第154話 お縄につく(物理)
燃え盛る町から脱出した私たちは、赤ターバンの商兵たちが周囲を警戒している場所へとたどり着き、そして当然のように拘束された。
シャジャさんの指示で、指揮するためのテントの一角に押し込められた私たちは、沙汰を待つためしばし待機。複数の魔法も用いられガッチガチに拘束された流れの魔法使いと比べて、私たち三人は後ろ手に縄をかけられただけであった。
流石に荒縄ではないらしいが、外れるほど柔い縄ではない。
お縄につく(物理)はさすがに生まれて初めて……いや、日本にいたときにもお縄についたことなんてなかったけどね?
全力疾走の疲れを癒しながら私たちが待機しはじめてしばらく時間がたったところで、何やら書類を持ったシャジャさんがテントの中に入ってきた。
そして、緊張感のかけらもない(デリットさんを除く)私たちを見て、一言。
「反省しているのか?」
「何を?」
「……いいだろう、デリット様とそこの魔族交じりは事情聴取ののち開放、そこの小童はしばらくここで反省だ」
「ふ、不当拘束だ!」
「当然の処置だ阿呆!」
怒鳴るシャジャさんに、言葉の通じていないデリットさんはびくっと体を震わせる。そんなデリットさんの反応を見た私とシンは、ジトッとした目でシャジャさんを睨む。
さすがに申し訳ないと感じたらしいシャジャさんは、雰囲気を変えるためにもコホンと咳き込むと、『勇者の国』の言葉で話し始める。
「さて、住人達への聴取の結果、あなたたち三人が無罪であるどころか、エチレの街の住人に対して避難援助を行っていたことが判明しました。その点ではヴァフニール商会商兵団長を代表してお礼申し上げます。__我が街の住人たちを救ってくださり、誠にありがとうございました」
かしこまった様子のシャジャさんの言葉を聞き、シンは思わず「うさんくせぇ……」とつぶやく。まあ、あれだけ言葉を崩しているところを聞いていたら、どこからどう見ても胡散臭い言葉なんだよなぁ……。
シンのつぶやきをスルーしたシャジャさんは、説明を続ける。
「また、そこの女性……女性? の情報提供により」
「悩まないでくれる? どっからどう見ても少女でしょうが!」
「名乗ってくれればそれでいいのですが……。仮名シロ様の情報提供により、一連の事件には禁術を用いた黒幕がいることが判明しました。我が商兵団の魔術師からも流れの魔法使い、もとい神の落とし子には隷属魔法が行使されていることが確認されましたので、今後はその犯人の捕縛、そして王城に引き渡して正式な裁きを待つ、という流れになります」
「ああ、うん、シロでいいよ、シロで」
「……どこからどう聞いても偽名にしか聞こえないのですが、まあ、置いておくことにしておきましょう。本来ならお三方とも表彰ものなのですが、街がこうなってしまった以上、大っぴらに祝うわけにもいきません。というよりかは、これからが我々商兵団にとっては勝負ですから」
ここまで聞いたところで、私はふと疑問に思ったことをシャジャさんに質問する。
「ねえ、何でこんな街が一個滅ぶような大ごとなのに国が動いていないの?」
その質問に、シャジャさんは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、納得したような顔をして答える。
「そう言えば、あなたたちは『勇者の国』からの旅人でしたね。『商人の国』では、一応の王はいるのですが、正直お飾りというか、隣国の『女王の国』と『勇者の国』の操り人形といった様子ですので、あまり機能していないのですよ」
「……それは、大丈夫なのですか?」
「私のが祖父の父が生まれるよりも前からこの状態が続いているので、一応は大丈夫なのでしょう」
シャジャさんはかなり心配そうなことをこともなさげに言う。
「操り人形になる前から商人として成功していた幾人かの商会長がそれぞれの商売の縄張りを己の領土として税率を定め、その税の一部を王に献上するという形で国を保っています。貴族制度と似たようなものですね。私が商兵長を務めさせていただいているヴァフニール商会も、その商豪のひとつです。
そして、国にも軍はあります。が、貴族の連中がお飾りでやっている軍なので、実質的な力量はありません。自らの縄張りはそれぞれの商豪の私兵、商兵によって守られているのです。それ以外は管轄外です」
「なるほど、だから道中で結構な回数魔物と遭遇したのか」
シンが納得したように言う。
そういや、勇者の国だと道中暇なくらい何も起きていなかったね。あんまり積極的に魔物討伐が行われていないのかな?
