流れるような手さばきで魔剣を鞘に納めると、重厚な扉を押し開ける。


 手早く扉をしめれば、背後からの破壊音とベルフェゴールの恨み言はすぐに聞こえなくなった。


 廊下と比べてかなり明るい室内。壁に這うツタ植物ははかない白花を咲かせ、部屋の隅に拵えられた水路にはさらさらと綺麗な水が流れ続ける。天井に吊り下げられたシャンデリアは魔石でその明かりを部屋中に満たしており、まるで植物園のような部屋であった。


 そんな部屋の奥から、心配そうな表情を浮かべた15歳くらいに見えるドレイクの少年がルシファーのそばへと歩み寄って来る。

 流れるような白銀の髪。空を切り取ったような澄んだ青色の瞳。頭には雄羊のような角。そして、その背には片翼の翼。お世辞にも似合っているとは言えない黒色のマントを引きずるようにして歩いてきた幸薄そうな少年は、覇気溢れるルシファーに気圧されることはなく、むしろ慣れているかのように声をかける。


「何か外からすごい音がしたけど、大丈夫?」

「ええ、問題ありません、魔王カイン様。阿呆が自爆しているだけなので」

「ベルフェゴールに何かしたの?」


 さりげなく言い逃れようとするルシファーに、魔王はムッと眉をひそめて問いを重ねる。

 そう聞かれたルシファーは、気まずそうに目を逸らすと、答える。


「ちょっと魔法陣を書き換えただけです。むしろ、ほんの数か所書き換えられるだけで自爆するような魔法陣を護衛に使ったあの怠け者が悪いかと」

「後でベルフェゴールにちゃんと謝りなさい。魔王としてでなく、お兄ちゃんとして怒っていますからね!」

「……そうですか」


 ルシファーは半ば魔王に背を向けるような形で強引に視線をそらすと、そのままの姿勢で報告をする。


「魔王様、指示されていた通り勇者の国に召喚されていた異世界人たちを離れ離れにしました。本当に処分しなくてよろしかったのですか?」

「ありがとう、ルシファー。__彼らに罪はない。決して殺してはいけないよ」


 はかない笑みを浮かべた魔王は、戦いの意志を見せるルシファーに厳しく言う。その言葉を聞いたルシファーは、思わず魔王に向き直り、床に膝をつけ懇願するように言う。


「__あの者たちは、魔王であるあなたを殺すつもりだったのですよ⁈ 今からでも遅くない、強くなりきる前に……!」


 食らいつくようなその言葉に、魔王は首を横に振り言う。


「だめだよ。人族たちが僕の死を望むのは、当然のことなんだ。歴代魔王は何度も人族領域に踏み込もうとして、そして神によって防がれてきた。その血塗られた攻防の歴史を、なくすことはできない」


 自虐的な笑みを浮かべた魔王は、目の前で膝を地につけるルシファーに立つように言うと、空気を換えるためかわざと明るい声で言う。


「ほら、見てよ。妖精たちが手伝ってくれたから綺麗に咲いたんだ。魔王の国だって、不毛の地から少しずつ変わってきているんだ。だから、あんまり求めなくたっていいじゃないか」


 魔王は壁に絡むようにして生えているツタ植物を指さして言うと、水路で泳ぐ鯉のような魚を眺める。数年前まで、こんな光景はありえなかった。ひとえに、様々な種族と和解できたからこその光景であった。


 己の成果によって飾られるのが、この魔王の間の本来の姿である。

 先代魔王は支配によって集めた金銀財宝を、先々代魔王は武勇によって己自身で仕留めた生き物の標本を。そうやって歴代魔王たちは己の力を魔王の間に訪れる者たちに示し続けてきた。

 血の匂いも、殺意のうごめきもない今代魔王の間はあまりにも居心地がいいが、いささか華やかさに欠けていた。


 だからこそ、己の力に誇りを持つ他種族の長達に、舐めた態度をとられることが多かった。


 しゃがんだ拍子に見えた片翼に、ルシファーは思わず己の無力さを痛感し、奥歯を噛みしめて叫ぶ。


「だとしても、あなた様が『片翼の魔王力なき支配者』だと笑われるのは許せない! 許したくない!」

「……事実じゃあないか。僕は君のようには戦えない。ベルフェゴールみたくすごい魔法だって使えないし、サタン第二軍団長みたく支配力があるわけじゃあない。ほかの団長たちにも勝てるところはないよ。僕にはがあるだけだ。翼だってこうして片方ないわけだし」


