元勇者の魔王様がエルフメイドを雇うことにしたようです

ほがら

序章 魔王様、会議をする

「魔王様は魔王様なわけですから、魔王様らしく魔王様をしていただかないとなりません」


 退屈を通り越してもはや殺人的ですらある魔王領幹部会議の席で、なんとなく目を閉じて夢と現実との境界線をゆらゆらと行ったり来たりしていた魔王クルツは、唐突に聞こえてきたそんな言葉にそのまま永眠しようか本気で悩んだ。


 とはいえ、そういうわけにもいくまい。容赦なく突き刺さってくる幹部たちの視線に耐えかねた彼は、意固地になって重力に従おうとするまぶたを無理矢理押し上げる。


 目に入ってくるのは、机と椅子だけが置かれた簡素な会議室に集まるむさくるしい男たちの姿だ。なんという光景だろう、これでは女性ファンなど望むべくもない。イケメンでもいるなら少しは見れたものなのだろうが、残念なことに枯れかけたおっさんばかりというありさまである。まあ、魔王領の幹部なのだから当然だ。若い連中に海千山千の曲者たちと政治的闘争ができるほどの経験も気概もない。必然、実力と経験において秀でたおっさんたちが幹部の席に座るというわけだ。


 イケメンには無能しかいないから全員死刑。


 これが魔王領の唯一にして絶対の法である。いや、もちろん冗談だが。本当にそうしてやろうかと思ったことは一度や二度ではない。顔が良くて若い連中が、やれファッションだのパーティだのに興じている様子を見ていると、俺の苦労の一億分の一でも味わってみやがれ、という気分になってくる。


「問題は山積しているんです」


 とは、宰相のディウスだ。クルツ自身と大して年齢も変わらないだろうに、あちらのほうが男として成熟している感があるのはなぜなのか。身長は俺のほうが高いのに、とよくわからない不平を胸中で発すると、ディウスは視線を鋭くしてみせた。おかしい、声に出してはいないはずだが。


「宰相はもしかして、読心魔法でも習得したのか?」


「そんな高度な魔法を用いずとも、あなたの顔を見ればたいていのことはわかります」


「……そうかい」


 険しい表情のディウスに気圧されて、クルツは両手を上げてみせた。降参のつもりだったのだが、ディウスはそうは受け取らなかったようだ。むしろ、面倒くさがっていると思われたらしい。


「もう少し真面目に考えていただかなければ困るんですよ。そのように投げやりな態度を取られては、この会議の意味がなくなります」


「会議ってのは基本的に無意味なもんだろう。この会議でなにか決まったことが、この二十年間で一つでもあったか?」


「先月は、魔王城内の男子便所をすべて座るタイプの便器に改装し、より近代的なデザインにすることを決定しました」


「それ、意味ある?」


「魔王城内の便所で排便をすることに抵抗のある若い世代が、これで気兼ねなく排便をすることができるようになります。これにより、彼らの健康に大きく寄与するでしょう」


「そんなことで不健康になる奴は部下にいらんだろ……」


 大真面目に答えてきたディウスに、クルツは呆れたように答える。


「そうでしょうが、最近の若い世代は面倒なんです。ことあるごとに労働者の権利とやらを主張してくる。職場環境への不満も凄まじい。対処できるものから少しずつ取り組んでやらねば、彼らはすぐに仕事を辞めて引きこもってしまいます」


「引きこもらせとけよ、そんな連中」


 面倒くせェな、とつぶやいたクルツに、ディウスはぴしゃりと告げる。


「それがいけません。若い世代に対して面倒くさいだなどと。パワハラだなんだとまた騒ぎになってしまうかもしれません」


「いや、おまえだって面倒って言ってただろ」


「私はいいんです。宰相ですし」


「なんでだよ。だったら俺だっていいだろ」


「あなたは魔王です。魔王らしく威厳を持って振る舞っていただきたい」


 よくわからない理屈を持ち出してくるディウスに付き合うのも疲れてきて、クルツは本題を手繰り寄せることにした。これ以上問答をしていると頭がどうにかなりそうだ。


「で、問題ってのは?」


「は。ではこちらの書類をご覧ください。というかすべてこの会議の冒頭に口頭で説明したはずですが、聞いてなかったということでよろしいですかな?」


「……ノーコメントだ」


 言いながら、ちらと書類に目を通す。なるほど、問題は山積している。


 西の大国アイドラが、英雄グレイブを戦士長として再び力を着けてきているようだ。おそらく魔王軍の戦力に対抗するためだろう。このままでは戦乱の火種になりかねない。


 北の魔導士共生会の動きも不穏だ。もともと不穏じゃないことのほうが珍しい連中だから驚きもないが、そのたびにパワーバランスを調整する魔王領の立場としては、厄介なことこの上ない。


 南の商都市連合からは、商取引格差の是正を求める嘆願書が届いている。放置していては外交軋轢に発展する可能性があるため、早急に対応をせねばならない。とはいえ、連合の希望をそのまま受け入れていてはこちらが破綻するので、落としどころを探る必要があるだろう。


