第32話 悪役と情報交換
宿に戻ってみると、やっぱり衛兵達からの連絡が来ていた。
もう少しすれば警備の時間に入るのでどうしようか迷ったが、またすれ違いになっても面倒なので俺達は急ぎ足で詰所へと向かう。
なんとか到着した頃には既に日が傾き初めており、今日は警備前に仮眠が取れなさそうだ。
「連絡を貰って街中の魔物について話を聞きに来ました」
「ああ、話は聞いていますこちらへどうぞ」
しっかりと俺達がくることは伝えられていたようで、特に悶着もなく中へ。
すると確かにこの前は見なかった衛兵達の姿がそこには。
「あなた方が街の警備を手伝って下さってるスレインの?」
「はい、『赤白き解放者』です」
お外向けモードのマル。
パリッとした表情でスレイン名を答えると同時に、また何か言われるんじゃないかと警戒した様子も見てとれる。
緊張をほぐす意味合いで後ろからおっぱいを揉んであげたい。
「おお、助力感謝しています。本当は私共だけでやるべき仕事なんでしょうが、なにぶん他にもやることが山積みでして」
「いえ、こちらも仕事を貰えて助かっていますから」
どうやらここの衛兵達はうちのスレインに対して特に思うところがない様子。
口に出して言わないだけの可能性も往々にしてあるが、それならそれで一定の気遣いがあるということなのでスレイン協会の時のようにはならなそうだ。
「じゃあ早速街中で出た魔物についてお話を聞いても?」
「ええ、もちろんです」
時間のこともあってか矢継ぎ早に話を進めるマル。
相手がそれを汲み取っているのかはわからないが、特に拒否されることもない。
彼らの話は一ヶ月ほど前に遡ったところから始まった。
夜の警備をしていたところ、怪しく蹲る影を発見。
近づいてみればそれは人ではなく四つ足の魔物で、急いで応援を呼んだらしい。
街中に魔物が出たということで多くの衛兵が駆けつけたが、何故か魔物は蹲ったままで動かない。
そのまま四つ足の魔物は特に被害を出すこともなく、討伐されたという。
しかし、その後街中に同じような魔物が現れ始める。
姿形は違ったりするが、皆同様に動きが鈍い。
ただ何か不気味さが感じられ、万が一があってはいけないのでスレインにも応援要請を出したという。
そしてその要請を受け取ったのが俺達なわけだ。
「確認した魔物の形は皆違ったんですか?」
「そうですね、今まで確認したのは五体程で確か……四つ足、丸型、二頭身ぐらいの小さなもの、大きな羽が生えたもの、虫みたいな目をしたもの、だったと思います」
魔物の特徴説明を受けて、マルがこちらへと視線を投げる。
俺が遭遇した魔物の説明をしろってことだろう。
「俺が見たのは二メートルぐらいの筋肉ダルマだったな。今そっちがあげたどれとも違いそうだ」
ふふ、言葉で言われずとも目と目が合えば言わんとすることがわかる。
これが愛によって為せる力。
心なしかマルのおでこも満足気に輝いている気がする。
そこからもう少しだけお互いに魔物の情報を交換し、話が途切れた辺りでマルが本題を切り出した。
「……人が魔物になったのを見た、そう言えば笑いますか?」
「なっ!?」
衛兵達の誰から漏れた驚声だったかはわからない。
あるいは全員だったかもしれないが、その声と共に微妙な空気が室内に流れる。
そして衛兵達の目線は隅に立っていた一人の若い衛兵へと。
その青年はパクパクと口を動かすが、特に声は発せられない。
数秒の沈黙。
それを破ったのは主だって俺達と対応している初老の男だった。
「実はそこの彼も同じようなことを言ってきたのです」
ぶんぶんと頭を縦に振る若い衛兵。
「先にそちらの話を聞かせてもらっても?」
マルがそんな彼に向かって問いかける。
若い衛兵は自分でその判断ができないようで、他の衛兵へと目線で助けを求めた。
それに対してコクリと肯く初老。
俺とマルの目線でのやりとりを真似たつもりか。
馬鹿め、相手が美少女でなければ何の意味もないわ。
許可を得て若い衛兵が話し始めた内容は、概ね俺が見たものと同じだった。
道端で酔っ払いらしき男がゲロゲロと。
あまりにも吐くもので心配になって声をかけてみればあら不思議、体が煙の如く消失。
残ったゲロが蠢き出して魔物になったと。
彼の説明が終わった後、俺も一応同じような説明をしておく。
それを聞いた結果部屋の中はどよめき状態。
『ま、まさか本当に人が魔物に?』的なことを各々口ずさんでは、頭を抱えている。
「ルイン、状態異常についても話すべきだと思う?」
耳元に口を寄せてマルが小声で問うてきた。
俺もそれに答えるべく彼女の小さな耳を拝借する。
「いや、とりあえず今はやめとこう。前にも言ったが本当に状態異常にかかってるって証明ができないし、これ以上混乱させてこちらが何か疑われても面倒だ。それに見た限りじゃここにいる奴らも状態異常を持ってる。パニックになった衛兵を切り倒すなんてのは嫌だろ?」
できるだけ長文を喋って時間を稼ぎ、マルの小さな耳の中を観察。
元いた世界に比べて圧倒的に衛生面が悪いこの世の中で、こんな綺麗な耳の中があるだろうか。
それぐらい清潔に保たれている。
耳の中に食べ物を突っ込んだとしても、問題なく食べれそうだ。
耳フォンデュ、今度お願いしてみるのもアリかも知れない。
よしつぎは後ろで所在無さ気にしているサーリィにもお話を伝えよう。
仲間外れはよくないからね。
そう思って振り向こうとしたとき、外から騒がしい声が聞こえてきた。
「ゆ、ゆっくり歩け!」
