Another side:マルデリカ2−2


 ルインに出会ってから十日ほどが経った。

 スレインとして依頼を受け、国を移動して今は自由国家アレアスの街、ナサティダスに来ている。


 私は最初、ひどく警戒していた。

 もし理不尽に人を殺そうとしたら、サーリィやミアに乱暴を働こうとしたら、なんとかして止めようと。

 そう思って目をギラつかせていた。


 けれど何日経っても彼はそんな様子を全く見せない。

 劣情の匂いだけは絶えずしているけれど、特にそれによって問題を起こすわけでもなく。

 ただ単に顔が怖くてちょっと無口なだけの男。

 この十日間だけで彼を評価するならそんな感じになる。


 とは言え私が絆された、なんてことはない。

 この男がSSランクの犯罪者として知られるルインフェルト=ラクアスなことに間違いはないのだから。


 それにずっと劣情の匂いをさせているのもおかしい。

 普通に考えれば四六時中やましいことを考えるなんてありえない。

 もしかしたら劣情に関係なくそういった匂いを意図して出せるのかも。

 それで私を混乱させようとしているとか。

 全然ありえそう。

 



■  ◆  ■




 私達が受けた依頼、街での警備は思ったよりも面倒になりそうだった。


「ここから話すのは不確定の情報なんですが……街に出た魔物は元は住人だった、という声がわずかですが上がってるんです」


「なっ!? 人が魔物になるなんてそんなわけ――」


「不確定な情報だって言ってるだろ。落ち着け」


 ルインに肩を掴まれ宥められる。

 落ち着けって言ったって人が魔物になんて……!

 魔物は生物の理から外れた存在で、才能もスキルも持たないつまりは神に見放されたもの。

 そんなものに人が変化するって……。

 本当ならもっともっと上のスレインが担当してもおかしくない。


 依頼の詳細を聞いた後、私達は警備区域を一通り確認して近くに宿をとった。


 その晩の初めての警備。

 私達はそれぞれ別れて担当区画を警備する。

 ルインがちゃんと仕事をしているのかは不安だけれど、効率を考えての結果。

 それに万が一騒ぎがあった場合はすぐにカバーできる距離ではある。

 スレインとして仕事を受けた以上、失敗させるわけにはいかない。


 しばらく担当箇所を周り、夜もだいぶ更けてきた頃。

 位置を知らせるスキル器具がチカチカと点灯した。

 使ったのはルインのようで、示す方向的には宿のあたり。

 何かあったのかと思い、私は覚えたての道を駆けて戻った。

 宿のすぐそばでサーリィとも合流。

 一言二言だけ言葉を交わし、スピードを落とすことなくスキル器具の示す方へ。


 ガシャン!


 角を曲がれば宿に着く、というところで何かの壊れた音がする。

 私達はそこで一度顔を見合わせたが、そのままもう一歩を踏み出した。

 

「何かありました……か?」


「何かあったの……ってこれ……」


 視界に入ってきたのは地面を見つめるルインと、粉々になった何か。

 よく見ればそれは、少し前に宿の子供が彼に対して嬉しそうに話していた神像だった。

 何故宿の受付にあった像がそこで無残な姿になっているのか。

 状況を見れば答えはすぐにわかる。


 彼が、ルインフェルトがやったんだ。

 

 私は冷たい視線を向けると共に、すぐ問い詰めてやろうと思った。

 けれど彼の機先を制す報告によってそれは叶わず。

 私達は現状を整理する間も無く、信じられないような報告や話を聞かされることになった。


 彼の話を簡単にまとめればこうなる。


 協会で言われた通り、人が魔物になった。

 さらにその魔物が人工的に作られた可能性が高い。

 何故それがわかったのかと言えば、神の審判を通さずともステータスが見れるから。


 正直どれ一つとっても信じられないし、信じたくなかった。

 でも教えたはずのないステータスを言い当てられ、サーリィの後押しもあっては信じるしかないじゃない。

 私が疑いを取り下げたことでその場は収まり、次の日に協会へと報告にいくこととなった。


「それで、この神像はどういうつもり?」


 宿に戻ろうとした彼に対して私は問いかける。

 依頼が大変になってきたことと、像を破壊したことに関係は全くない。

 しっかりと話を聞かないと。

 それによって接し方もまた変えていく必要があるし。


「ち、違う。あの店にあった神像は壊してない。ほらここにあるだろ」


 確かに彼の掲げた神像は宿にあったものに見える。


「じゃあこのバラバラになってるやつはなに?」


「それは俺がこれを真似て自分で作ったやつだ」


「……人の大切なものを真似て作って地面に叩きつけるとか、どれだけ性格ひねくれてるのよ。サーリィもそう思うでしょ?」


「わ、私は、その、えーっと……本物を壊さずに自分で作ったもので我慢したルイン様はお優しいと思います!」

 

「それ、フォローになってないと思うけど……」


「えっ?」


 おかしいな、と首を傾げるサーリィ。

 その様子を見て私はなんだか馬鹿らしくなってきたと、溜息を吐く。

 結局彼は何がしたかったのかよくわからないし。

 人の大切な物をただ壊したのなら『最低ね』と罵ることができる。

 けれどわざわざ複製して壊したというのだから、正直理解できない部分の方が大きい。

 悪を拗らせすぎて、悪事の形がおかしくなってるとか?

