オケラのせい


 ~ 九月二十四日(月祝) Day-time~


   オケラの花言葉 金欠病



 『文化祭』


 それは高校生にとっての夢。

 憧れのビッグイベント。


 綿あめを買うために、一致団結。

 リミッターを外したお財布。

 綿あめと綿あめと、深まる綿あめ。

 そして綿あめ入手率二百パーセントというボーナスチャンス。


 綿あめ綿あめ綿あめ綿あめ綿あめ綿あめワタメワタメワタメワタメワタメワタメワタメワタメワタメワタメワタメワタメ…………



「はいはい。今日は一緒に回る約束でしたよね。でも、俺の部屋に勝手に入らないでくださいな」

「勝手じゃないの。オーナーのお導きなの」

「好きに使いな! あと、こいつも夜中まで連れまわしていいから!」


 なんて勝手な。

 かあちゃんはたしかにこの部屋のオーナー。

 でも、俺のオーナーでもあったのですか?


 包帯まみれな俺に夜中までとか。

 無茶な注文なのですよ、オーナー。


 秋風香る九月末。

 窓から見える空は。

 すこんとバカみたいに高く抜けて。


 ……その清々しさが。

 俺のどんよりとした胸の内を際立たせます。


「今日は晩飯無いから! 二人で夜景の見えるレストランにでも行って晩御飯食べてきな!」

「じゃあ、うちで食べるの。真っ暗でうすらぼんやりと庭が見えるの」

「夜景の意味がちょっと違うと思いますけど、それでいいのです」


 俺たちの、当然なやり取りを聞いて。

 がはがは笑っていた母ちゃんがピタッと凍り付いたかと思うと。

 携帯をいじって、それを穂咲へ渡します。


 すると携帯から聞こえてきたのは。

 穂咲のおばさんの慌てふためいた声。


『ほっちゃん! 今夜は道久君のおばさんと一緒に駅前に遊びに行くから、晩御飯は道久君と夜景のきれいなレストランで済ませてきなさい!』


 ……ははあ。


 やれやれ、あんたがたお二人はどうしてそうなのでしょうか。

 晩飯を一緒に食べたからってどうこうなるはずないでしょうに。


 それに、言い訳がうまくないのです。

 車で出かけるとか言っておかないと、


「駅前で遊ぶの? カラオケかボーリングなら一緒に遊びたいの。なにするの?」


 当然こうなるのです。


 それなり田舎な駅前に、他の娯楽などありませんし。

 さて、おばさんはどう答えるのでしょうか。


『そ、それは……』

「どっちなの?」

『どっちでもなくて……』

「じゃあ、なにするの?」

『ぱ、パルクールよ!』


 …………できるもんならやってみせろ。

 ガハガハ笑っていた母ちゃんも、再びフリーズです。


「……ビルを飛び移るのはやってみたいけど、壁を蹴ってバク転はムリなの」

『そ、そうでしょ? 残念だけど、今夜は二人でご飯を食べてきなさい!』


 じゃあそうするのと、しょんぼりつぶやいた穂咲に。

 母ちゃんが晩御飯代を渡していますけど。

 こいつに渡したら、全部綿あめに化けてしまうでしょう。


「さあ道久! 早く着替えて顔洗って穂咲ちゃん口説いて飯食って学校行きな!」


 やれやれ。

 じゃあ、まずは着替えましょうかね。


 と、その前に。


「二人とも出ていけ」



 ~🌹~🌹~🌹~



 文化祭最終日。

 芝居を終えて、ようやく人心地ついた俺たちは。


 クラスへ集まって出席を取った後。

 思い思いの場所へ繰り出します。


 お目当てがある者、無い者。

 俺たち二人は後者だったと記憶しているのですが。


「文化祭の思い出に、タイムカプセル埋めるの」

「……無理でしょう」

「無理じゃないの。可能なの」

「可能か不可能かで聞かれたら確かに可能なのですが」


 無理かどうかで聞かれたら。

 絶対に無理。


 だって君が両手に抱えているの。

 十二ひとえじゃありませんか。


「くれるって言うから貰ったけど、お家に持って帰ってもしょうがないの」