「痛い痛い逃げないって! 俺だって悪かったって思ってんだから! ん? この部屋か?」
「ち、違うその部屋はいま別用で使って――」
俺達が話をしている部屋に赤髪の男が入ってきた。
その後ろには彼を連れてきたと思われる衛兵の姿が。
「使用中だぞ」
初老の男が一言。
「す、すみません! ほら、お前はあっちの部屋だってば!」
連れてきた衛兵が焦りを見せつつ赤髪の男を引っ張る。
しかし明らかに男の方がガタイがよく、びくともしない。
そしてその男はと言えば、マルの方をじっと見つめていた。
なんだこいつ、まさかうちのでこっぱちに気があるんじゃないだろうな。
一目惚れですとか。
あなたはこのむさ苦しい詰所に咲く一輪のおでこですとか。
言い出したら即座に首を落とそう。
その後こいつは魔物でしたって言い張ろう。
「もしかしてあんた、『赤白き解放者』のマスターか!?」
一歩踏み出して赤髪が興奮した声を上げる。
「……そうだけど、誰?」
対するマルは警戒気味。
スレイン協会での一件から、自分のことを知ってる奴は取り敢えず訝しんでいくスタイル。
「すげえ! 本当に生きてたんだなあんた!」
「どういうこと?」
「隣国であの狂人ルインフェルトに喧嘩を売った奴がいるって聞いたんだよ! それが『赤白き解放者』のマスターだって! ただなんかこの街のスレイン協会に行ったらそのスレインマスターが来てるって言うからさ、会ってみたいと思ってたんだよ!」
「…………」
無言でこちらを睨むマル。
俺のせいじゃないだろ。
いや、俺のせいなのか?
「いやぁ、すげえな! どうやって生き残ったんだ!?」
「ただ単に運が良かっただけよ。というか今大事な話をしてるから出てってもらっていい?」
マルの言葉を受けて衛兵が赤髪の男を引っ張る。
今度は一人だけでなく、複数での挑戦。
その甲斐もあってか男はずるずると部屋の外へと引きずられていった。
「また今度話聞かせてくれよなぁ!」
男が扉向こうに消える直前。
鑑定で念のため素性を探っておく。
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アルベート=ウィール 勇者
才能:{筋肉質}(晴れ男)
スキル:{熱筋肉、硬筋肉、多言語理解}
魔法:{下神級熱魔法、下神級火魔法}
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こいつも勇者なのかよ。
勇者は国防のため、とかって話だったはずなのに。
ホイホイいるんですけど。
しかも教会にいた勇者と比べれば明らかに戦闘タイプ。
ステータスからでも伝わってくる男臭さがすごい。
ひとまず勇者が二人もいることを偶然と考えず、警戒はしておいた方が良さそうだな。
そんな乱入もありつつ、俺達は情報の交換を終えて詰所を後にした。
帰り道で赤髪の男が勇者だったことを伝えてやると、サーリィは素直に驚き、マルは嫌そうな顔を披露。
彼女の勇者に対する評価がうかがえる。
その日の晩。
ここ数日と同じく、警備のために俺は一人で街をぶらついていた。
特に異常はなく、ぐるりと担当区域を一周して宿前に帰還。
その時、一つのことに気づいてしまった。
サーリィ達の部屋の窓が空いている。
さっきここに来た時も空いてたっけな。
覚えがない。
もし一周して戻ってくる間に開けられたというのなら、盗難などの可能性もある。
そうでなく彼女達の不注意で開けられたままだとしても、防犯的によろしくない。
しょうがない、ここは俺が閉めといてやろう。
彼女達のためにも。
その時たまたま部屋に置いてある下着が目に入ったとしても、それはしょうがないこと。
多少それを嗅いだりなんだりしたとしても、誰かが侵入した形跡がないか確かめているだけで、他意なんてない。
というわけで周囲に人がいないのを確認して窓までジャンプ。
そのまま中へと侵入する。
今日の昼間にもやってきた部屋。
その時も思ったが綺麗に片付けられている。
もっと脱ぎ散らかった服とかがあってもいいのに。
サーリィがミアの意思をついでしっかりとメイドしてるのだろうか。
部屋は軽く見たところ、特に荒らされてるなどの形跡はない。
念のためベッドに寝転がってみるが、中に人が隠れているということもなかった。
そうして検分を続けること数分。
机の上に置かれた本の間から不自然に飛び出る紙を見つけた。
名刺程の大きさにカットされた小さな紙。
これ見よがしに置かれたそれは裏返してみると、何やら文字と地図が。
しかし残念ながら俺はこの世界の文字が読めない。
最近はミアやサーリィに教えてもらっているのだが、まだこの世界の子供レベルにも達ていないだろう。
かろうじてわかったのは『夜』という文字と『来い』の文字のみ。
地図は街の左下あたりに赤い丸が付けられていた。
この辺りには何があったっけな。
特に何も思い出せないので、印象深い建物などはなかったんだろう。
「……ひ……で……ぃ……?」
「……ん!」
やば。
サーリィ達の声が聞こえる。
何故かは分からないが、宿に向かって歩いてきているようだ。
俺はすぐに小さな紙を本の間に戻す。
焦っていたので、紙を割と奥まで押し込んでしまったが気にしている暇もない。
こんなところを見つかってたまるものか。
彼女達が宿に入ったタイミングで、俺は窓から逃走した。
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