 

 とりあえずその日は散らばった残骸を片付けてから解散となった。


 次の日、話し合った通りスレイン協会へと報告に向かった。

 対応してくれたのは昨日とは違う職員。

 できれば同じ人の方が話しやすくていいな、と思ったけれど見渡した限りではその姿は見当たらない。


 別室に通され、私は代表して報告を口にする。

 内容は重く、この街の生死を左右するかもしれない。

 なのに担当職員の反応は薄かった。

 そして私の話が終わったら一言。


「報告お疲れ様です。引き続き警備をお願いします」


「えっ?」


 私は思わず反射で聞き返してしまう。

 何か聞き間違えたかな、と思って。

 でも耳に入ってきた言葉通り、担当職員は立ち上がって報告を終わらせようとしている。

 だから私は少し語気を強めて問いかけた。

 ことの重要さがわかっているの?と。

 それに対して担当職員は嘲笑うような顔で答える。


「余りにも突拍子もないお話でしたので。人が魔物に? 人工魔物? まるでお伽話ですね」


「なっ!? 人が魔物になるって噂を教えてくれたのはあなた達でしょ!?」


「依頼書にも、こちらにある資料にも、そんなことは書かれてませんね。何か聞き間違いでもされたのでは?」


「そんなわけッ! 昨日私達を担当した人を出しなさいよ!」


「残念ながら不在ですね。だからこうして私が代わりに担当をしてるんです」


「じゃあここの協会長を呼んで! あなたみたいな下っ端じゃ話にならないわ!」


「協会長も不在です」


 ニヤニヤと歪んだ笑みを見せつけてくる担当職員の女。

 その表情には見覚えがあった。

 私が仲間を奪われ、夢への道を閉ざされた時。

 周りの人間は確か皆こんな顔をしていた。

 境界の勇者に楯突いた馬鹿な奴がいると。

 他種族に平等な街を作るとかいう馬鹿なガキがいると。

 

「他に話も無いようであればお引き取りください。ああ、衛兵の方々に同じようなお話をされるのは自由ですが、あまり可笑しな事を言って混乱させないで下さいね。まあ恐らく信じてはくれないと思いますが。ねえ『赤白き解放者』のマスターさん?」


「このッ!!」


 私は気づけば女に掴みかかっていた。

 胸ぐらを持ち上げ、近くで睨んでも女の笑顔は崩れない。

 そんなに私が可笑しいのか?

 そんなに人の違いを受け入れるってことが可笑しいのかッ!?

 

「落ち着けマル。そのまま殴ったらアウトだぞ」


 後ろから声をかけられて初めて、自分が手を振り上げてることに気づいた。

 しばらくその下ろしどころに迷いつつ、私は胸ぐらから手を離す。

 すると後ろから暖かい何かに抱きしめられた。


「マルちゃん、もう行きましょう。こんな人に何を言っても無駄です」


「………………そうね」


 何をやってるんだ私は。

 散々『問題を起こさないでね』って言ってたのは自分なのに。

 少し馬鹿にされたぐらいでこんなにも頭の中を真っ白にして。

 やり直す、そう決めたから彼の提案だって受けたんだ。

 まだ、私の夢は終わってない。


 二人に促されるようにして私は扉の方へと歩く。

 いや、歩くというよりはサーリィに押してもらってると言った方が正しいかもしれない。

 それぐらい私の足は覚束なく、支えてくれる彼女の手は暖かかった。


 サーリィはあの城の庭で話してからというもの、私に優しくしてくれる。

 恐らく彼女は人族が嫌いなのに。

 けれど一括りにせず、しっかりと私を私として判断して接してくれている。


 だからこそ、そんな暖かさを馬鹿にするような言葉が許せなかった。

 

「人が寄ってこないからって、他種族の奴隷をお友達にするとは考えましたね」


 鎮火した怒りが再び燻りをあげる。

 恐らくこの女は今も振り返れば嗤っているんだろう。

 その笑顔は私だけじゃなく、サーリィにも向けられている。

 私を押し留める彼女の手が、少し強張ったのを感じた。


 けれどそんなことにもお構いなく、女は続ける。


「私はいいと思いますよ。お似合いです。世間に認められない下等せいぶ――」

 