「だからと言って、学校に埋めること無いでしょうに。それに、これを入れる箱なんて簡単には見つかりませんよ?」

「入りそうなの、工事現場にあったかもなの」

「ああ、なるほど。あったかもしれませんね」


 俺たちは、ロボの材料に木箱があったことを思い出して。

 ライブ会場の周りをうろついてみましたが。


 夜を徹してステージの復旧作業をしてくださった両工務店の皆さんと共に。

 部材まで、きれいさっぱり姿を消していたのです。


「さて、どうしましょう?」

「売店をまわってみるの」

「さすがに、箱を売っている屋台は無いと思うのですが」


 何のあてもなく歩きだした俺たちを。

 あっという間に包んだのは。


 鮮やかでにぎにぎしい色彩と。

 楽し気な笑い声に明るい音楽。

 鼻孔をくすぐる甘い香りに。

 触って楽しい沢山の創作物。


 お祭りムードに一つだけ足りないのは。

 どうやら味覚だけのようです。


「ねえ、何か食べませんか?」

「それは賛成なの。でも、去年より食べ物屋さんが少ない気がするの」


 言われて辺りを見渡してみれば。

 確かに、ゲームや遊びを提供する屋台が多いようですね。


 宝くじに占い屋。

 ダーツ屋さんには、後で寄ってみようかしら。


 的を隠すように張り付けられた風船。

 どのあたりに刺さるかまるでわからないという演出が実に斬新なのです。


 今も、風船がパンと割れたところ。

 穂咲が飛び跳ねて驚いているのですが。

 その足が、ピタッと止まります。


「どうしました?」

「……木箱なの」


 穂咲が指さす先はクレープ屋。

 その店先に、一抱えと呼ぶには大きすぎる木箱が置かれていました。


「最終日だってのに余っちまってるんだ! 仕入れ値の半分でいいから、このオレンジを誰か買ってくれ!」

「クレープ屋に、なんでオレンジ?」

「うめえだろ、クレープにオレンジ入れたら」

「普通はイチゴかバナナなの」

「AIが味付けを考える時代に抗ってみたんだが……」

「その結果がこれですか」


 変わり種として、あっても良いかもしれませんが。

 木箱いっぱいは買い過ぎなのです。


「……それ、買うの」

「ええっ!? こんなにたくさんどうするんです!」

「そんかわり、木箱も欲しいの」

「よっしゃ毎度! 安くしとくから!」


 木箱欲しさに余計なものまで買っていますけど。

 随分な出費になりましたね。


「って! また俺の財布からお金出してるし!」

「手押し車も借りたいの」

「店じまいは三時だから! その前には返してくれよ!」

「ああもう! それをよこしなさいな! ……木箱じゃなくて財布!」


 いつからでしょう。

 君は俺の財布を当たり前のように盗みますけど。

 そのせいで、強制的に節約癖が付いているのですが。


 まあ、昨日はお芝居の上とは言え。

 随分君を怒らせてしまいましたので。


 そこまで笑顔になってもらえるなら安いものです。


 ……いや、君。

 ほんとに楽しそうに俺を見ますね。

 むしろ役得なのです。


「この調子で、文化祭を満喫するの。ご機嫌なの」

「そうですね」


 役得役得。


「オレンジ、綺麗な色つやなの。ついつい笑顔になっちゃうの」

「そうですね」


 役得役得。


「今日の下着の色と同じなの」

「やくと…………、バカなの?」


 急に何を言い出すのでしょう。

 お祭り騒ぎで浮かれ過ぎなのです。


 だから、俺も。

 お祭り騒ぎのせいでドキドキします。


 ……お祭り騒ぎのせいで。


「この木箱なら十二単を入れられるの」

「傷んじゃうに決まってますよ」

「何か袋に入れれば平気なの」

「そんな簡単な話じゃ……」

「布団圧縮袋」


 ……ああ、確かにそれなら行けそうな気もしますけど。


「布団圧縮袋なの」


 それをわざわざホームセンターまで買いに行くのは面倒なのです。


「布団圧縮袋、売ってるの」


 ……え?


