小さな体の大きな決意

 火事だ。


 その叫び声を聞いて俺とミツハ、それに村長さんも家の外に飛び出した。

 すると何人かの村人が集まって森の方を見ていた。


「何事か!?」


 村長がそれらしい威厳をもって村人達に問う。カッコいい。


「それがどうやら森の方で火がついているようで……狩りに行こうとしたハンソが慌てて戻ってきたんです」


「何故こんな時期に森で火事が……? おぬしの旦那は無事じゃったのか?」


「はい、ハンソはちょっと煙を吸ったくらいで問題はなさそうでした。今も……ほら」


 ーー火事だぞー!


 そんな声が村の反対側で聞こえた。

 今は風が凪いでいるのでそう簡単には燃え広がらないだろうが、火が迫った時の為に注意を促しているのだろう。


 村人達が向けている方向に目をやると……なるほど森から少し煙が出ているように見える。

 村の端はすぐに森だし、火が広がるとこの村も危ないかもしれないな。


 ミツハの方を見ると心配そうな顔をしている。

 俺に何か出来る事があるか……<探偵(迷)>のスキルがこういった時に役立つとも思えないが。


「ん?」


 視線の端に何かを捕らえた。

 あ、また子供たちだ。


 家の影に隠れてこっちを見ている。

 村長達の話し合いを聞こうとしているのか?


 ……いや、あれは俺を見ているな。


 さっき森から出てきた所を俺に見られたからか?俺から見えたって事はあっちからも見えるのは道理だし、村長や村の大人に告げ口されないか見守っているのか。


 あれ、森?


 なんだか頭の中がザワザワする。

 なんとなく"分かる"ぞ。これはスキルを使っているな。

 今まで何かあると<探偵(迷)>スキルか?と思っていたけど実際に発動するとこういう感じになるんだな。

 まぁザワザワしているだけでむしろ迷惑なんだが。


 よし、とりあえず気にしないようにして考えを戻そう。


 子供たちが森から隠れて出てきた。

 そしてさっきの村長との会話で……よし、これは村長に直接聞いてみるしかないな。


「村長! ……あの中に火の魔法が使える子はいますか?」


 俺は家の影に隠れている子供たちをズバッと指さして尋ねてみた。

 子供たちは「バレたか!」みたいな顔をしているけど……結構見えてるからね?


「お前達!そんなところで何をしているのだ? ちょっとこっちに来なさい」


 村長にそう言われた子供達はしぶしぶと家の影から出てきた。

 一人の男の子は顔を手で隠しているが、そんな事をしている時点でやましいことがあると言っているようなものだ。

 あれ、あの手にあるのは……火傷か?


「旅の方、魔法を使える子ですが……おりますな。リコル、ちょっと来なさい」


 村長に言われてこちらに近づいて来たのは顔を隠している子の隣にいた子だ。

 金髪の坊主頭でちょっと生意気そうなガキ大将、といった感じかな。

 よし、ちょっと聞いてみるか。


「あの……リコルくん?」


「なんだよ、おっさん」


 おぉ……いきなりのストレートな物言いにちょっとグサっと来た。


「き、君たちを朝方見かけたんだけど。森で何をしていたのかな?」


 おう、俺のその言葉を聞いてあからさまに目をそらしたぞ。


「……別に」


「これ、リコル!お前はいつもいつもそうやって……」


「あぁ村長さん、待ってください。あの顔を手で隠している子も呼んでもらいたいんですが……」


「え、えぇ……あれは……チュリクですな。おいチュリクもちょっとこっちに来なさい」


 チュリクと呼ばれた子は観念したのか顔を隠していた手を下ろして俯いた顔でこちらに向かってきた。

 さっきのリコルとは違って坊ちゃん刈り風の髪型をした栗毛の大人しそうな子だ。


「……はい、なんでしょうか?」


「チュリクくん、ちょっと手を見せてもらえるかな?」


 俺がそういうとチュリクは明らかに動揺した顔をした。

 それでも隠すような事はしないで手を俺の方に差し出してくれる。


 ……うん、これはやはり火傷だな。しかも新しい。


「この火傷はどこで?」


「え、え、えと……」


 言葉に詰まるチュリクにリコルが助け舟を出す。


「おい、あれだろ?今日の朝飯を作ってる時にやったんだろ?」


「あ……そ、そうです」


 そこへ、集まっていた村人の中から一人の女性が出てきて声をかけた。


「あら、チュリク?あなたこっそり帰ってきたと思ったらお手伝いもせずにお部屋に閉じこもっていたたじゃない。私が母さんを手伝ったんだからね?」


「ね……姉さん……」


「チュリクくん、正直に言ってもらえないかな? これは"森"で負ってしまった火傷だよね?」


「……っ! …………はい」


 チュリクは誤魔化しきれないと思ったのか観念した。

 ふとみるとリコルがそんなチュリクの事を睨みつけていた。


「村長さん、俺の考えはこうです。今日、子供たちは森に遊びに行った。そして何故か火の魔法を使ってしまいチュリクくんは火傷を負った。そしてその時に森の木に火がついてしまった……違うかな、リコルくん」


