第2話

 連れて来られたのは、体育館の裏。

 バスケ部の扱うバスケットボールが、床やゴールのパネルにぶつかる音が周囲にこだましている。

「フフッ、ここなら、誰にも会話は聞こえませんよね?」

 俺は無言で辺りににらみを利かせる。

し、話せ」

「──そうだ、先輩。最近、アメリカがテロで大変な事になってるそうじゃ無いですか」

「それがこれと関係あんのか?」

 俺は手の中の缶を示して、すごんだ。

「いえ、無いです。いません」

 そう素直に謝るので、俺は語気を和らげる。

「そう言う世間話は良いから、早くこれにいて話せ」

「全く、本当にしょうが無いみたいですね──実は、そう言う色々な物を潰す能力があるんですよ、私には」

「は?」

 俺は呆気に取られ、怪訝な表情をした。

「フフッ、本当に信じられないって言う感じのお顔ですね。まあ、当然でしょうか」

 押し殺した声で問い掛ける。

「おい。俺を馬鹿にしてんのか? 仮にお前の言ってる事が本当だったとして、どうしてお前にそんな事が出来る?」

「そんな事、この私が知る訳無いじゃ無いですか、フフッ」

 彼女はその目を細めて、不敵に笑った。

「こいつ……」

 俺はイラ付いて、この相応そうおうの礼儀をわきまえてい無い小生意気こなまいきな後輩に、何か厳しい言葉を浴びせたくなった。

 だが、深呼吸をしながらそれを抑え、再び問い掛ける。

「じゃあ、質問を変える。もしかして、ずっと前からこう言う事が出来たのか?」

「さあ?」

「おい、とぼけんじゃねえ! 真剣に俺の質問に答えろ」

「とぼけている訳では無くて、真実しんじつ、分かりませんね。何て言うか、気が付いたら、出来るようになっていたとしか」

「本当だろうな?」

「本当です。あと、潰せる物なんですけど、特に区別とかは無いようで、例えば、先輩の頭とかも、その気になれば潰せますよ」

 歯を見せてニヤッと笑う。

 いたずらっぽい笑顔。

「なっ……おい、ふざけんなっ!」

 俺は怒りの声を上げる。

「もう、先輩ったら……冗談に決まってるじゃ無いですか」

「おいてめえ。他人ひとがマジなはなしをしてる時に、そう言うふざけた事を言うな。今度そんなめたくちいたら……殺すぞ」

「むぅ……済みません。でも、一応、能力としてはそう言う感じなんですよ。マジに人の頭蓋骨でも何でも、グシャグシャに潰せます」

「何でお前がそんな事知ってんだ? 人の頭、潰した事あんのか?」

「前に、美術室にあった牛の頭骨とうこつが何者かに滅茶苦茶に壊された事件があったじゃ無いですか。実はあれ、私がやったんです。フフッ」

 汗が流れる。

「おい、学校の備品を壊すな。税金でまかなわれてんだぞ……」

「そうですよね。エヘヘ──。あ、そう言えば先輩の御両親って、市役所にお勤めしている公務員さんなんでしたっけ?」

「俺の親は関係ねえ! ……いか、今後こんご一切いっさい、公共物や他人の物を勝手に壊すな。それから質問に答えろ。何でそんな真似をした?」

「ええ、自分でも済まないとは思っているんですが、実はあれはわざとじゃ無いんです。何て言うか、ちょっとしたはずみで」

はずみ? どう言う事だ? 詳しく話せ」

「そうですね、例えば、自分の部屋に転がってるゲーム機のソフトとか丸めたポスターとか、そう言うの、たまたま踏み潰しちゃう事って良くあるじゃ無いですか。それとおんなじです。掃除の時に持って遊んでたら、つい、力が入って仕舞ったと言うか」

「そんなんで、あんなもんが壊れて……」

 たまるか──。

 と、言い掛けた矢先。

「──でも、そうなので」

 どうしようも無いと言った様子で、彼女は恥ずかしに片手を後ろに回し、ちょっとかなしそうに言う。

「……そうか。じゃ、その件はもう良い。これからは気を付けろ」

「はい、済みません」

 そして彼女は言葉をぐ。

生憎あいにくと、この力で出来るのは『物を押し潰せる』と言う事だけなんですよ。握力あくりょくが強くなった訳じゃ無いんです。鉄棒を強くつかんだりとかは出来ません。もっと、陸上の記録が伸びるような能力なら良かったんですけどね」

「仮に出来ても、そう言う不正行為はすんな。全く、どうしてこうなった……」

 俺は誰に言うとも知らず、そう独り言を漏らす。

 そうして──しばらくしてから、彼女は思い出した様に言った。

「うーん、そうですね──。あ、そうだ。先輩は、思春期ししゅんき症候群しょうこうぐんって言葉、知ってますか?」

「……知らん。何だ、それは?」

「図書室で読んだ精神医学系の本に書いてあった言葉なんですけど、多分、それがこのおかしな能力の出元でもとなんですよ」

 何で能力を持ってる本人が、その能力を使える理由に付いて疑問形で話してるのだろう。

「ああん? じゃあ、何だ、あれか? お前はその思春期ししゅんきなんとかが原因で、その物を潰す能力を得たって言いてーのか?」

 全くと言って良い程、到底信じられ無い話だった。

「それは分かりませんが、少なくとも、私はそう思ってるんです。これを使えるようになったのは、実はごくごく最近の事なので。ほら、ちょうど今、私って思春期じゃ無いですか?」

 それはそうだが、それは俺や他の連中であっても同じはずだ。

「どうしてそう思った?」

「思春期って、ホルモンの分泌が盛んになって、体や精神の色々なバランスが崩れるって言うじゃ無いですか。きっと、それが私の能力の原因なんですよ。例えば、こないだは……」

