ジャイアントデプラのせい


 ~ 九月二十四日(月祝) Night-time~


   ジャイアントデプラの花言葉 堅い友情



「行くぜー、お前ら!」

『いぇーーーーい!!!』



 二台のロボが膝を突いてしゃがみ。

 手にした照明で七色に照らすステージ。


 そこに、同級生とは思えないほどの腕前で。

 派手な曲を演奏するスリーピースバンド。


「プロみたいなのです」

「あたしはロボに興味津々なの。ステージを直すだけでも大変だったと思うのに」

「ほんとですね。あんな細工までして」


 激しい曲は苦手な俺ですが。

 それ以上に苦手な穂咲も。

 耳も塞がず、呆けたように。

 会場を盛り上げるロボを見上げます。


 ステージからの爆音を取り巻くアリーナ。

 そんな、文化祭を象徴するかのような場所からちょっと離れた辺りに。

 クラスのほとんどのメンバーが集まって。


 ……ふっふっふと。

 不穏な企み顔を浮かべているのです。


「で? 具体的にはどういう事になっているのです?」

「香澄が作戦司令官なんだってよ。俺たちは指示待ちだ」

「こういうの、六本木君は参加しないものと思っていました。実は俺の方に手を貸してもらおうと思っていたのに残念なのです」

「何のはなしだ?」


 椎名さんと佐々木君をくっ付けるぞ作戦。

 俺は下手なことをしたくないので、中止を訴えるためにここに来たのですが。


「この作戦を成功させて、俺は香澄に許してもらうんだ」

「なんだか死亡フラグみたいなのです」

「逆だ。こんなイビリが一週間も続いてみろ。ほんとに死んじまう」


 まるで別人のような目をした六本木君が。

 不退転の覚悟を両手にぎゅっと握りしめます。


「親友の命がかかった作戦ならば、俺も命をかけましょう」

「道久っ! ……おまえってやつは……!」

「でも六本木君はただの悪友なので、作戦反対派の俺は帰るのです」

「…………フ・ザ・ケ・ル・ナ・ヨ?」

「…………がんばります」


 びっくりしました。

 視線って、恨みのある人の心臓を一瞬止めることが出来るのですね。


 こんな幸せな文化祭に。

 命を賭した六本木君も。

 包帯まみれな俺も。

 とっても場違いな気がするのですけれど。


 否応なく巻き込まれることになるオープニング曲が。

 携帯から奏でられたのです。


「ええと…………、うわ、作戦がびっちり書いてあるのです」

「では、椎名ちゃんたちくっ付け作戦を開始するの! 目標は、二人を一緒にフォークダンスさせることなの!」


 おおと盛り上がるお調子者たち。

 それぞれが指示された持ち場へ向かいます。


 でもその中に、肩を落とした立花君の姿を見つけたので。

 俺は思わずひそひそ声で話しかけました。


「立花君。椎名さんの事好きって言っていませんでしたっけ?」

「……ああ、そうさ。だが俺は、椎名の幸せのために全力を尽くす!」

「え? 本当にそれでいいのですか?」

「大丈夫、すぐに他の恋を見つけるから! ありがとうな、道久!」


 立花君の、強引に作った笑顔から。

 今にも涙が零れそうなのですが。


 ……そんな彼のすぐ後ろで。

 のんびり者の、小野さんが見つめていたのです。


「げ。……今の、聞いていました?」

「うん~。ごめんね~。……でも~、立花、えらい~。頑張って、新しい恋を見つけてね~」


 そう言いながら、立花君の頭をくしゃっと撫でた小野さんは。

 小走りで俺たちから離れて行きました。


 ……そうですね。

 新しい恋、早く見つけて欲しいものです。

 俺も応援するのです。


 立花君の男気を見て。

 作戦に否定的だった俺の胸にも火がつきました。


「……じゃあ、頑張りましょうね、立花君!」

「……いいかも」

「え? なんです?」

「小野、いいかも」


 ………………なんていい加減な。


 立花君への応援は考え直すことにしました。



 ~🌹~🌹~🌹~