シャジャさんは軽く首を振り、言う。
「まあ、定期的に他の商兵たちと合同で魔物討伐をしたりもするのですが、基本的に商売敵ですからね。王が絶対的な権力を持つ勇者の国と比べれば道中の治安はあまりよろしくないかと。基本的に、我が国を旅するなら街で縄張り間の移動にたけた冒険者や商兵を雇うのが安全ですね」
「ああ、うん。営業ありがとう」
シャジャさんの言葉に、私は思わず口を挟む。すると、シャジャさんはいい
「ヴァフニール商会では、お客様の安全を第一優先に、安心で快適な砂漠の旅をお届けします」
「何か故郷でそんなフレーズを聞いたことがあるような気がするわー」
「うっさんくせえ……」
思わず余計なことを言ってしまった私と、吐き捨てるように言うシン。デリットさんはきょとんとした表情で「頼もしそうじゃないですか?」とつぶやくが、私たちはそっと目を逸らすことしかできなかった。デリットさん、浮世離れしてるなぁ……
デリットさんの声を嬉しそうに聞いたシャジャさんは、「話を戻しましょう」と前置きすると、話を続けた。
「我々、ヴァフニール商会商兵は、会長に話を通して次の指示を待つこととなります。会長に今回の件の報告をしたところ、エチレの街の救世主であるあなた方にいたくよけいな興味を……コホン、恩を感じたらしく、面会許可をくださいました」
「よけいって。で、許可なら拒否したっていいの?」
「しないでもらえると私の首が飛ぶ日が数日伸びます」
「よし、シロ。次の街に行こうぜ」
容赦なくそう言い切るシンに、私は小さく吹き出す。デリットさんは少し怒ったような表情をして、肘でシンの脇腹をつついた。
ゴミを見るような目をしてシンをじろりと見たシャジャさんは、軽くため息をつき、両手を広げて言う。
「まあ、拒否するというなら連行するまでなのですが」
「街の恩人がそんな扱いでいいのか?」
「流れの魔法使い、もとい神の落とし子についてはいろいろあるので、恩人半分容疑者半分なので大丈夫でしょう」
「大丈夫じゃねえだろ」
シンはそう言うと、舌打ちをしてシャジャさんを睨み、言う。
「魔族交じりの俺はともかく、二人は人間なんだ、縄をほどけよ」
地を這うような低い声で言うシンの瞳は、すでに理性の金色を取り戻しており、天に向いていた角もすでにフードの下へと隠されていた。
気のせいかもしれない。だが私は、シンの言葉にどこか、卑屈な響きを感じた。
不安になってちらりとシンの様子をうかがうも、その表情は既にフードに隠され、ろくに見ることはできなかった。
そんな私の気を知らず、シャジャさんは軽く目をつむると、部下に指示して私たち三人の両手を拘束していた縄をほどかせた。
存外気が付いていなかったのだが、縛られていた腕は窮屈だったのか、ほどかれた瞬間にびりびりと腕に血がめぐっていく感覚を覚える。結構しっかり縛られていたんだね。
両手が自由になった私たちは、おのおの体を伸ばし、そしてシャジャさんに言う。
「お水もらえる? めちゃくちゃ喉乾いた」
「俺のも頼む」
「わ、私もできればよろしくお願いします」
「いきなり横柄な態度になりましたね⁈ ……まあ、いいですけど。お茶でいいですか、デリット様?」
「ありがとうございます」
ほら、体が楽になると、生きるのにまっとうな欲求も出てくるものじゃない?
デリットさんに確認をとったシャジャさんに、シンは軽く顔をしかめると少し機嫌悪そうに眉をしかめた。どうしたのだろう?
シャジャさんの部下は、金属のグラスに冷たいミルクティーのようなものを注ぐと、それぞれ私たちに渡した。
軽くそのお茶を口に含むと、ふわりと広がる茶葉の味と砂糖か何かを使っているのか甘みが舌にしみこんだ。甘くて飲みやすい、おいしいアイスミルクティーだ。
「ん、おいしい」
「甘くておいしいですね」
私の言葉に賛成するように、デリットさんも冷たい銀色のグラスを撫で、やさしい笑顔を浮かべる。シンは黙ってグラスを空にすると、周囲を警戒するように腕を組んでテントの隅に立つ。
そんな私たちの様子を見ていたシャジャさんは、手元の書類をのぞき込み、そして言う。
「悪いが、我がヴァフニール商会の商会長様と面会してもらう。同行願う」
「わかった。が、俺たちは冒険者だ。礼儀に関しては諦めてくれ」
「我々は税を集めていようが住人を守っていようが、本質は商人でしかない。当然了承する」
こうして私たちは、シャジャさんたちに従って隣のテントへ移動した。
……いや、思ったよりも近いところにいたのね、商会長。
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