今日はなんの日? すてきな自由記念日!

ちびまるフォイ

これからはじまる素敵な自由生活

仕事中、妻から1通のコメントが送られてきた。



>今日は早く帰ってきてね。



「な……なんかあったっけ……?」


「部長、どうしたんですか?」


「いやね、妻から連絡がきたんだけど、何かの記念日だったかと思って……」


「聞けばいいじゃないですか」


「バカ。それだと『どうして覚えてないの!』と怒られるだろ」


「まぁ、仕事はこっちでやっておきますから、部長は早めに帰ってください。

 奥さんに怒られて明日から部長が会社にこもるようになったら

 我々が一番帰りづらくなりますし」


「そうか。それじゃ今日は頼むよ」


妻には軽く『もちろんだよ』と"わかっている風"の返信をし、

帰り際にはちょっとした花などもこしらえて帰宅した。


その間もずっと今日がなんの記念日かを考えあぐねていたが、結局わからなかった。


「お帰りなさーーい!」


「ただいま。おお、今日は豪勢じゃないか」


「今日は特別な日だもの。腕によりをかけて作ったわ」


「そ、そうか……。はい、花束」


「わぁ、ありがとう。とっても素敵なお花!」

「気に入ってもらえてよかった」


妻に気づかれないようにカレンダーを確認する。

カレンダーの今日の日付部分には『初デート記念日』とあった。




翌日、会社にて仕事を進めていると、また妻から連絡があった。



>今日は早く帰れるよね?



「またか……」


「部長、昨日はどうでしたか? 奥さん喜んでましたか?」


「ああ、昨日は喜んでもらえたよ。でも、どうやら今日も記念日みたいなんだ」


「結婚記念日とか?」

「いや……どうだろう……。昨日の段階で、明日の予定も見ておけばよかった……」


「その内容だけじゃ記念日かどうかはわからないですし、

 単に奥さんが早く帰ってほしいっていう意思表示なのでは?」


「それだったらいいけどな。これでもし記念日だったときに丸腰で帰宅するのは怖すぎるよ……」


その日も部下にお願いして仕事を早めに切り上げ、

連続で花だと芸がないのでちょっと奮発してネックレスを買っていった。


「おかえりなさい。早く帰ったのね」


「と、当然じゃないか。だって今日はあれだろ? あのぉ――」


すかさず横目でカレンダーを見て確認する。


「い、家を買った記念日! 二人の生活が今日から始まったんだ。

 今日という日を祝わずして、いつ祝うっていうんだ!」


記念のネックレスを渡すと妻はたいそう喜んだ。

妻が寝静まってから、カレンダーを確認すると毎日記念日がびっしり書き込まれていた。


「マジかよ……」


忘れないようにカレンダーを写真で撮っておいた。




翌日、仕事場でそそくさと帰り支度を進めていたときだった。


「部長、今日もお疲れさまでした。愛妻家ですね」


「というか今日も記念日なんだよ。まいったよ」


退社する寸前で自分の机の電話が鳴った。


「はい、○△商事です」


『おいこら! いつまで待たせてるんだ!! 話があるからこっちこい!!』


電話口から聞こえる熱量に冷汗が流れた。


「……部長?」


「お客様がたいそうお怒りだ……これは相当ヤバい……」


「僕が行きましょうか」

「それだと責任者を出せ、と怒り倍増だ。ちょっと行ってくる!!」


客のもとに急いで向かうと、必死に頭を下げて謝り続けた。

途中から若者や現代への批判へと説教がシフトしたのもあり、終わるころには夜遅くになっていた。


スマホを見てみると、着信履歴がずらりと並び、妻からの未読コメントが積まれていた。


「あーー……やっちゃったなぁ……」


この時間に店が開いているはずもなく、手ぶらで家に帰ると、妻は激昂していた。


「今日が何の日かわかってる?」


「君のはじめての手料理記念日、だったね……遅れて本当にごめん」


「前まではちゃんと帰ってきてくれてたじゃない!

 私の手料理記念日はスルーしてもいいって思ってるの!?

 あんなに連絡したのに、返信ひとつよこしやしないし!!」


「ちがうんだ。お客様に謝りに行っていて……謝罪しているのにスマホなんていじれないだろ」


「そんなのどうでもいいじゃない!! 言い訳はやめてよ!!」


「そんなのって……」


妻が自分の設定した記念日を軽んじられて怒ったのと同様に、

こっちの仕事も軽く見られたことでカチンときた。


「待てよ。じゃあなにか。俺は仕事をほっぽって、部下をいいようにこき使って、

 自分だけのうのうと充実した生活を過ごせていれば、お前は満足なのか」


「私はあなたが記念日を無視したことが許せないのよ!!」


「こっちだって相手があって仕事してるんだ!!

 休日だからって、電車が止まったりするか!? しないだろ!!

 みんな、みんなどこかで自分のプライベートを切り崩してるから、こうして生活できてるんだ!!」


常々不満に感じていたのもあり、溜めかねていた不満が火山のように噴火した。


「だいたい何が記念日だ! 毎日毎日お祝いしやがって!!

 たまに祝うから記念日なんだよ!! そんなに豪遊したいのか!?」


「もういい!! それじゃ、あなたと祝う記念日はもういらない!!」


妻はカレンダーに書かれていた記念日を全部消した。


「あーーあーー、そのほうがいいね!! そのほうが毎日に意味を見出せるだろうさ!!」


その日は口論になって気まずいままソファで寝た。




翌日、会社では首を変な方向に傾けて仕事する羽目になった。


「部長……目がすごいことになってますよ。昨日、何かあったんですか?」


「記念日のことで妻ともめたんだよ。で、寝違えて首がイテテテ……」


「早く謝ったほうがいいですよ?

 どちらが悪いにせよ、早いうちに解消しておかないと謝るタイミングどんどんなくなりますし」


「そうはいってもなぁ……。あっ」


「どうかしたんですか?」


会社の机に置かれている卓上カレンダーを見て思い出した。


「今日、妻の誕生日だ……」


「マジの記念日じゃないですか!!」


「しかしなぁ……このタイミングで誕生日は実に気まずい……」


「逆ですよ部長。誕生日きっかけでお祝いついでに謝ればいいんです。

 "毎日は難しいけど誕生日はお祝いしようね"とかなんとか。

 歩み寄る感じで謝ればきっと許してもらえますよ」


「そ、そうか?」

「です!」


部下の後押しもあって、近くのちょっと高級なケーキを買って家に帰った。


「ただいま」

「おかえりなさい」


正直、無視されるか"怒ってるわよ"アピールされると踏んでいたので、

いつも通りだった妻の対応には拍子抜けしてしまった。


「昨日はちょっと言い過ぎた。毎日は難しいけど、今日みたいな大事な日は早く帰るよ」


「ううん、もういいのよ。気にしないで」


テーブルには豪勢な食事が用意してあった。


「今日は特に腕によりをかけて作ったわ。お腹減っているでしょ? さ、食べて」


「ありがとう。でも今日の主役は君じゃないか」


「いいえ、あなたが主役よ。今日は自由解放記念日だもの!」


大量に記念日を設定しすぎて自分の誕生日を忘れてしまったのか。

買ってきたケーキは後でのサプライズということにしよう。


「君も食べなよ。お腹減ってるだろ?」


「ううん。いいのよ、私は後片付けがあるから」


妻はにこりと笑って答えた。





結局、買ってきたケーキを渡すことは二度となかった。

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