 彼女は、物を強引に押し潰せる能力の原因が思春期症候群であるらしい事実に付いてあれこれ並べ立て、ベラベラとまくし立て始めた。

 異能力の存在の方が本当ならば、思春期だからそうなったと言うのは、元々能力を持って生まれて来たのなら、それが発現した原因としては十分ありるのかも知れ無いとも思う。

 だが──。

 様々な疑問が湧いて出て、脳内でぐるぐると渦巻うずまき始める。

 俺は暑さと驚きで冷静さを失いつつある自分を落ち着かせようと、自身に言い聞かせた。

 こう言う時には、酸素が足り無くなっている。

 兎に角、深呼吸、深呼吸だ──。

 雨の後で、晴れ空ながらも幾分湿り気を帯びた周辺の空気を吸い、吐く。

 ようやく落ち着いて来たので、い掛けた。

「待て──。お前、それ、マジか?」

 彼女は続けていたまくし立てを止めると、きっぱりと言う。

「いいえ、マジックじゃありません。本物の異能力です」

 俺はこの微妙な聞き間違いにひどくイラ付いたが、ここで怒らせると本当に頭を潰されそうな気がしたので、話を合わせる事にした。

「ふうん、そうか。これがマジックとか、そう言うんで無いってか。なら──俺の目の前で、次はこいつを潰して見せろ」

 俺はその場にしゃがむと、足元に落ちていた小石を拾い上げ、広げたてのひらに乗せて彼女の目の前に差し出す。

「別に良いですよ。けど、私からひとつ、先輩に条件を出して良いですか……?」

「あ?」

 条件だと?

「何だ? 早く言え」

 彼女は両手の五指ごしを腹の前で絡ませ、あやとりの様な動作をしながら言う。

「あの、この私の能力に付いて何ですけど、絶対、他の人には言わ無いでくれませんか? 誰にも知られたく無いので。実は、能力に付いては、私の家族も知りません」

「ああ? じゃあ、何でお前はそんな大事な秘密を、ペラペラと俺にしゃべったった?」

「フフ、だって先輩に聞かれたら、素直に白状するしか無いじゃ無いですか。それに、ちゃんと答えないと、先輩の得意な私刑リンチで校庭10周とか命じられるかも知れ無いですし」

 それはそうかも知れ無い。

 ランニングで校庭10周──確かに、彼女が俺の問い掛けに何も言わ無ければ、そんな罰を科した可能性はある。

 だが、今のこいつの言葉で、俺は新たな疑問を抱いた。

「さっき……こいつをその力で潰して、俺に見付かる様にその辺に放っといたのは、わざとか?」

「あ……違います。それも、私自身のミスと言うか、要するに一種の事故なんですよ。いつも適当にグシャッとやってたんですけど、力がずれ無い様に、潰す物を真っ直ぐに挟んだらどうなるのか、興味が湧いたので、やってみたんです。そこを、先輩に見付かって仕舞って。本来──誰にも教える積もりはありませんでした」

 この言葉に付いては、何と無く信用出来る気がする。

「そうか……。良し、条件に付いては分かった。誰にも言わ無いと約束してやる。──御託ごたくは良いから、早くやってみせろ」

「フン。じゃあ、ちゃんと見ててくださいよ」

 彼女は俺のてのひらの上にある石ころに手を伸ばし、それを親指と人差し指で挟んで、静かに力を込めた。


 ビキッ……。

 石に亀裂の入る鋭い音が、耳を突く。

 ──瞬間。

 バッ!

 と言う音がしたので、俺は思わず目を閉じた。

 瞬きをして見ると、自分の掌の上で、一握いちあくの砂粒の小山に化けた小石が微風に吹かれて、サラサラと流れるように粉塵をくゆらせている。

「うおっ……!」

 俺は腕を振り、慌てて粉塵になったそれを払った。

 石粉せきふんが宙に舞い上がる。

 こう言う石を砕いた粉は、肺に入ると病気の原因になると聞いた気がする。

 幸い、彼女の方は風上に立っていて、そちらに降り掛かる心配は無い。

 俺は石粉を吸い込ま無いように注意しながら、掌を叩き、体操着のズボンで細かな塵をぬぐった。

「くそっ! マジか……!」

 全く、何て野郎だ──!

「ん? マジ……? あれ……先輩、さっきの言葉って、もしかして」

 何だ、今頃か。

「ああ? もう、それの話は良い。とりあえず、お前の力に付いては大体分かった」

 足元には、まだ実験に使えそうな小石が幾つか転がっている。

 その中から適当なやつを拾って、もう一度、こいつに石を潰させてみようかとも思った。

 が、止めた。

 遠くに、運動場へ戻って行く連中の姿が見える。

 長く話し過ぎた。

「約束通り、今日の事、お前のその力に付いては、誰にも言わ無いでいてやる。そろそろ昼休みも終わる。すぐ練習に戻れ」

「分かりました。この事は、二人だけの秘密ですよ。約束、覚えていて下さいね」

「ああ、分かってる。いから、さっさと行け」

 彼女が運動場に走るその姿を見送った。

 俺はタオルで吹き出した汗を拭う。

 そして、暑さで狂い始めた頭脳を必死に回転させて考える。

 俺はその場で1分ほど立ち尽くし──彼女の事、自分の事、そして今後に起こりそうな色々な事を考えた。

 これから一体、何が始まろうとしているのだろうか──?

 そんな事を考えながら、自分も部活に戻る為、俺はおもむろに足を踏み出す。

 いや、その何かはもう、すでに始まっているのかも知れ無かった──。

(了)

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いいえ、マジックじゃありません。本物の異能力です。 南雲 千歳(なぐも ちとせ) @Chitose_Nagumo

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