Another side:マルデリカ2−1
私は悪党に捕まった。
それもただの悪党なんかじゃなく、人族最悪の狂人と呼ばれるルインフェルトに。
目が覚めた時には居城に連れ込まれており、両手両足を縛られて。
万に一つの救いも無い状況。
正直なところ泣き叫びたい。
涙だろうと尿だろうと撒き散らして『殺さないで!』と縋りたい。
けれど私にそれはできなかった。
まだ僅かに残っていた理性がルインフェルトの噂を思い出させる。
曰く、人を見れば殺し、女を見れば犯し、物を見れば壊す。
曰く、その時の悲鳴や破壊音を楽しんでいると。
だからもしルインフェルトに出会ったら、泣いて媚びてはいけない。
それは彼の嗜虐心をくすぐるだけだから。
私の国ではそう言われていた。
だから私はなんとか取り繕って、気丈に振舞う。
もしかしたら、ただ全てを諦めて投げやりになっていただけかもしれないけど。
「わ、私をどうするつもりよこの変質者! 変態!」
ルインフェルトにそう言ってやった。
私はお前のおもちゃなんかじゃ無いと、示すためにも。
そんな奴の後ろには他種族の奴隷が二人。
恐らくは無理やりに従属させられて、その意思すらもねじ曲げられているようで。
まるでその狂人を慕ってるかのように振舞わさせられていた。
「私は奴隷ですけど、ルイン様にはとてもよくして貰ってますし、その……変態的な行為も受けてはいません! ルイン様は紳士ですからっ」
角の生えた子の言葉。
ルインフェルトが紳士?
そんなわけがないと、小さな子供だってわかる。
人を奴隷にして、その心を弄んで。
こいつもあのクソ変態勇者と同じだ。
私がまだ殺されてないのは、彼女達と同じように枷をつけるつもりだからなのかもしれない。
それでこの悪党を崇拝するように洗脳され、人を殺すように命令される。
あながち間違った推測ではない気がする。
なら今が最後のチャンスかもしれない。
今、舌を噛んで死ねば……。
「そのスレイン『赤白き解放者』に、俺とこの二人を入れてくれ」
そんな私の推測は違っていた。
この狂人は私のスレインに入りたいのだと言う。
スレイヤーとして働くから、代わりに魔族領まで行く通行証とさせて欲しいと。
全くもって意味がわからない!
国を滅ぼす悪党が今更国境なんてものを気にして、通行証のためにスレインに入りたいだなんて。
何かこっそり魔族領に行きたい理由でもあるのかもしれない。
きっと、いや間違いなく悪事のためだろうけど。
結果的に私はその申し出を承諾した。
承諾させられたって方が正しいけれど。
居城の中、手足を縛られて、断れるはずがない。
その上で私のスレインが第三境界の勇者に目を付けられて人で不足だから、その助けになってやると甘い汁まで見せてくる。
確かにこの男なら境界の勇者が嫌がらせをしてこようと、直接手を下してこようと問題ない。
私はそう思った、思ってしまった。
それがこの狂人の策略だとわかっていても、スレインの現状を変えれるなら、と。
ただ私だって素直に悪党に手を貸すわけじゃない。
もし魔族領で虐殺を起こすつもりだと言うのなら、それをなんとしてでも止めてみせる。
それに彼に従わされてる二人。
彼女達もできれば助けてあげたい。
ラークアーゲン城に連れてこられた次の日。
庭で魔法の訓練をしている二人を見かけて私は声をかけた。
ルインフェルトは自室にいるはず。
今なら何か素直な言葉を聞けるかもしれないと。
「ねえ、サーリィとミア、だっけ? ちょっと話を聞いてもいい?」
「ミアは肯定します。なんでも聞いて下さいマルちゃん」
「マルデリカ=シーネス=フォティベルグよ!」
「マルちゃん……いい名前ですねっ!」
「……貴方達もしかしてルインフェルトにそう呼べって言われてるの?」
「ミアは特に呼び方については何も言われてません」
「私もですね」
「……そう」
まあ名前で揉めてる場合でもないし。
