青鷺の火

安良巻祐介

 

 夜の川辺に、彼は立っていた。

 白い着物を着て、虚ろな眼を空へと向けて、ぼんやりと草の間に立ち尽くしていた。

 この世に何も未練がないような、いやむしろ、そもそもこの世への感情というものを抱いてすらいないような、そんな恐ろしい様子である。

 ひょろりと長い彼の痩せ姿が、着物のせいで腐れ蝋燭の火のようにも見える。しらしらと細長く揺らぐばかりで、何を燃やすでもない、陰気の火である。

 生温い夜風に吹かれるまま、彼はゆらゆらと揺れながら川辺に立ち続けた。

 やがて、雲の端から月が少し顔を出し、青い光が川面へと差し掛かる。

 と、不意に彼はばさばさと翼を鳴らして飛び去った。


 彼の立っていた場所に、彼の姿の残像がまだ、幽霊のように立ち尽くしている。

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青鷺の火 安良巻祐介 @aramaki88

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