『ザザッ……チームアルファ、応答せよ』

「こちらチームアルファ。ターゲットはアニメ研究会の打ち上げに参加している模様。これよりミッションを開始します」


 黄昏時の校舎は、至る所から打ち上げの楽しそうな騒ぎが聞こえてきますが。

 そんな中で、これほど不穏な空気を纏った一個分隊を見かけた人たちは。

 事情を察して、頑張りなと、お節介どもめと、声をかけてくれるのです。


「……ねえ道久君。香澄ちゃんの声、なんだかビニールを口に当ててしゃべってるみたいなの」


 みたい、じゃなくて。

 実際そうやっているのでしょうね。


「ドラマで警察の無線とかもこんな音になるけど、なんでこんな音になるの?」

「警察では、無線の時にビニールに口を当ててしゃべるのが普通なのです」


 面倒なので、ウソをついて黙らせます。

 だって、作戦は既に始まっているのです。

 そうですよね、やべっち君。


「じゃあ、俺が二人を教室から連れ出す。フォークダンスに誘う口上は向井に任せたぜ」

「ははっ! いいよ、任されたわよ!」


 二人同時にサムアップして視線を交わすと。

 やべっち君は、壁に背を付けながら慎重に打ち上げ会場へ向かうのですが。


 ……そんな必要無いでしょうに。


 チームアルファの隊長、やべっち君がアニメ研究会の打ち上げ会場へ入っていきましたが。

 上手く連れ出すことが出来るのでしょうか。


「まさか、ミイラ取りがミイラになっているってことは無いでしょうね?」

「……矢部君、アニメ好きだったはずなの」

「なんて采配ミス。すぐに他の人を派遣した方が良いのでは?」


 俺の提案に頷いたチームアルファの皆さんが。

 一斉にじゃんけんのポーズをとったその時。


 打ち上げ会場から佐々木君が顔を出したのです。


「あれ? みんな何やってるんだ、こんなとこで?」


 これは困りました。

 でも、上手い言い訳を探してオロオロする俺を隠すように前に出た向井さんが。


「ははっ! 矢部君を連れてみんなでフォークダンスに行くことになってたんだけどさ! でも、盛りあがってるところ悪いかなって相談してたのよ」

「ああ。あいつ、スーパーロボ派がリアルロボ派に負けそうになっていたからムキになって力説しているんだ」

「リアル? え? 何の話なの?」

「僕に任せておけよ。……矢部! 向井たちが待ってるぞ!」


 佐々木君と入れ替わりで廊下に出てきたやべっち君。

 頭を掻いて苦笑いなどするので。

 みんなから蹴飛ばされているのですが。


「ミイラがミイラ取りになったの」

「まったくです。……司令、チームアルファ、失敗です」

『撤退なさい!』



 ~🌹~🌹~🌹~



「チームブラボー、配置につきました」

『ザザッ……よし! では、洗脳作戦開始!』


 次は柿崎君のチームブラボーによる作戦。

 フォークダンスへスムースに行けるよう。

 屋外ステージへと行きたくなるよう洗脳するらしいのですが。


「母ちゃんみたいなことするのです」

「何のことなの? おばさん?」

「……いや、そう言えば君もやってましたね」


 結局今年は、綿あめ屋台はありませんでしたけど。

 君のせいで綿あめを食べたくて食べたくて仕方ありません。


 俺たちが隠れて見守る中。

 小野さんと、そして強引に配置を変えてしまった立花君が並んで校庭を見つめているのですけれど。


 ……立花君。

 そこには本来、谷君が立っているはずだったのですが。


 気持ちは分かりますけれど。

 いいかげん男は嫌われるのですよ?


「あれ? 小野ちゃん! まだ残ってたの?」

「あれ~? し~なだ~。なんか~、面白い出し物あった~?」

「いくつかあったけど、もう店じまいしてると思うわよ?」

「そっか~。もう一か所くらい回りたいね~、立花~」

「そ、そうですね! でも、どこがいいのかなー。僕にはわからないよー」


 うわ、大根役者なのです。

 佐々木君が怪訝な表情になってしまいましたよ?


