さよなら新世界
吟屋
プロローグ
かつて人は神を殺したという。
人々はその屍肉を分けあって口にし、その日から彼らには神の権能の欠片が宿った。
人々は神のいない自由な時代を過ごしたが、しかしその身に宿った力のために幾たびもの争いを繰り返してしまった。
やはり、神は必要だった。
そう唱えたものは一人ではなかった。
彼ら、要神論者が現れ始めた二千年前、その頃から掲げられてきた人類の悲願である神の復活は、未だ遂げられていない。
『じゃあお前のそのだっせぇ力、使わなくても良くしてやるから』
守りたくもない約束を、また守ってしまった。
彼はいつものように不敵に笑って、帰り道もわからなくなるような真っ赤な世界に飛び込んで行ってしまった。弱くて意気地なしの僕は、せめてそれを見つめていようと思ったのに、それすらもできなかった。
僕は逃げたのだ。何もできずに逃げたのだ。
その末で、僕の手にはなにも残らなかった。小さな学校も、唯一の友達も焼けてなくなってしまった。
いらない力だけが残った。役に立たない、僕を苦しめ友達を殺した、きっと無いほうがましだった、そんな神さまの欠片が。
背中。汗。シーツ。ベッド。
てのひら。痛み。血。疲弊。
なるほど、悪夢を見ていた。そうぼやけた頭は判断したが、僕はそれをすぐに否定した。否定しなくてはならなかった。悪夢? そんな言葉で済まされる事柄ではない。僕の身体の半分以上を押しつけて殺そうとしている正真正銘の事実。夢ならば良かった、誰も望みやしなかった過去の出来事だ。
僕――鏡深アキラを毎晩のように襲うその記憶の奔流は、3年前のそれこそ悪夢のような出来事に由来する。
僕らが通っていた小さな学校を襲ったのは要神論者の集団だった。
迫害されている『能力持ち』の僕らは、不要となった地下水路に寄り集まって生活していた。本来であれば中学校に通うような年齢である僕らがぼんやりと地べたに座り込んでいるのを見かねた大人たちが、どこからか教科書を拾ってきてろうそくの明かりに集って音読をする。学校と言うにはみっともないなりの場所だったけれど、僕らにとっては大切な場所だった。
しかしどこから嗅ぎつけたのか、要神論者たちは武装して地下水路にやってきて油を撒いて火を点けた。火に怯える10人に満たない子供たちを優先して逃がして焼け死んだ大人が3人。銃を向ける奴等に立ち向かい、あっけなく殺されたのが大人が4人と、子供が1人。僕の幼馴染だった。
残された僕らはただひたすらに逃げた。頭の中は幼馴染のことでいっぱいいっぱいだったのに、涙はあふれて止まらなかったのに、足はちゃんと動いた。情けなかった。
僕たちと似たような境遇の集団に合流してやっと落ち着いたけれど、みんなの心には空白ができてしまった。
そして3年がたった今、その空白はやはりぽっかりと口を開けたままだ。
すこしだけ成長した僕らは、復讐のために動き始めた。
その空白を埋めることはできないことなど、誰もがわかっている。
それでも僕らは、そうするしかなかったのだ。
こんな決意の話、アヤカにはきかせたくないな。
さよなら新世界 吟屋 @utayaginshi
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