第153話 交渉しよう、そうしよう

 シンと流れの魔法使いが戦いだしたその時。私とシャジャさんは交渉を始めた。


「まあ、どっちにしろ私は今、嘘をつけないから、好きなことを質問してもらっていいよ。答えられないことには答えたくないって答えるけど」


 デリットさんに「宣誓」をかけてもらった私は、嘘をつくと神罰だとか何かだとかが起きるらしい。神罰って言われているあたり、ろくなことが起きなさそうだ。第一、嘘をつく気はない。


「……なぜそんなことをする?」


 左手に持ったサーベルの刃を地面に向けたまま、シャジャさんは私に問いかける。


 私は、即座に答える。


「流れの魔法使いを殺してほしくはなかったから。信用を得るには、これが一番手っ取り早いでしょ?」

「そんなことで自らの命を懸けられるというのか?」

「まあね。他人の命がかかっているわけだし」


 私がそう答えると、シャジャさんはひどく怪訝な表情を浮かべた。ん? 何か変なこと言ったっけ?


 少しだけ考えたが、心当たりがないためさっさと見切りをつけてこっちからシャジャさんに言う。


「流れの魔法使いは、隷属魔法によって操られています。本人曰く、操っている人は、ギインで緑色の髪の毛に、紫の目で、太っているらしいです。」

「それは……イフリート商会の商会長、オルハン殿では?」

「オルハン殿は知らないけれども、少なくとも彼はそう言っていました」


 知らないことに知らないと言うことは嘘と判定されないらしい。まあ、事実だから当たり前か。でも、憶測を言うのはダメっぽい感じかな?


 返答をしながら、私は玉のように湧いて出てくる汗をぬぐう。ぬるりとした汗が手に触れ、少しだけ気分が悪くなる。早く、この状況をどうにかして火災現場ここから逃げ出したい。


 そんなことを考えている私をよそに、シャジャさんはサーベルを持った左手を少し後ろに引いて、口を開いた。


「流れの魔法使いが操られているという話。本当なのだな?」

「ええ。私は、彼本人からそう聞きました」

「……流れの魔法使いが村々を襲い、放火していたのは、事実だろう?」


 眉間に深いしわを刻んだシャジャさんは、ギリギリと強い力でサーベルの柄を握り締める。そこには、確かな怒りが現れていた。

 うん、言われると思ってた。っていうか、操られているからってあっさり許してもらえるなんて思っていなかったし。


 私は目を閉じて息を深く吸った。


 シンには流れの魔法使いの足止めをお願いした。デリットさんには『宣誓』の魔法をかけてもらった。

 二人にお膳立てをしてもらって初めて、この交渉の舞台をつくってもらったのだ。私一人が失敗したせいで、これを台無しにするわけにはいかない。


 私が望んだことだ。

 頭を使え。相手が求めているものを考えろ。私の一言が左右する。


 目を開き、シャジャさんをまっすぐ見る。そして、私は口を開く。


「はい。彼は私たちの目の前で、建物への放火や戦闘行為を行いました。ですが、彼だけを捕縛または殺害したところで、隷属魔法を使う黒幕の方を捕まえなければ、別の人間が『流れの魔法使い』になるだけです」