 でも、後戻りはできません。

 そこに柿崎君が登場なのです。


「よう! 谷じゃねえか! こんなところで何やって…………、谷じゃねえ!」


 あちゃあ、最悪なのです。


 渡さんのシナリオは実に見事と感心したのですが。

 勝手気ままで適当な役者たちには猫に小判なのです。


「たたた、立花! ステージに行かねえか? 俺、こう見えてロカビリーミュージックとか超好きなんだ!」

「そそ、そりゃ意外だな! じゃあ、佐々木も行かないか?」


 強引にシナリオ通りに進めていますけど。

 本来なら断り辛くて、「そこまで言うならちょっとだけ」となる自然な流れが。

 超不自然なお芝居のせいで、ばっさりと断られてしまいました。


「アニソン歌うバンドが出た時に行ったから、もう十分。それにお前ら、なんか企んでそうな感じするし」

「た、企んでなんかねえよ? じゃあ、椎名は?」

「あたしもパス! 流行りの歌とかよくわからんし。あ、佐々木ちゃん! カラオケやってる教室あったわよね?」

「そうか、アニソン歌いたいな! いいね、まだやってるかな?」

「その前に教室寄っていい? 水風船のテストやった時に使って、傘置きっぱなしなのよ」


 こうして、チームブラボーも失敗したのですが。


 それもこれも。

 全部立花君のせいという気がします。



 ……君の新しい恋の応援。

 やっぱやめました。



 ~🌹~🌹~🌹~



「チームチャーリー、爆撃準備完了」

『ザザッ……何としてでもここで決めなさい! びしょびしょに濡れさえすれば、校庭で始まった焚火に当たりに来るはず!』


 ステージのすぐそばで、音楽を聴きながら。

 ゴミ焚きを囲んでのフォークダンス。


 そんな企画が行われることになっており。

 既に先生が巨大な焚火を始めたようですが。


 こちらは予定通りに事が進まないうえ。

 さすがに荒が目立ち始めてきました。


「…………お? 丁度いい感じに踊り場で立ち止まったのです」

『秋山。弾着観測よろしく!』


 いえ。

 弾は一発らしいので弾着観測という表現はどうでしょう。


 しかも、階段の隙間から水風船の狙いを付ける三井さんには。

 ちゃんと二人の姿が見えていると思いますし。


『よし! 投下!』

「えい!」


 三井さんの可愛らしい掛け声と共に放たれた水風船。

 踊り場からは、ばしゃあという水音が聞こえましたが。


 直後に、笑い声が響き渡ります。


「あはははは! 誰のいたずらか知らないけど、偶然助かった!」

「ほんとだな。まさかちょうど傘を開いた瞬間に食らうとは。それにしても……、なにかおかしくないか?」

「まあ、文化祭の間なんてこんなもんよ! それよりほら、早く屋上行こうよ!」


 怪訝な顔を浮かべた佐々木君の腕を引いて。

 椎名さんが階段を登って行くのですが。


 ……すべての作戦が、失敗したようなのです。


『チームデルタ! 突撃!』


 あれ?

 まだありましたっけ?


