最終話 分裂した世界を元に戻すのは簡単じゃない

 ヒカリはマリヤに対して、お互いの鼻がぶつかりそうなぐらいまで迫っていった。

「あんたはただ、世界の滅亡を望んでいるだけ」

「望んでると言ったら、何をするのかしら?」

「この場であんたを殺す」

「それは物騒な話ね」

 マリヤは不敵そうな笑みを浮かべると、ヒカリは危険を察したのか、距離を取った。

「どうしてもと言うのなら、あなたたちを殺すしかないわね」

「決裂は免れそうにない」

 ヒカリはぽつりと声をこぼすと、僕の方へ顔を向けてくる。

「離れてて」

「まさか、戦うってこと?」

「強行突破」

 ヒカリの言葉は短いながらも、僕にとって、質問の答えとしては十分すぎるものを感じた。

 次の瞬間、ヒカリはマリヤとの間合いを詰めると、目で追えない動きをお互いに繰り広げ始めた。



 雲ひとつない青空に、下は鏡みたいにそれらを映し出すほどの水面。

 僕は白いワンピース姿の美鈴とともに、並んで立っていた。

「ヒカリさんはどこに行っちゃったの?」

「わからない。屋上で見たのが最後だから」

 僕は答えると、周りを見渡し、自分たち以外に誰もいないことを改めて気づかされる。

「この空間を作った人だからなあ……」

「この空間を作った人?」

「うん」

「そういえば、ヒカリさんだもんね。作った人」

「だから、どこかにいるかとは思うんだけど……」

 僕は口にしつつ、何週間か前に、マリヤとともに、屋上から消えてしまったヒカリを思い出す。

 いや、突然いなくなったわけではないはず。あまりにも動きが早すぎて、そう錯覚をしただけかもしれない。で、いつの間にか二人はどこかへ行ってしまった。と、思いたい。

「僕としては、この空間で美鈴と会うことが、いつか途切れるんじゃないかなと不安で仕方がない」

「それは、美鈴も同じだよ」

「だから、そういう不安をなくしたい気持ちもあるから、早くどこかで出てきてほしい」

 言葉をこぼした僕は片手で握りこぶしを作り、ただ、ヒカリの無事を願うだけで。

「そう言われると、今出ていいのかどうか、困る」

「ヒカリさん!?」

「えっ?」

 僕が美鈴とともに振り返れば。

 目の前に、手足は傷だらけで、汚れた制服という格好の銀髪美少女が現れていた。

「だ、大丈夫?」

「平気。人間なら、もう、とっくに死んでるような状態だけど」

「勝ったの?」

 僕が問いかけると、ヒカリは首を横に振った。

「また戦わないといけない。けど、時也や美鈴が心配すると思ったから、戻ってきた」

「ヒカリさん、戦いはいつになったら、終わるの?」

「わからない」

 ヒカリは答えると、美鈴と目を合わせる。

「後、美鈴」

「何?」

「わたしのことは、ヒカリと呼んでいい」

 ヒカリの言葉に、美鈴は間を置いてから、吹き出していた。

「何だか、嬉しいな。大変な時みたいなのに、美鈴に、呼び方のことを言ってくれて」

「美鈴は美鈴と呼ぶなら、ヒカリはヒカリと呼ぶのは普通だと思う」

「わかった。うん、ヒカリ」

 美鈴は笑みを浮かべると、ヒカリは反応に対して、内心満ち足りたのか、口元を綻ばす。

「もしかして、もう、行くとか?」

「行かないと、ここまであいつがやってくる」

「あいつって、屋上で戦った?」

「そう」

「そっか……」

 僕はヒカリに何か手伝ってあげられることはないだろうかと考える。けど、浮かんでこない。

 ヒカリは僕のことを見透かしたのか、おもむろに肩を軽く叩いてきた。

「そんな難しそうな顔をしなくても、時也はただ待っていればいいから」

「そうだよ、時也。そうじゃなきゃ、ヒカリのことを信用できないってことだよ」

「まあ、うん。そうだね」

 ヒカリと美鈴に声をかけられ、僕は気持ちが幾分軽くなった。

「なら、僕はその、ヒカリが僕の世界や美鈴の世界が滅亡させないようにしてくれることを願ってる」

「今、わたしのこと、初めて、ヒカリって呼んだ」

「そうだっけ?」

 聞いてみれば、ヒカリはうなずいていた。

「何だか、そう言われると、照れるんだけど……」

「人間はそういうところがあるから、わからない」

「美鈴は、ヒカリのことをわかってないよ」

「それは当たり前。会ってそんなに時間が経ってない」

「そうだったね」

 美鈴は楽しそうな表情で口にする。

「それじゃあ、時也、美鈴」

「うん」

「気を付けてね」

「二人とも、お互いの世界が違うけれど、ここの世界で会えるから、申し訳ないけど、しばらくはそれで我慢していてほしい」

 ヒカリは言うなり、頭を下げた。

「そんな、ヒカリが謝ることじゃないよ」

「そうだって。僕はむしろ、こういう限られた時間で美鈴と会うことで、いつも会えることがすごい貴重だったってことに気づかされたから、むしろ感謝してるぐらい」

「感謝はおかしい。そもそもは、神様が世界を分裂させたのが原因だから」

「それは、そうだけど、それとこれとは話が別で」

「とりあえず、わたしのことを気遣ってくれるのはよくわかった」

 ヒカリは声をこぼすなり、背を向ける。

「分裂した世界を元に戻すのは簡単じゃない」

「そう、だな」

「それはわかってるよ、ヒカリ」

 僕と美鈴は自然と、お互いの手を握り合っていた。

「だから、ヒカリ、僕と美鈴が味方してるから」

「ありがとう、二人とも」

 ヒカリは返事をするとともに、気づけば、目の前からいなくなってしまった。

「いなくなっちゃったね」

「だな」

 僕は改めて、今いる空間を見渡してみた。

 雲ひとつない青空に、下は鏡みたいにそれらを映し出すほどの水面。どちらも四方八方、どこまでも広がっているようだ。

「美鈴」

「時也、どうしたの?」

「もしかしたら、僕と美鈴のいるそれぞれの世界が一緒になったりしたら、こういう世界になるのかなあって思って」

「それは、わからないよ」

「そうだな」

 僕は美鈴と笑い合い、いつ終わるかわからないお互いの時間を過ごす。

 夢の中で起きた出来事としても、僕がヒカリや美鈴に会った事実を変えることはできないはずだ。

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分裂した世界を元に戻すのは簡単じゃない。 青見銀縁 @aomi_ginbuchi

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