 それ以外にも、書類には東方の紛争に関する情報や各地方の勢力状況から、魔王領内の大小さまざまな懸案に至るまでびっしりと書き込まれている。その大半が、会議の場で解決できるようなものではない。


「だから会議は無駄だと言ってるんだ」


「情報の共有は重要かと」


「そのためだけに36時間も拘束されてんのか、俺は」


 ぐったりとうなだれて、書類の最後の一枚に視線を落とす。


 そこに書かれていた内容に、クルツは半眼になってディウスを睨み据える。


「なんだこりゃ」


「なんだ、と申されますと?」


「ここに書いてる、魔王領最大懸案とやらに決まってんだろ」


「ああ。そこに記している通りですが、なにか」


「なにか、じゃなくない?」


 そこに書かれていたのは、こんな内容だった。


『魔王領最大懸案。


 魔王クルツ様に嫡子がいないことから、後継者が不在。


 魔王様の年齢は現在49歳。


 子をなすためにも、そろそろお相手を見繕うべき時期が来ている。


 というかなんだったらその辺の娼婦でもいい。もうお相手はなんでもいいからお子を早く。女児でも男児でもかまいません。とにかくお子がいればなんとかなります。いつまでも童貞では、部下の連中や他国の権力者たちに対しても示しがつかないというものです。いやすみません娼婦はまずい。病気をもらって早逝でもされたら、それこそ本末転倒。やはり生娘ですか、生娘がいいのですか魔王様。それならこちらで見繕って準備してまいります。どうかお味見のほどを』


 途中からはもはや会議用の書類に書いていい内容ではない。


 こちらを馬鹿にして楽しんでいるのではないかと疑う文章だ。誰が書いたんだこれ。いや、聞かなくてもわかっている。どうせディウスが書いたのだろう。彼は有能ではあるが、こと言葉を文章に起こした時になにをトチ狂うのか、わけのわからないテンションになる癖がある。


 まあ、それはいい。


 それはいいんだが、童貞ってなんだ、童貞って言うな。


「まさしく、最大懸案と言えましょう」


「俺が童貞であることがか? ふざけんな」


「お子がいらっしゃらないことが、です。童貞であることを気にしていたのですか?」


 魔王様ならば、いくらでも好みの女を侍らせることができるでしょうに。現に私は、魔王領宰相の立場を使ってそうしておりますが。と続けてきたディウスに、クルツは頭痛の種がまたひとつ増えたことを確信した。


「おまえ、奥さんいるだろ!」


「家内の存在と女を侍らせることは別の問題では?」


「奥さんに言いつけてやる……」


「それは困ります。家庭への干渉は越権行為です、魔王様。なにより、現在問題としているのは私の女好きではなく、魔王様の後継者不在についてです」


 女好きなのは認めるのか、と20年来の部下の新事実に内心ショックを受けながら、クルツは腕を組んだ。


 後継者問題についてはよく理解しているのだ。実際、政略結婚によって魔王領との友好関係を結ぼうとした国や都市は数知れない。そのすべてを、クルツは断り続けてきた。


 貞操を守りたいとか、そういうことではない。問題の根はもっと深いのだ。


 魔王として認識されているクルツの影響力は、誰それの娘と子を為しただとか、戯れに付き合ったというだけでも世界の命運を左右しかねないほどに大きい。もしどこかの国の有力者の娘を娶ってしまえば、その国は魔王の庇護下にあるとして他国からは敵視されるだろう。敵視されることを考慮してなお、魔王の庇護下に入ることによるメリットがあると考えるバカは多いのだ。そんなボケどもの策謀に飲み込まれたくはないし、飲み込まれてはいけないと、クルツは思っていた。


 そんなことを思い続けた結果、女性との関係を構築することができなくなってしまったというのは事実ではあるが。初恋の相手を忘れられないからではない。断じてない。


「おまえ、見繕うってどういうことだよ。しかも生娘って」


「私が独自のルートを通して、各地から魔王妃候補となる生娘を集めてまいりました。さっそくですが、今夜から順番に寝室へ通してまいります」


「もう集めた後かよ!」


 しかも、いきなり寝室に通すというのは冗談にもなっていない。その中に、暗殺者がいたらどうするつもりだ。そんなクルツの文句に対して、ディウスはさらりと答える。


「魔王様ならば、ご自分でなんとでもなるでしょう」


「そうかもしれんが、そうじゃないだろ!」


 もちろん、警備の問題云々もある。たしかに警備が必要ないほどにクルツは強大な力を有しているが、だからと言って無責任すぎだ。


 そして、なによりもそれ以上に。


「俺は今でこそこんな感じだけど、一応『元勇者』だぞ! そんな『本当の魔王』みたいなことできるか!」


 30年前に、『魔王スラーン』を討伐した英雄にして『勇者』クルツ。


 現在はなんの因果か、新たな『魔王』となって世界の中心に位置する魔王領を統治する彼は、幹部たちが揃う会議の最中にそう絶叫した。

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元勇者の魔王様がエルフメイドを雇うことにしたようです ほがら @takuan_02

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