「ようよう兄ちゃん! いかすスケ連れてんじゃねえか!」

「……なに言ってるんだよ原村」

「あーーーん! だからこんな役嫌だって言ったのにー!」


 原村さん、泣きながら走って行っちゃいましたけど。

 何をやっているのやら。


「……もう諦めましょうかね」


 俺は、携帯の電源を切りながら。

 隣で呑気に成り行きを見守っていた穂咲に話しかけると。


「フォークダンス始まったの。屋上から眺めたいの」


 最初の意気込みはどこへやら。

 こいつは既に飽きてしまっていたようで。


 呆れはしますけど、でも、それを上回る素敵な提案に乗って。

 椎名さんたちの邪魔をしないよう、静かに屋上へ向かいました。



 ~🌹~🌹~🌹~



 校庭を臨むフェンスに、いくつもの黒い影。


 黒という色を。

 こんなに幸せな色と感じることなど初めてなのです。



 椎名さんと佐々木君も、この幸せの色に染まっているのでしょうけれど。

 一体どこにいるのやら。


 夕影は既に立ち消えて。

 空には薄雲の隙間からちらりちらりと星が瞬く。


 そんな優しい夜が。

 それぞれのカップルに一つずつ訪れていました。


「……穂咲は、あの二人をくっ付けようとしていましたよね?」

「そうなると良いなって思ってるの」


 俺たちの後から、クラスの連中もこそこそと屋上に集まっているようですが。

 もう、そっとしておいていいのではないでしょうかね。

 二人はこのままでも十分楽しそうですし。


 ……そもそも。

 お付き合いするってどういう事なのでしょう。


 お付き合い。

 結婚。

 家庭を持つための準備。


 ……まるで分かりません。

 とっても大人の世界なのです。


「俺、周りのみんなが大人になることに不安を感じるのです」

「それはあたしだって同じなの」


 椎名さんは、就職を見据えて文化祭に臨みましたし。

 谷君は就職が決まっている工務店の手伝いを連日行っていました。


 柿崎君のCGはちょっとだけどうかと思うものの。

 両方の工務店から、即戦力だと入社を迫られていました。


 ……渡さんと六本木君はお付き合いをしていて。

 椎名さんと佐々木君も、きっと近い将来そうなって。


 ここには、なん組ものカップルが真っ赤な炎を見つめていて。




 何も変わっていないのは、自分ひとりのような気がするのです。




「……もう一度、聞きたいのです」

「うん。なに?」

「椎名さんと佐々木君がお付き合いするよう、みんなで動きましたけど。本当にそれが正しかったのでしょうか」


 先に行って欲しくない。

 子供のような気持をそのまま胸から押し出すと。


 穂咲は俺の方も向かず。

 顔を逸らして。


 そして…………。


「どうなの? 椎名っち、佐々木君」


 そして、隣にいた二人に話しかけたのでした。


「うえええええ!? ちょっ!? お隣にいたのですか?」

「もともと二人の隣を選んで来たの」

「だったら先に言いなさいよ!」


 慌てふためく俺に。

 佐々木君が、いつぞや保健室で見せた厳しい目を向けてきます。


「……やっぱりそういう事だったか。やれやれ、ほんとに祭り好きなクラスだ」

「う。……その、ほんとゴメン!」


 俺の声が屋上に響くと。

 いったいどこに隠れていたのやら。

 みんなが申し訳なさそうな顔で姿を現しました。


「やれやれ、総出でよくもまあ……」

「すまん! でもさ、もどかしくて、つい……」

「そうよ佐々木! 男だったらはっきりさせなさいよ!」


 そうよそうだと、みんなは盛り上がりはじめたのですが。


「迷惑だ!」


 佐々木君はそんな騒ぎをあっという間に黙らせると。



 ……もっと大騒ぎになる言葉を叫んだのです。



「僕、他の高校に彼女いるんだよ!」



「「「「ええええええええええええええええええええ!?」」」」



 うそ。

 …………ええええ!? うそっ!!!



「かっ、彼女がいるのに椎名さんを家に泊めてたのですか!?」

「もともと椎名の友達なんだ。あいつも家に泊まり込んで、一緒に台本を書いてくれてたんだよ」


 な、なんということ。


 呆然とする俺に向けて。

 椎名さんも、ちょっと口を尖らせて言うのです。


「あたしだって、他に好きな人いるんだけど?」

「そ、それは大変申し訳ないことをしたのです!」


 俺が平身低頭謝る姿を見て。

 みんなも頭を下げると。


 優しい椎名さんは、ぶかぶかメガネを押し上げながら。

 しょうがないなあと笑ってくれたのでした。



 しかし、勘違いで大変なことをするところでした。

 危ない危ない。


 椎名さんだって、こうして笑いながら俺に手を差し伸べてくれますけど。

 本当は怒っていますよね?

 もっと、ちゃんと謝らないといけません。



 ……でも、クラスの皆は佐々木君を囲んで校舎へ入っていきますし。

 勘違いをした穂咲も真っ先に逃げ出したのでしょう、どこにもいないのです。


 俺と椎名さんだけが残されてしまったのでは仕方ありません。

 覚悟を決めて、一人で再び頭を下げることにしました。


「すいませんでした。俺に出来ることなら何でもしますので、どうか許して欲しいのです」

「ほんとにいいってのに! ……いや待てよ? グッドグッド! 別に迷惑かけられたわけじゃないのに、こりゃいいもん手に入れたわ!」

「うう、お手柔らかにお願いします……」


 我ながら、情けない顔をしていることでしょう。

 腰を曲げたまま椎名さんを見上げると。


 彼女は、なにを企んでいるのでしょうか。

 ニヤリと口端を上げると。



 ……とんでもないことを言い出しました。



「秋山ちゃん! 藍川ちゃんに告白しなさいよ!」



 ……は?



「いやいやいやいやいや! どうしてそうなるのです!? 俺はあいつの事、好きでも嫌いでもないわけで……」

「ウソ! 好きって言ったじゃない! 十何年もほっぽらかして、可哀そう!」


 え!?