「……だとすれば、奴を生かしておく理由はないのでは?」

「今すぐ殺してしまったところで、情報が手に入らなくなるのがオチじゃあないのですか?」

「情報を引き出せたら殺す。それでいいだろ?」


 シャジャさんの言葉に、私は思わず口をつぐんだ。

 事実、そうである。彼がいくら他人に操られていたとはいえ、放火したのは事実であり、生かす意味はない。だがしかし、私は彼を殺してほしくないと思っている。

 だから、ここで押し負けるわけにはいかない。


 私は、ひたすら考える。

 その時、シンの叫び声が聞こえてきた。


「お前……まさか神の落とし子か……⁈ 冗談じゃねえ、陰謀だとかそういうレベルじゃあねえだろ……!」


 悲痛とも驚愕ともとれるその叫び声。

 その声に、シャジャさんは激しく動揺した。


「__神の落とし子……だと⁈」

「えっ、なにそれ」


 思わずこぼれた私の言葉に、シャジャさんは驚きを隠せないという様子で怒鳴る。


「神の血が流れる人の子供のことだ! 本来なら、しかるべき場所で神に仕えるための修練を積んでいるはずだが……⁈」

「そうなの?」

「ああ、そうだ! しかし、炎の神の子か……?」

「私に聞かれてもちょっと……」


 私の言葉に、シャジャさんは「お前には聞いていない」という意味の目線を送り、そして奥歯を噛みしめ考える。


「……先ほどのセリフを聞かなかったことにして殺すか……?」

「いやいやいや⁈ 私、彼を殺してほしくないからさんざん交渉しているのだけれど⁈」


 思わず突っ込んだ私に、怒りをにじませた表情を浮かべたシャジャさんが、ついに本音を叫んだ。


「俺だって神の子を殺すような大罪を犯したくない! だが、あいつは、俺の恩人の娘を殺した! そして俺は誓ったんだ、決して流れの魔法使いを許さないと! このサーベルの錆にしてくれると!」

「……え」


 蒼いサーベルを閃かせ、赤銅色の髪の毛を逆立たせたシャジャさんは、殺意の滲んだその瞳で私を睨む。

 怖い。多分、本気になったシャジャさんは、私を瞬殺できる。自分のステータスが今どうなっているかは文字化けしてみることはできない。でも、確かにわかっていた。私じゃあ、彼には勝てない。


 だが、私はシャジャさんの前に立ちふさがり、まっすぐにその瞳を睨み返した。


「どけ。俺があいつを殺す」

「……させません。神の子だか数の子だか知らないけれども、彼は加害者である以前に被害者だ」

「お前はあいつが何をしたか知らないからそんなことが言えるのだ! あんなおぞましい地獄を作り上げられるものを生かしておいて何になる!」

「そうさせたのは黒幕でしょうが! 彼をどうするか決めるのは、そいつをどうにかしてからだ!」


 論争を始めた私たちの耳に、シンの咆哮が聞こえてきた。


「死ね!」

「殺さないで⁈」

「殺すな! 俺が殺す!」


 にらみ合いを中断した私とシャジャさんは、慌てて戦局を見る。


 すでに勝負は決したらしい。

 バーサクを用いたシンは肥大化した角と赤々と輝く瞳でこちらを見ており、流れの魔法使いは瓦礫に転がり、すでに戦闘継続は不可能となっていた。


「死んだりしてないよね……?」

「腹は立つが、今は同意見だ。というよりか__」


 シャジャさんは私を睨み、怒鳴る。


「貴様の連れが魔族交じりではないか! どうなっている!」


 ご、ごもっとも!

 頬が引きつるのを感じる。せやな、シン、オーガとのハーフって言っていたよね。っていうか、デリットさんにばれてそうだけど、大丈夫なのかな?


「ま、まあ、人には危害を加えてないし、人命救助もしているし、何ならきちんと働いているから今は関係なくない?」

「そうだが! 貴様ら三人とも、怪しいと思っていたんだ! やつが魔混じりだから以外にも何かないだろうな⁈」

「な……いや、あるけどさ! 私だってあるよ⁈ めっちゃ言いたくないけど!」

「吐け! お前らそもそもどういう関係なんだ!」

「え……私とシンはもともと依頼主と護衛で、デリットさんは立ち寄った街で流れで仲間になった?」

「恐ろしくふわっとしてるな⁈」

「いや、そこ突っ込まれても困る!」


 霧散する殺気。怒気はいまだ残っているが、この怒りはどちらかというと私たちへの呆れも含まれている。

 交渉というよりも、論争というよりも、醜い言い争いに近くなったところで、倒壊する建物の崩壊音が聞こえてきた。


 私たちはさっと顔を青くして周囲を確認する。


「まずい……長居しすぎた。逃げないと死ぬぞ!」


 不毛な言い争いを中断して、シャジャさんは叫ぶ。

 なぜか正座していたシンも、そんなシンに説教していたデリットさんも慌てて逃げる準備を始める。


 私は慌てて瓦礫の山に埋もれかけた流れの魔法使いのそばへと駆け寄り、足をつかんで引っ張ろうとして、一ミリも動かないことに気が付く。重いな⁈


「シン、手伝って!」

「わかっている! とっととずらかるぞ!」


 そう叫び、流れの魔法使いを担いだシンに、シャジャさんが額に青筋を浮かべて怒鳴る。


「貴様ら、後で事情聴取だから逃げるなよ!」

「くそ、とっととずらかるぞ!」

「逃がさんからな⁈」


 そうして、私たちは燃え盛る町から脱出した。

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