ルインフェルトに命令されてるとしても、それを口にできないって場合もあるものね。
とりあえず今は彼女達を話をして情報を得よう。
「二人とも、現状をどう思ってるの?」
「どう思ってる……ってどう言う意味ですか?」
「そのままよ。あのルインフェルトの奴隷として、従者としての今をどう思ってるかって」
「ミアはもちろん幸せです! ルイン様は優しくて凄くて優しいですから!」
「……サーリィは?」
「私も不満はないです。奴隷と言っても酷い扱いはないですし、ルイン様には返しきれない恩もあります」
「なるほど、ね」
隷属の効果か、洗脳されているのか。
二人はルインフェルトに対して、ありもしない優しさや恩を感じている様子。
私にそれを今すぐどうにかできる力はない。
けれど揺さぶりをかければ少しは本心が聞けるかも。
そう思って口を開く。
「あの男は極悪人よ」
「…………」
「それが優しい? 酷い扱いはしない? そんなわけないじゃない。現に私だってこうやって襲われて攫われてるわけだし。貴方達も実はそうだったんじゃないの? もしかしたらこの声は本当の貴方達には届いてないかもしれないけど、思い出してみて。ルインフェルトは人族最悪と呼ばれた悪党。私の嗅覚だってそう言ってる。紳士だとかも言ってたけど、あの匂い具合からして絶対そんなのありえない。もしかしたら乱暴されてるけどその記憶を弄られて――ひっ!?」
ガチンと何かがぶつかる音と共に、私の立っていた目の前の地面がえぐれた。
驚いてバランスを崩した私はそのまま地面に尻餅をつく。
「ミアは前にも言いました。ルイン様を侮辱するのは許さないと」
ガチンガチンと歯を鳴らしてミアが近づいてくる。
さっきの現象は彼女がやったみたいだ。
怒り心頭といった様子で、次に抉れるのは私の体かもしれない。
でも怒っているということはそれだけ感情が振れてる証拠。
今なら私の言葉もちょっとは本心に届くかも。
「私はッ! 私は貴方達を救いたいの!! 私は人族じゃないからって蔑んだりしない! 虐げたりしない! 私だってちょっと人と違うところがあるから……。だから今を変えたいと思うなら!! 私を頼って!! 絶対助けるから!!」
私は人よりちょっと嗅覚が鋭かったり、ちょっと体が丈夫だったり、ちょっと薬が効きにくかったり。
普通の人族とちょっと違うところがある。
彼女達と比べれば本当に些細な違い。
けれど、それだけでこの世界はこんなにも生きづらい……!
だから他種族の彼女達となれば、人族の領域はどれだけ苦しいものか。
ましてや狂人の元。
抑え込まれた心の奥で彼女達はずっと悲鳴をあげているかもしれない。
だからせめて私が、小さくとも希望になる。
解放を掲げた者として、彼女達を助ける。
そう思って私は叫んだ。
けれどそれに対する二人の反応は思っていたものと全く違った。
まずミアとサーリィ二人で顔を見合わせ。
どちらからともなく笑い出し。
私に纏わりついてきた。
「マルちゃん! 優しい人ですねマルちゃんは!」
「さっきのはミアが大人気なかったと反省しますっ。でもルイン様の悪口はだめですよ」
何故かひっついてきて頭を撫でてくる二人。
い、一体どういう反応なの!?
「ちょ、ちょっと私は真面目に言ってるのよ!!」
「わかっていますミアはマルちゃんの真剣さを感じ取りました! その上でルイン様は優しい人だと胸を張ってミアは言います!」
「だからそんなわけないって――」
「マルちゃんももう少しルイン様と一緒にいればわかりますよ。確かに顔は怖くて何を考えているかわからないことが多いですけど、私なんかにも凄く気を使ってくれる人ですよルイン様は!」
「い、一回撫でるの止めて!」
な、なんでこんなことに。
やっぱり私の声は届かなかったってこと……なの?
私にはよくわからなくなった。
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