「いやまさか。何かの見間違い……、布団圧縮袋ですね」


 穂咲が指を差す先には。

 確かに布団圧縮袋が置いてあり。


 その下に掲げられた看板には。


 『クイズに買ったらお好きな品をプレゼント! クイズ研究会を倒せ!』


「……勝てませんよ」

「たのもーなの」

「勝てませんって!」


 この間、痛い目を見たじゃないですか。

 俺たちが束になっても勝てやしませんって。


「挑戦者現る! 一回五百円だよ!」

「それなら、さっき道久君のお財布からくすねた金額とピッタリ同じなの」


 もはや突っ込む気力も湧きません。


「で? どちらがチャレンジャー?」

「道久君なの」

「道久君です」

「よし来た! それではルーレットスタート!」


 ルールの説明もないままに。

 頭に早押し帽子をかぶせられ。


 なにやら大きなルーレットを回すように言われたのですが。


「…………詐欺です」


 『出題者決定ルーレット』なる大きな円盤には。

 上から矢印が下向きに出て。

 線で区切られたルーレットの九割が『クイズ研』。


 残りの一割も、半分に割れて。

 『通行人』、『お友達』などと書かれていますけど。


「不正はない! どんな問題を持って来たか、お互いに知らされていない!」

「……まあ、もともと勝てる気なんか無かったのでいいのですが」


 ため息と共に回したルーレット。

 クイズ研の皆さんばかりが盛り上がる中。

 ぴたっと止まったのは偶然にも。


 『お友達』


 がっくりうな垂れるクイズ研の皆さん。

 ようし、これならチャンスだ。


「これはやられました! もはや我々の敗北は決定か!? それではお友達のお嬢さん! 問題をどうぞ!」


 ふんすと鼻息も荒く。

 自信たっぷりに腕を組んだ穂咲は。


「……何を言えばいいの?」


 予想通り。

 事態を把握していませんでした。


「……俺しか知らないようなことで、最近話したことをクイズにしてください」

「難しいの」

「難しくなんか無いですよ」


 先ほどは自信満々に見えた腕組み姿勢。

 それが、今はただのお悩みポーズ。


 うーんうーんと唸った穂咲は。

 とんでもない問題を出してきたのです。


「じゃあ、あたしのパンツの色は?」

「なんだそりゃーーーー!」

「それより、それをなんでこいつが知っているんだーーーー!」


 気付けば屋台を囲んでいたギャラリーから。

 罵倒がバーベキュー用のドリル串になって俺に突き刺さります。


 いやいや、皆さん誤解ですよ。


「違いますって! 見てないのです! このオレンジを見て、こいつが今日の下着の色と同じって言ってたから……、あ」


 ぴんぽーん!