「違ぇよ!」


 え、違うの。


「俺たちは遊んでたんじゃねぇ。狩りをしてたんだよ!おっさんに出来て俺に出来ないわけ……ねぇだろ」


 リコルはそう言いながらチラッと一緒に隠れていた女の子の方を見た。

 村の人も手を焼いていた狼を俺が怪我を負いはしたけど倒した、と思っているのか?


 それで村の女の子に自分だって出来るんだという所を見せようとした。

 まぁそんなところか。


「いや、俺にも出来ないぞ」


 俺は事実を簡潔に述べることにした。


「そもそもあれをやったのはここにいるお姉さんだ」「ミツハで〜す」


「俺にはあんな大層な事は出来ないよ。出来ることなんて大してない情けない男だ」


 って昨日までは思ってた。


「でもな、出来る事があるなら全部やっておきたいって思っている。この村の為に今知らなくちゃいけないんだ。俺より凄い魔法が使えるリコルくんなら……分かるだろう?」


「…………チュリクが悪いんだ。木に止まってるオオキジを火の魔法で打ったら危ない、なんて言って手を出してきやがって。そのせいでチュリクの手にかすった魔法が……木に……木に……うあぁぁぁ! ごべんだざいぃぃ」


 そういって泣き出したリコルの涙が俺の足元に飛んで落ちた。


「そうか。よく教えてくれたな。格好良かったぞ、リコルくん」


「え……格好……いい?」


「あぁ、自分のやってしまった事を正直に言って謝れるなんてなかなか出来る事じゃないからな」


 俺はリコルの頭をそっと撫でてやる。

 坊主頭はチクチクしててちょっとこそばゆかった。


「ねぇねぇ、ゴロちゃん。風……あの森からこっちに吹いてきたんだけど。これってまずくない?」


 気付けば風が吹き始めていた。

 さっきのリコルの涙が俺の足元まで飛んできたのはそのせいだったか。


「まずい……この村の方まで延焼しかねないな」


 俺が呟いたその言葉に劇的に反応したのはリコルだった。


「!!……お願いだ、おっさん!……助けてくれ、ください」


 そう頭を下げるリコルは先程までの強気な態度をやや改める事にしたようだ。


「リコルくん……|おにいさん(・・・・・)だ。それはそうと木に火を付けたのはどの辺りだったんだ?」


「あ、あぁ。ミスラの池あたりだよ」


「ミスラの池が分からんっ!指さして教えてくれ!」


「ゴロちゃん……もしかして行くの?」


 ミツハが心配そうな顔で聞いてくる。


「あぁ。出来ることがあるなら全部やっておきたいってリコルくんにも言ったしな。俺なんかが行ったところで何が出来るかなんて分からないが」


「ふふ、ゴロちゃんらしいなぁもう。じゃあ私も行く!」


「え、何を言っているんだ? 危ないだろう! ミツハは村にいてくれ」


「だーめ。危ない事するんだったら余計一緒に行かないと。だって"助手なんだから"」


 俺はそう言われて昨晩の会話を思い出していた。

 ミツハとは対等ーーそうだった。


「あぁ、確かに俺がいくよりミツハの方が出来る事が多そうだ! 一緒に行くか!」


「うんっ!」


「待ってくだされ旅の人ら。この村の為に尽くしてくれると? ……なぜそこまで?」


「なんでって……そりゃリコルくんからの|依頼(・・)ですから。俺は依頼を断わらない、まぁそれだけです」


 それを聞いた村長が頭を深く下げてくる。

 まだ何か出来ると決まったわけじゃないんだけどな。


「ミツハ!」


 俺はそう行ってミツハと走り出す。


「待ってくれ!そっちからじゃ遠回りだ!あっちに道があるから…………くそっ!やっぱり俺も行く!」


 リコルが後ろから走ってついてこようとしている。


「リコルくん、危ないから村で待っていろ!」


「嫌だ! 俺も出来る事をしたいって思ったんだ。頼むよ……せめて|にいさん(・・・・)達の道案内くらいさせてくれ!!」


「確かに時間を掛けるほうが危険か……仕方ない。|リコル(・・・)!道案内を頼むぞ!」


「あぁ!」


 もうリコルに"くん"は似合わない。

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こちら異世界探偵事務所 〜<推理(迷)>スキルはチートに決まっているだろ〜 梓川あづさ @azusagawa

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