 困ったような笑顔を浮かべる魔王に、ルシファーは己の拳を強く握りしめた。


「……次は、俺が貴方を守ります。そして、その次を絶対に来させはしない」

「だとしたら、その時は自分の命を最優先で頼むよ。次の魔王は君なんだから」

「違う、俺に魔王の器はない」

「あるよ。この国の民だって、力ある者に率いられた方がいいはずだ。僕が魔王をしているのだって、きっと何かの手違いなのだから」

「そんな訳ないでしょうが……!」


 いくら否定しようとも、言葉を変えることのない魔王に、ルシファーは思わずその整った顔を悲しみにゆがめる。


 ルシファーは、わかっていた。

 彼が必要以上に卑屈である理由の一つに、己の存在があると。


 今代の魔王は、先代魔王の御子である。そして、ルシファーは魔王であるカインの弟として生まれた。

 ドレイクは、生まれつき魔剣を一振りもって生まれる。その魔剣は自己の成長とともに力を増していき、己に見合った姿へと移り変わっていく。ルシファーの持つ魔剣も、己が生まれつき持っていたその一振りであり、己の半身のようなものであった。


 だがしかし。魔王カインは、魔剣を持って生まれなかった。そのせいか、本来なら空を飛ぶことができたはずのその翼に力は宿らず、支配者としての種族としては致命的なまでに力不足であった。


 それに対し、ルシファーは魔王を継ぐものとして健やかに成長していた。そして、周囲もそんなルシファーに対し、大きな期待を抱いていた。


 だが、神はカインを選んだ。


 当時はそれを受け入れられなかったルシファーだったが、顔を合わせた瞬間に彼が魔王なのだと本能的に受け入れ、そして彼の交渉術に理性も彼が魔王であるべきだと心底思えるようになっていた。

 だからこそ、魔王カインが己の片翼を失わなければならない状況になった時、それを救えなかった己にひどい失望感を覚えていた。そして、限りなく歴代魔王に近い力を持った己が魔王カインを追い詰めていると感じ、やり場のない不愉快を抱いていた。


 唐突にうつむき、口を閉じたルシファーに、魔王は少し慌てると、パタパタと部屋の奥に戻り、お茶と菓子を持ってルシファーに押し付ける。反応と行動が30年前から変わらない魔王に、ルシファーは思わず小さく笑う。


「俺はもう、子供じゃあないですよ」

「でも、僕にとってはいつでも弟だからね。まだレンジの実は好きかい?」

「ありがたく頂きます」


 ドライフルーツになったレンジの実を受け取ったルシファーは、そっと微笑んで魔王に勧められるまま椅子に座る。そして、あることに気が付いた魔王は、きょとんとした顔をして言う。


「あれ、ルシファー。髪の毛の後ろのところ、ちょっと切れてるよ」


 指摘されるまま確認すると、確かにルシファーの整ったプラチナの長い髪が、一部だけ不格好になっていた。

 瞬間、ルシファーは脳裏に犯人である女の姿をうつし、心の中で舌打ちをする。


「……気が付きませんでした。剣を振っているときにでも切ってしまったのでしょう。そのうち生えそろいますし、大丈夫ですよ」

「そっか。ルシファーはいつもきっちり身だしなみをしているから、珍しいなって思って」


 緊張感のない笑顔を浮かべる魔王に、ルシファーは心の中で思う。


__あの程度の相手にしてやられるとは、鍛錬不足か……


 己の鍛えなおしを誓いながら、ルシファーと魔王はささやかな茶会を楽しんだ。




 魔王の間を出ると、ズタボロになった廊下で、不機嫌そうに壁にもたれかかったベルフェゴールがかつかつとつま先で貧乏ゆすりを繰り返していた。

 廊下には大量の鎖が砕け散った状態で転がっており、大理石は焦げたり、凍り付いたり、黒色の槍が数本まるで木の板にくぎでも刺したかのようにつき立っている。

 心なしか少しだけ道化師のような服装を汚したベルフェゴールは、ルシファーを見るなり、一言。


「デ、ルシファー。僕に謝罪ハ?」

「……はっ、せめてここいらの魔法陣を消してから言うんだな。殺意が見え隠れしているぞ?」

「いいだロう、こノひねくれたブラコン野郎!」

「誰がブラコンだ、この土人形!」

「違ウ! 僕はフェイスレスだ! コの体ダって、魔王様自ら作ってクレたのだぞ、うらやまシいだろブラコンドレイクデューク!」

べ、別にどうってことないわ羨ましいに決まっているだろうが、道化仮面! ……貴っ様ぁぁああああ!!」

「まじカよ、ルシファー。自白魔法くらイ、抵抗しろよ」

「黙れ阿呆! 俺のは魔王様に対する忠誠であってな……!」

「デも、お前、魔王様のこと大好きだロ?」

忠誠だって言ってんだろうが好きじゃないわけないだろうが! ぬぅぅぅぅぅうう……いい加減この魔法を解け、怠惰仮面!」


 魔王城は、いびつながらもそれなりに平和であった。

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