掌編

天王寺詣里

蹴散らせハレルヤ!箱入り娘

 箱崎箱恵は奈良時代から八十四代続く重箱職人の家系に生まれた。箱界において箱崎の名を知らぬ者はない。五重塔のモチーフになったのは箱崎家の重箱だといわれている。男子に恵まれず、箱恵は家督を継ぐ次期八十五代目として育てられた。箱恵には箱崎家の末裔として相応しい、繊細でクリエイティブな才能が宿っていた。一歳になる頃、母が積木遊びに熱中している箱恵の様子を窺ってみると、箱恵は己の指力(ゆびぢから)で積木をえぐり抜いて見事な重箱を創り上げていた。そのようにして箱恵は育った。

 ある日、中二になった箱恵は父から、あらゆる箱の中で最も優れた箱を決める箱‐1グランプリの存在を聞かされた。そして父は箱恵に言った。「出ん?」と。箱恵は力強く頷いた。

 箱恵が重箱チームの名を背負い出場したグランプリは熾烈な展開となった。会場の隅で毒物を混ぜた弁当を売り参加者を殺戮していた弁当箱チームの無期参加資格剥奪、不注意で階段から滑り落ちたロッカーの等速直線運動に巻き込まれ三百五十人が重軽傷、何者かの指力(ゆびぢから)で握り潰されたと見られる跳び箱と賽銭箱とペンケースの不戦敗など、予選開始前から混戦を極めた。

 相手チームがなぜか次々と棄権したため、箱恵はシードで決勝へ駒を進めた。箱恵は重箱を抱えてリングへ登った。

 出揃った決勝のカードは重箱、電子レンジ、募金箱、衣装箪笥だった。

「おい、今日は正月でも運動会でもないぜ。一人場違いな奴がいるな」と家電量販店の制服を着た男が言った。

「家電バカもたまには正しいことを言うんですね」と全開になったチャックから赤い羽根がのぞいている男がメガネを押し上げた。

「弱い犬ほどよく吠える。下らん小競り合いは止せ」とタンスにゴンゴンがチャックからのぞいている男が諌めた。

箱恵は物怖じすることなく彼らを見据えた。そして開戦のゴングが鳴った。


 優勝者に贈られる錠前付きの千両箱は素手でこじ開けられたという。

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