 ……先にボタンを押されてしまいました。


「……しまったのです」

「バカな道久君なの」


 今度は、あいつはバカだとギャラリーに罵倒され。

 大混乱の中、クイズ研の先輩に注目が集まりますが。


 彼はどういう訳か頭を抱えながら。


「オ、オレン…………、いや! 白! 女子高生のパンツは白であって欲しい!」


 なんと。

 勝負より趣味嗜好をお取りになられました。


 ギャラリーからは罵倒と笑い声。

 それに交じって、涙ながらに拍手を送る人もいますけど。

 無視無視。


「では、俺はオレンジにします」

「さあ両者答えが出そろいました! それでは正解を…………? あれ? どうすりゃいいんだ?」

「だからオレンジなの」

「そうでは無く、ですね……」


 ああ、そりゃそうだ。


「確認のしようがありませんね。どうしたらいいでしょう?」


 俺が穂咲を見つめながら問いかけると。

 こいつは何を思ったか。


 ほんとに何を思ったのか。


 自分でスカートを捲りあげて。

 覗き込んだのです。


 …………まあ。

 頭で隠れているから見られる心配は無いですけど。

 でもそれ。



 ちょっとした衝撃映像よりもショッキング。



 ギャラリーからは叫び声が上がり。

 クイズ研の皆様も、悶絶して倒れ込んでしまいました。


 そんな大騒ぎの中、こいつはスカートを戻しつつ。

 あちゃあという顔を浮かべて。


「……………………白だったの」

「頭が痛いのです」


 もう勝負なんかどうでもいい。

 とにかくこの場からこいつを逃がさないと。


 腕を掴んでそそくさと逃げようとする俺に。

 対戦者の方が声をかけるには。


「……好きな商品を、好きなだけ持って行ってくれ……」

「え? でも、こちらの負けなのですが?」

「いや、俺の完敗さ……」


 意味は分かりませんけれど。

 ではお言葉に甘えまして。

 俺は布団圧縮袋をカートに積むと。


 男子からの熱い拍手を浴びるこいつと共に。

 屋台から逃げ出しました。


「…………君の羞恥心、どこに捨ててきちゃったのです?」

「そんなことないの。パンツ、自分にしか見えるわけ無いの」

「はあ、もういいのです。あとは、この大量のオレンジをどうしましょう」

「……白なの」

「パンツの話はもういいのです。それより……、白ですね」


 穂咲が指を差す先に。

 透明なタンクでかき混ぜられている真っ白な液体。


 立札には『ココナッツジュース ¥400』の文字。

 茶道部の、フルーツジュース屋さんなのです。


「……お茶では無いのですね、渡さん」

「あらいらっしゃい! 安くしとくわよ?」


 まさに八面六臂。

 一昨日まではクラスの司令塔。

 そして昨日はあれほどまでの熱演をこなしたというのに。


「今日は部活の売り子さんなんて。渡さんは本当に凄いのです」

「あらやだ。半額にしちゃおうかしら?」


 エプロン姿でくるりと回るキュートな姿も素敵です。


「六本木君に爪の垢を飲ませてやりたいのです。……そう言えば、あいつの姿を見かけていないのですが」

「隼人なら今頃、台本の手直しをしてるわよ?」

「……え? 台本? いまさら?」

「そう。私を称える素敵な物語に書き変えているの。目標十万文字」


 十万文字という基準が良く分かりませんが。

 なんだかちょっと憐れなのです。


 しかし、俺たちがそんなやり取りをしている間に。

 気付けば穂咲が勝手にエプロンを借りて。

 茶道部のお店で何やら始めているのですが。


「ちょっと目を離すとこれです。ご迷惑になるから出てきなさい」

「これでオレンジも引き取り先が見つかったの。大助かりなの」


 そんなことを言いながら。

 フルーツ用の包丁でオレンジの皮をてきぱきと剥いた穂咲は。

 勝手にジューサーを使って。


「へいらっしゃいなの。オレンジドリンク、一杯百円なの」

「よそんちの中にライバル店開きなさんな!」


 めちゃくちゃな事をし始めました。


 さすがに慌てた渡さんですが。

 電卓を叩いて何やら計算を始めると。


「……ようよう姉ちゃん。誰に断ってここで店開いてるんだい? ショバ代、これだけ払ってもらおうじゃないのさ」

「うう、香澄ちゃん、ヤクザ屋さんだったの。仕方が無いから払うの」

「それは俺の財布っ! いつスリ取るの!? 油断も隙も無い!」

「ケチな道久君なの。じゃあ、しょうがないからあたしのお財布から払うの」


 当然なことだというのに。

 こいつは俺の事を恨みがましくにらみながら。

 渡さんにお金を渡すのですが。


 結局、数杯しか売れずに。

 大量の在庫は、スタッフが美味しくいただくことになりました。



 ~🌹~🌹~🌹~



 ……さすがに最終日。

 屋台は軒並み早じまい。


「穂咲、いくらなんでも、君も手伝いなさい」

「お代わりなの? はいはい、いくらでもお注ぎするの」


 俺も水っぱらでまともに動けませんし。

 そろそろ家に帰りましょうか。


「げぷ……。とてもじゃないですが、晩御飯はもういらないのです」

「あたしもお腹いっぱいなの。でも、お金使いきっちゃったから丁度いいの」


 夕日の綺麗な屋上で。

 晩御飯代わりのオレンジジュース。


 母ちゃんたちの目論見通りなのは癪ですが。

 まあ、これはこれでいいものなのです。


 夏景色を秋色に染める風が屋上を抜けると。

 昨日、俺たちが大暴れした会場から落ち着いた曲が流れ始めます。


 激しい感じのバンドが中心だった時間から。

 打ち上げフォークダンスの陽気な曲へとつなぐ、気の利いた演出なのです。


「さすがに連日の疲れで眠いのです。そろそろ帰りましょうか」


 俺の提案を。

 フェンスに手をかけたこいつが首を振って断るのですが。


「君だって疲れているでしょうに」

「……あのね、道久君。お願いがあるの」


 ローファーのかかとをちょこんちょこんと上げたり下げたり。

 そわそわした様子が見て取れます。


 そんなこいつが、振り返りもせずに。

 ぽつりとつぶやくのです。


「……フォークダンスまで一緒にいたいの。……だめ?」




 ――『文化祭』




 それは高校生にとっての夢。

 憧れのビッグイベント。


 恋愛成就率二百パーセントというボーナスチャンス。


 彼女のいない不毛で味気ない生活から脱却するため。

 男子は血眼になって女子を口説く。



 …………口説く。



「ほ……、穂咲は、どうして、フォークダンスまで学校にいたいのです?」

「……酷いの。それをあたしから言わせるの?」


 振り向いたシルエットは、夕日で赤く縁どられ。

 大人びた微笑を、秋風に揺れる長い髪に隠しながら。


 穂咲は、自分の口から。

 俺を誘ったのでした。



「椎名ちゃんたちをくっつけるの、手伝ってくれる?」



 そう、分かっていましたとも。


 だから。

 がっかりなどしていないのです。


 ただ、一つ聞きたいのですが。


「成功率二百パーセントって、確率何パーセントくらいあるのです?」



 少なくとも。

 俺は失敗しましたけど?


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