Dust To Dust

 焼却場で働く仕分け屋のおっさんは無口で、事情を聞き出すのに苦労した。

 仕分け屋はもともといい加減で、再利用できるものでも気分で燃やす。きっちり仕分けをしたところで得をするのは上の連中だけで、俺達の世界に還元されることはないからだ。律儀にゴミを選り分けては「これ捨てられてましたけど大丈夫ですか」とお伺いを立てる仕事。馬鹿馬鹿しいというか、やるせないというか。もとよりゴミとして捨てられたものしか降って来ないのだ。仕分けなんてまどろっこしい。心のどこかでみんなそう思っている。もちろん俺もそう思う。


 「もし。そこのお方々。これ、落とされましたよ」と俺達の世界が言う。腰をかがめて拾い上げた空き缶を差し出してやる。

 「いや捨てたんですよ」と上の世界は苦笑い。「落とし物だと思ったんですか」「これは驚いた!」「あなたはその空き缶に何らかの価値を見出しているんですか」「だからこそ、それを落とし物だと思って、あなたは拾い上げたんですよね?」「そして、先行く我々を呼び止めた」「ゴミを捨てた我々と、落とし物を拾ったあなた」「なぜですか?」「教えてもらえますか」「そのゴミに何か価値があるとでも?」

 だったら最初から全部燃やしてやればいい。ダストシュートが煙突に早変わりだ。上の奴らが一人残らずスモークチーズに成り果てた頃合いを見計らって、俺は煤まみれのダストシュートにナイフを突き立てるだろう。そして一直線によじ登るのだ。


 今日も焼却場には運ばれてきたゴミが山積みにされていた。塗装の剥げたドラム缶は錆びついて何かで濡れていて、そこに布切れが蛾のようにへばりついて、破れた金網には焦げた何かがついていて、死体は何人分か数えるだけでも一苦労で、細長く裁断された紙屑やカンナ屑が袋詰めにされていたり、裂けたズタ袋が強烈な異臭を放っていたり。ゴミだという唯一の共通点でまとめられた、大小無数のガラクタの山。俺達の世界を模したジオラマ。

 焼却場はその広大な敷地全体の七割を分別作業場が占める。残り三割が焼却炉。まず運び屋がやって来て、ゴミをどっさり置いて帰る。分別をしたあとで、焼却炉に回す。この作業場が屋外にある理由は三つ。運搬用の車の往来が絶えないから。締め切っていると匂いが籠もって死人が出るから。三つ目は親父から聞いたけど忘れた。

 チャイムが鳴り、おっさん達は仕事に取りかかった。ただの平日、それも木曜日にしては他殺体が多すぎる、とその場の誰もが思ったが口にする者はない。呼吸も会話も最小限が鉄則。仕分け屋が無口なのは職業病かもしれない。

 作業中、ゴミを掘り起こすたびに出てくる頭。死体はすべて首が落とされており、なおかつ切断面が火で炙られていた。長髪、茶髪、坊主頭、エトセトラ、エトセトラ。午前と午後で、合わせて八個。その八個の頭、十六枚の耳すべてに、トラガスのように五寸釘が刺さっていたという。


 釘の派閥争いが激化しつつある、と煙から聞かされたのが四日前の日曜日。

 一人のルーキーが釘に入った。こいつがそもそもの内部崩壊のはじまりらしい。出自もIDも、すべてが謎に包まれているこいつが、グループとしての縦社会に身を置きながら、横の繋がりを手繰り寄せていき、あっという間に組織内で一目置かれる存在として名を馳せるようになった、と。あくまで伝え聞きだが、よほど求心力のある奴のようだ。本当にそんなことできるのか? 別に羨ましくもないけれど、少なくとも俺の周りにはそんな器用な立ち回りができそうな奴は一人もいない。

 とかくこの暗く汚い世界にあっては、理想のリーダーが現れてくれたらと考える心理のほうが自然なのだろうか。何かを変えてくれる、導いてくれる、そんな取ってつけたようなにわか救世主が。

 猿山のボスは当然、それを快く思わなかった。目の届かないところでのさばる新入りの存在を知り、力で束ね直そうとした瞬間、衝突が起き、決定的に分裂し、急激に潮目が変わった。二大派閥は上と下。拮抗しているようでいて、ルーキーチームのほうが人数でやや勝っているようだ。釘の頭はどうあっても叩かれる運命にあるのか。一方の先端はどんどん深く刺さっていく。鋭さを増していくかのように。


 屍臭漂うゴミ山の中からもぞもぞと生きた人間が這い出してきて辺りは騒然となった。今から九時間前、午後三時頃のことだ。

 全身が血と泥に塗れ、金具や木屑が張り付いて顔も分からない有様だったという。その異形は呆然と立って閉ざされた天を仰ぎ、やがて歩いてすたすたと立ち去ろうとした。痛みを感じている様子はまるでなく、挙動は無駄なくきびきびとしていて、動くたびに血が跳ね、泥が飛び、ゴミを振り撒いた。現場の作業員達の中には腰を抜かした者もいた。

 「待て!」一人の作業員が、勇気を振り絞って呼び止めた。「お前は誰だッ!」

 振り向きざまに異形は名乗った。

「傷です」

 

 ***


 遅かったわねぇ、と母さんが言う。「今日は何をしてきたの?」

「今日は俺んとこには来なかったな」としゃっくり混じりに親父が言い、コップを突き出す。母さんが酒を注ぐ。

「友達を探してたんだ」


 傷が秘密基地に顔を見せなくなって今日でちょうど一ヶ月。宝探しと友達探しは似ていると思う。

 上の世界を見てみたい、といつか傷は言った。たとえそれがまやかしでも、と。

 お前、今、どこにいるんだよ。

 何で俺達、こんなことになってんだよ?


 煙は釘の動向を調べている。煙草を吸う量が目に見えて減っていて心配だ。

 一昨日、煙が教えてくれた新着情報は三つ。

 釘のヘッドは組織の存続と自身のヘッド続投を宣言し、同時にルーキー率いる新興勢力を反乱分子とみなし「釘」から切り離した。

 「釘」から離脱したメンバーは同日付けでルーキーを新たなヘッドに据える形で正式にグループとしての発足を宣言し、グループ名として「傷」を名乗った。

 三つ目は近日中に、浄水プラント付近の時計台広場にて両組織の代表者八名ずつで和平交渉の場を設ける予定であるらしいこと。


 死体を焼却炉に放り込むとき、燃やし係が必ず唱える意味不明な念仏。

「Ashes to ashes, dust to dust.(灰は灰へ、塵は塵へ)」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掌編 天王寺詣里 @ellzza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る