世界にひとつだけの私の洋傘

青瓢箪

世界にひとつだけの私の洋傘

 人間の皮を使った創作物というのは一体いつの時代から存在するのだろうか。


 ハーバード大学のホートン図書館には人皮装丁本にんぴそうていほんが三冊あるらしい。

 話によると、17世紀にはこの製本技術はすでに確立されていたとか。

 騎馬民族スキタイ人は人の皮で作った上衣を身につけ、鞍の装飾品などにも人皮を使用していたという。そうなると人皮などというものは古くは日用品の素材同然だったのか。



 近代ではナチスドイツで強制収容所のユダヤ人の皮を使ったランプシェードの存在がささやかれている。

 かのエド ゲインはといえば、ランプシェードを始めエプロンからベルト、レッグウォーマー、窓の日よけまで作っていたのだというのだから彼こそ人皮アートの第一人者ではなかろうか。




 私は人の皮というものに異常な執着心を持っていた。

 光沢のある繊細なブラック、ザラザラと荒れてはいるが強靭なホワイト、極上の手触りのイエローシルク、そしてそれらを混合したミックスの肌。

 全てが私を恍惚とさせる対象だ。

 その執着心が人皮アートへの創作意欲へと昇華するのは必然だった。


 私は死体安置所に勤務している。

 今まで身寄りのないホームレス、またはマフィアやギャングなどの抗争で傷ついた死体から皮膚を度々失敬してきた。(マフィアは時として報復相手の皮を剥ぐので、そういう死体は私にとって仕事がしやすいといえる)


 現在私が作製しているのは洋傘だ。

 これまで白色人種、黒色人種、ミックスの肌7種類を手に入れ三角に裁断し、ミシンで互い違いに色の差が出るよう縫い合わせた。

 残りの一つの肌は黄色人種にしようと決めていた。しかし、黄色人種の肌というものはこの地区ではなかなか手に入りにくいものである。

 その機会を待ち、鬱々と過ごしていた私の前に不意の出会いが訪れた。


 その黄色い肌はタトゥーが彫られた愛らしいものだった。

 旅行で日本に渡航した際、京都の寺で鳥獣戯画と呼ばれるものを観賞したことがある。兎や蛙を擬人化して相撲をとっている様子などを描いた絵であるが、その肌はそれを思い出させた。

 兎が杵をつき(餅つきというらしい)臼の中から小判(昔のお金らしい)というものが飛び出している図だ。皮の持ち主の男がバーで皆に見せびらかしながらそう説明していた。

 ユーモラスで味があり、兎がとてもキュートだった。洋傘の素敵なワンポイントとして映えるだろう。

 完成した洋傘の姿を思い浮かべると私は居ても立っても居られなくなり、直ぐに実行に移した。




 手術台の上には一人の男が横たわっている。

 私は自身が女であり、なおかつ美しい部類に入ることに感謝した。

 女は見ず知らずの男に声をかけられた場合、警戒する。しかし男は女に声をかけられたならば海の向こうまでもついていく生き物だ。

『解剖台の上でセックスしたことはあるか』という問いに食いついてきた男のあまりの容易さに実は拍子抜けしたのであるが、作品の素材がスムーズに入手出来たならばそれにこしたことはない。


 男には馬の鎮静剤ケタミンを注射した。デートレイプに多用される薬物だ。私は手を伸ばし腹部のタトゥーに触れ、ゆっくりと撫でた。


 シリアルキラーに女は少ないという。ならば、これから私はその稀な存在へとなりうるのだろうか。


 墓場の死体を使い尽くしたエド ゲインが生者に手を伸ばしたのは、避けようのないことだったのだろう。

 クリエイターというものは湧き起こる激しい創作意欲から逃れられない。

 至高の素材が眼前に現れたならばなおのこと。

 私は切開用ナイフを取り上げ、期待にワクワクして刃をなめらかな黄色人種の素肌に当てた。




 こんにちは。

 世界に一つだけの私の洋傘。




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