 俺、そんなこと言った覚え無いですし!

 それに十何年って何のこと!?


「何度も言いますが、俺は別にあいつの事なんか好きでもないですしでででっ!」

「待ってると思うから! ちゃんと言ってあげる事!」


 そんな無茶なとは思いましたが。

 頬を引っ張りながら俺の事を見つめる椎名さんの目は真剣だったので。



 正直な気持ちを話すことにしました。



「……ほんとに、自分の気持ちが分からないのです。未来を見つめる皆さんを見ていると、そんなことを考えている場合でもないような気がしますし。でも、あと一年とちょっと、このまでいると離れ離れになるわけで、そのことを考えると胸が痛くなる俺も確かにいるわけで。だから……」


 頬から手を離してくれた椎名さんが。

 優しい瞳で俺を見つめながら聞いてくれています。


 そんな君に、こんな返事で申し訳ないのですが。


「…………だから、もうちょっとだけ、時間をください」


 俺には。

 そう答えるのがやっとでした。





 何でもすると宣言したにもかかわらず。

 こんな返事をした俺に。


 椎名さんは、えへへと笑いながら。

 肩に優しく手を置くのです。


「……あたしは、藍川ちゃんと秋山ちゃんくっ付け隊の初代隊員なんだから、期待してるわよ?」

「なんです、それ?」


 なぜでしょう。

 椎名さんの瞳に、光るものが浮かんでいるのですけれど。


 ……でも、彼女はメガネを浮かせて目を擦ると。

 いつもの騒々しさと共に顔を寄せてきたのです。


「ああ、そうだ! 秋山ちゃん、超新星アストロファイアって覚えてる?」

「え? ええ、覚えてますとも。俺、F・T・11Rのこと、いまだにあんな感じの角ばったロボで想像しているくらいですし」

「あれの続編が新しく始まるのよ! 燃えるーーーっ!!!」


 ほんとに好きなのでしょうね、ロボットのこと。

 それほど好きになったきっかけを知りたいところなのです。


「佐々木君とも盛り上がっていましたよね。俺も今回のシナリオに感動したので、見てみたいと思っているのです」

「ほんと? グッドグッド! じゃあ、録画して来るから一緒に見よう!」

「え? そんなご迷惑かけられませんよ」

「…………迷惑じゃないよ?」


 急に優しい口調になると。

 椎名さんは、さらに顔を寄せて来ます。


 ……ええと。

 なんだか、ドキドキするのですが。

 一体なんのつもりなのです?


「あたしは秋山ちゃんと見たいの。一度目の約束、破ったお詫びをして欲しいな」

「約束? ええと、俺が何か約束しました?」

「シャーラップ! ……目を閉じなさい!」

「はい!」


 言われるがまま目を閉じると。

 さらに心臓が高鳴って。


 ドキドキが伝わってしまいそうな。

 椎名さんの香りが感じられるほどの距離。

 吐息も、頬にかかっているのですが。




 これって…………?




 もしかして…………。




 チュウ!




「ハムスターーーーーーーー!!!」


 なんなの!?

 そのぬいぐるみにチューさせる遊びが流行っているのですか!?


「ほんと驚いたのです! そういう冗談はやめて欲しいのです!!!」


 へなへなと崩れ落ちた俺を指差して。

 涙を流しながら笑い転げる椎名さんですが。


 唯一の救いは、彼女が手にしたハムスターのおもちゃ。

 その毛むくじゃら感が、思ったより唇には伝わらなかったことくらい。


「じゃあ、二度目の約束はちゃんと叶えてね!」


 そして再び、意味不明な言葉を残して。

 彼女は扉へ向かって歩き始めました。




 その足取りも軽く。

 と手を振る椎名さんの姿を。


 幸せの黒い色をした星空のステージに。

 月明りのスポットライトが、ふわりと浮き上がらせます。



 でも、どうしてでしょう。

 俺には、その白い後姿が。



 まるで星空が零した。

 一粒の涙に見えました。





 「秋山が寝た理由」欄のある学級日誌 ~秋立14冊目👊~


 おしまい


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「秋山が寝た理由」欄のある学級日誌 ~秋立14冊目👊~ 如月 仁成 @hitomi_aki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