ナモなき部屋
レオン・エネロ
第1話 白い部屋とおじさん
目を開けると、そこは知らない部屋だった。
真っ白い壁に真っ白い天井。そこに扉がぽつんと一つ。
そしてふと思う
僕は誰だ?
名前もどこに住んでいたのかも思い出せない。
まあ、いいや。
不思議と部屋から出る気はしない。ここは居心地がいい。室温はもちろん、全てが、空間そのものが、僕に適している。
すると、不意にドアノブが回り、扉からおじいさんが現れた。
「ああ、****** こんなところにいたのかい」
おじいさんは僕のことを知っているみたいだ。だけど僕はおじいさんを知らない。おじいさんが言った僕の名前であろうものも聞き取れなかった。
「(おじいさんは誰?)」
不思議だ。なぜか声が出ない。
「******や、ここで何をしているのかい?わしと一緒にここから出ないか?」
僕は無言で首を振った。ここは居心地がいい。それになぜかまだここから出ちゃいけない気がする。
すると、おじいさんは残念そうにため息をはいた。
「そうかい、まだここから出たくはないのかい。まあいい。わしも少しだけここにいるとするかのぉ」
そういうとおじいさんは黙ってその場に腰を下ろした。
不思議だ。
僕はこのおじいさんを知っている気がする。こことは違うどこか遠い場所で会ったことがあるような気がする。 だが、
思い出せない。
僕の記憶は穴だらけだ、言葉や日常の常識は思い出せるのに僕に関する記憶だけが思い出せない。
だがなぜだろう不安はない。
というか、まるで
感情がない
かのようだ。恐怖も、喜びも。
感じない
一体ここはどこで僕は誰なのだろうか。このおじいさんなら
知っている
なんとなくだがそんな気がするのだ。
「なあ、****** や、わしはのぉ。長く生き過ぎたんじゃ」
「(どういうことだい?)」
そうだ、僕は声が出せなかった。おじいさんは僕を無視しして話を続ける。
「まず最初に失ったのは婆さんじゃった。後悔したわい。もっと婆さんにやさしくすればよかったと思った。それから次々に周りから人が消えていった。友人、娘。わしより若い者たちも消えていった。残ったのはお主だけじゃったの。そして、わしの唯一の友人であるお主もこんなところにこもってしもうた」
僕はこのおじいさんの友達だったらしい。だが、まったく記憶にないから何とも言えない。
「わしの人生の間違えはあの薬を作ったことじゃった。お主を救うために作ったんじゃったが、それがわしの人生を狂わせた」
僕はこのおじいさんに救われたらしい。だが、薬ってなんだ。それにそれが間違いだったってどういうことだろう。
「だが、これだけは忘れないでほしい。お主を救えてわしはよかったと思っている。そして、もしこのことでわしを恨んでおるのなら、わしはお主のためになんでもしよう。それくらいしかわしがお主にできることはないからの」
僕は首を横に振る。何のことだかわからないがこのおじいさんのことを恨んではいない。そんな気がする。
「ありがとうのぉ。お主は優しい。すまんのぉ、わしのせいで」
そう言っておじいさんは泣き崩れた。
僕にはこのおじいさんが何で泣いているのかが分からない。だが、おじいさんは泣きながら僕にあやまってくる。
「生き続けるということは、幸せであると同時にとてもきついことじゃ」
泣き止んだおじいさんが不意に口を開く。そしてしばらくして言葉を続ける。
「生き続けられる。つまり死ぬということが訪れない人間は永遠の時間の見返りにとてつもない孤独と悲しみがもたらされる。だが、死を望むのはいけないことらしい。一度死を拒絶した人間には二度とそれが訪れる事がない。死は人をさらい、悲しみを置いていく。そんな死を恐れず、生きていられる時間を必死に生きる。それが人が生きる上でとても大切なことだと思う。」
おじいさんはそう悲しそうに言うと、ニコッと笑って話を続ける。
「お主は不完全だ。それ故にいつかは必ず死ぬことができる。だが、決して死を望まないでくれ。わしが言えることじゃないかもしれんが、それがわしと今は亡きお主の母が望むことじゃ」
「じゃあの」
最後にそう一言言っておじいさんは扉から出ていった。
結局、分かったのは僕がすぐには死ねないことと、僕の母親はもう死んだこと。そしておじいさんが僕の友達だったということだ。だが、このおじいさんと話せてよかった気がする。何も感じなかったが、こんな何もない部屋の中で少しは生きてみようと、思えたような
そんな気がする。
ナモなき部屋 レオン・エネロ @shirogane2134
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