第8話 それは、思考停止してるだけ

 着いた場所は学校の屋上。

 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響くも、ヒカリは場を去ろうとしない。

「ねえ」

「何?」

「このままだと、僕ら、授業をサボることになりそうだけど」

「そこは記憶をいじらないで何とかするしかない」

「でも、君と僕が一緒にいないことになったら、変な噂になるんじゃ……」

「それは大丈夫。わたしは空気みたいな存在だから」

 ヒカリの言葉に、僕は教室へ戻ることを諦めるしかなかった。

 で、僕とヒカリが会う相手。

 あたりに視線を動かすも、それらしき人影はどこにもない。

「てっきり、君と敵対しているグループのメンバーがいるのかと思ったけど」

「もう、いる」

「えっ?」

 僕の間が抜けた声と同時に、瞬きした途端だろうか、ひとりの人物が視界に現れた。

 シャツの上にジャケット、下に履いている長ズボンや靴が全て黒。金髪に目鼻立ちが整った顔は外国人ではないかと思える容姿だった。

 とりあえず、僕と同じ高校生ではないだろう。

 そもそも、人間ではないはずだ。

「この世界では、大人しめの格好にした方がいいと思うけど?」

 ヒカリの指摘に対して、相手は薄ら笑いをするだけだった。というより、ヒカリも銀髪という時点でけっこう目立つ感じがするのだけれど。

「ご指摘ありがとう。けどね、あたしにはあたしなりのこだわりがあるってものなのよ」

「こだわりですか。ここではあまり関係ないことだと思うけど」

「あなたにはわからないことかもしれないわね」

 相手は言うなり、僕へ目を合わせてくる。

「そちらが、別の世界にいる子と同じ世界に住むのを望んでる」

「時也。佐々波時也よ」

 ヒカリはぶっきらぼうに答え、僕の腕を肩で小突いてくる。

「あいつの口車に乗らないで」

「まあ、それはわかるけど」

「ヒソヒソ話はよくないわね」

 彼女は声をこぼすなり、どこからか出してきた扇子を片手で広げる。

「あたしの名はマリヤ。ヒカリとは同じ神様に仕える者の一員になるわね」

「一員と言うのはちょっと語弊がある」

「早速、あたしのことを敵視するのね」

 マリヤは鋭い視線を向けてきた。

 お互いに睨み合う形となり、いつ何らかの争いが始まってもおかしくない状況になる。

「ヒカリは、神様に今回のことを聞きに行こうとしてるけど、それは必要ないわね」

「あんたがそれを判断する資格はない」

「なら、言うわ。ヒカリは神様に何かを聞きに行けるような資格はない」

 マリヤは扇子の先を、僕らの方へ突き出す。

「神様は今回起こった世界の分裂を何か意図があってやったと思ってるわ。いえ、そうに違いないわ」

「それは、神様に聞いてみないとわからない」

「それをわかろうとする必要はないわ」

 マリヤの言葉は、ヒカリを明らかに邪魔したい気持ちが見え隠れしているようだ。

「このまま何もしないのなら、ヒカリがやろうとしたことは見逃してもいいのよ」

「それでは意味がない」

「あたしは、神様に直接聞きに行くこと自体、意味がないと思うわね」

 マリヤは言うなり、扇子で口元を隠すも、明らかに笑っているようだった。

「あのう、ひとついいですか?」

「何かしら?」

 僕が遠慮がちに手を上げると、マリヤは扇子をどけて、顔を移してきた。

「あなたたちは、神様が世界を分裂したことに対して、何か思ったりしてますか?」

「それはどういう意味かしら?」

「どういう意味も何も、そういう意味です」

 僕の答えに、マリヤは首を傾げる。

「おかしなことを聞くのね。あなたは」

「そうですか?」

「そうよ。神様が何を考えているかなんて、それ自体に興味を抱くのも不思議だわ。なぜなら、神様のすることは全て受け入れなければいけないのだから」

「受け入れる?」

「そうよ」

 マリヤは扇子を動かし、顔に風を当て始める。

「つまりは、神様の行動に興味を抱くというのは、神様に対して、疑念を抱くということ。それは、神様に仕える者としては、無礼な行為に他ならないわ。まあ、あなたは単なるこの世界にいる一人間に過ぎないのだから、神様のことに触れることすら、無礼に値するわね」

「それは、思考停止してるだけ」

 ヒカリはおもむろに声をこぼす。

「思考停止?」

「そう。あんたは神様に対して、何も考えようとしない。わたしにとっては、それこそが、神様に対する無礼な行為に思えてならない」

「それは違うわね」

「なら、世界が分裂したことにより、いずれ世界は滅びるかもしれない今の状況に対して、何も感じないのはおかしい」

 ヒカリは言うと、マリヤの方へ歩み寄っていく。

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