 女の笑みが、言葉が、視線が許せない。

 この優しさを馬鹿にするのが許せない。

 けれど今度の私は勝手に飛び出して殴りかかろうとしなかった。

 一度怒りが鎮火したからなのか、サーリィに抑えられているからか。

 どこか冷静に『殴ったらスレインが』と考える自分がいて。

 ただ奥歯を噛み締め、女の言葉を止めようとしない。

 そんな自分がどうにも――


「――その先を口にしてみろ殺すぞ」


 不意に背筋へと走る悪寒。

 後ろを振り向いてみれば、彼が今までにない形相で女を睨んでいた。

 変装しているとはいえ、それはまさしく悪党の顔で、世に聞く狂人の顔で、SSランク犯罪者の顔。


 けれど斜め後ろから見ているからか、余り恐怖は感じられず、それどころかどこか暖かいとすら感じていた。


 だからかもしれない。


 協会を出て「悪かった」と謝る彼に自分の夢の話をしたのは。

 Sランクスレインになって、全ての種族に平等な街を作りたいと。

 大悪党に言うようなことじゃないのはわかっていたけど、気づけば口が動いていた。

 恐らくこの男はSランクスレインと戦った経験もある。

 そう言う噂はいくつも聞いたことがあるし。

 だから『お前なんかにできるかよ』と一蹴されると思った。


 けれど私の予想は外れる。


「そりゃいいな。街が完成した時には俺とサーリィが住める場所もこっそり用意しておいてくれ」


 彼は意外にも真剣な顔でそう答えた。

 私はそれがなんだか嬉しくて、こそばゆくて、「笑わないのね?」と自分から聞き返してしまう。

 けれど彼はそんな考えはなかったとばかりに目を丸くするので、余計に恥ずかしくなりサーリィの方へと視線を逃した。


「ルイン様はそういう人ですから」


 にっこりと笑って手をとってくれるサーリィ。

 彼女達が前言っていたことが、私も少しだけわかったかもしれない。

 



■  ◆  ■




 私達はルインの発言から魔物化の原因となってるであろう『状態異常』の存在を知り、さらに教会へと行って神父様に神像回収を約束させた。

 そしてその後衛兵の詰所で勇者の乱入がありつつも、情報交換をしてやっと宿へと帰還。

 

 でもゆっくりしている時間もない。

 既に外は暗くなり始めており、警備に行かないとだもの。

 宿の部屋で準備を進める。


 そんな時、サーリィが唐突に声をあげた。


「私、気づいちゃったかもしれません」


「何に?」


「さっき宿の入り口で神像を見て思ったんですけど、やっぱり前にルイン様が壊したのは元々あった像だったんですよ!」


「……それはそんな嬉しそうな口調で話すことなの? 『結局、人の大切なものを壊してました!』って言ってるのよ?」


 もう今更蒸し返してどうこう言うつもりはないけれど。

 少なくともルインを慕っている彼女が笑って言うことではないはず。


「確かに壊したのは壊したんですけど、それがルイン様の優しさだったんですっ」


「壊すのが優しさって何を言って……」


 私の言葉は途中で止まる。

 またサーリィがよくわからない理論を展開してきたと思ったけれど、よく考えればおかしな話じゃないと気づいたからだ。


 神像が状態異常を振りまくスキル器具だと気づいたのはルイン。

 もしそれに最初見た段階で気づいていたら?

 像を叩き壊し、新しいのを作り、戻す。

 そのおかしな行動の理由もわかる。


「もしかして、そういう……こと?」


 私の思考が纏まるのを待っていてくれた目の前の彼女へと尋ねる。

 するとそれに笑って答えてくれた。


「そういうこと、ですよ! じゃないとわざわざ複製を作ったり、それを叩き壊したりっておかしいじゃないですか!」


「まあ、そうよね……余りにも奇行すぎるし。でもそれならそう言ってくれればいいのに」


 それなら私だって文句を言ったり、軽蔑するような視線を向けたりしなかった。


「ルイン様、そういうことは全く言葉にしてくれませんから」


 サーリィが「前にもあったんですよ」と困ったような嬉しいような笑みを浮かべる。

 その笑顔を見ていると、確かにそれは彼女の本心のようで、出会った頃に私が危惧していたような洗脳だったりとかじゃないと理解させてくれる。

 まあそれは少し前からわかってはいたけれど。


 私が知っていたルインフェルト=ラクアスという悪党。

 私が知ったルインという男。

 今ではそこに随分と乖離がある。


 彼のことがわからない。

 ずっと劣情の匂いをさせているのは相変わらずだし。

 まさかずっと変なことを考えているただの変態ってことはない、わよね?


 今度ちょっと確かめてみようかな。

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