テスト本番・4


「レイン!」


 思わず目をつぶってしまったアガサの耳に、確かにファビアンの声が届いた。

 光の球の上を、水の精霊レインが踊った。

 相反する水の魔法。時に激しく対抗し、大きな爆発を伴う危険なもの。

 しかし、ファビアンの魔法は、優しくも美しかった。

 レインの足下から氷の粒がキラキラと舞い散る。フレイが作り出した火の玉の近くで、粒はしゅるしゅると音をたて、小雨となった。

 アガサがそっと目を開けると……。

 立ち上る霧の中に、七色の虹が浮かんで、かすかに薔薇の香りがした。


(え? 薔薇の香り?)


 気がつくと、ファビアンがアガサのすぐとなりに立っていた。

 つい、アガサの口から驚きの声が漏れた。


「ひょえ?」


 そのとたん、光は小さく落ち着いて、ロウソクの先にわずかに残った。


 火がついている。


「おお……」


 と、部屋の中にも窓の外にも、声が上がった。

 ピンクのかわいいロウソクの先には、確かに火がついていたのである。


「やった? やったよ? フレイ!」


 アガサは大声で叫んでいたが、ふらふらのフレイは、アガサの頭の上で、めしー! と叫んでいる。

 そして、頭をはぐはぐはぐ……。


「……」


 何だか感動を分けあうには拍子抜けする展開である。


 だが、アガサはテストに合格……。


「……なんて、認められません!」


 モエバーの声が響いた。


「えーーー! どうして?」


 アガサは思わず叫んでいた。

 モエバーは、眼鏡を上下させ、ゴホンと咳払いした。その勢いで、もぞもぞしていた鼻から、鼻水が飛び出し、今度はあわててハンカチを取り出した。


「あなた一人の力ではなかったからです」


 ちーんと鼻をかむと、モエバーはギッとファビアンを睨んだ。


「ファビアン。今の魔法はなんですか? あのままですと、確かに爆発していましたわ。あなたが援助したことに、私が気がつかないとでも思いましたの? これは、不正です。ですから、合格とは認められません!」


 確かに、光が大きくなった時、ファビアンの声があった。

 火を打ち消す水のソーサリエの力が働いたのだ。

 眼鏡を何度も上げ直すモエに、ファビアンは近寄ると、その眼鏡を取って、にっこりと微笑んだ。

 モエの顔が真っ赤になった。


「ななななな……何をなさいますのーっつ!」


「眼鏡のサイズを直したほうがいいと思いますよ、先生」


「うんまー! うま、うま!」


 馬がいるわけではないが、モエはしばらく馬と言い続けた。


 アガサは、何が起きたのかわからなかった。

 その場にぺたんと座り込んでいた。


 ――合格?

 それとも不合格?


 それよりも、本当にファビアンが力を貸してくれたの?

 うそ? 嘘でしょー!

 だって、あんなに私に諦めろーを連発していたのに?

 邪魔しに来ていたのに?



 ファビアンがそっと手を伸ばし、アガサを起こしてくれた。

 アガサは何も言えなかったが、顔ですべての疑問を投げつけていたらしい。


「今でもね、僕は君がソーサリエだと思っていない。だから、普通の女の子として地上に戻ったほうがいいと思っている。それに、フレイを手に入れたいともね」


 ファビアンは、少し照れくさそうに笑った。


「でもね、君の根性に負けた。フレイさえ僕に協力してくれるなら、僕は君付きでも全然かまわない……どころか、そのほうがいいと思った」


「え?」


 心臓が一瞬止まるかと思った。


 ――そのほうがいいと思った。


 嫌われていたんじゃなかったの? 

 聞き間違えたような気が……もう一度、言ってほしいような……。

 アガサの声を無視して、ファビアンはマダム・フルールに向き合った。


「確かに、アガサ一人では、うまく火をつけられないかも知れない。でも、僕が側にいて、手を貸せば、何の問題がないってことがわかりました」


 アガサは、目を丸くした。

 ファビアンの言葉が信じられない。

 彼は、マダム・フルールに向かって、はっきりとお願いしたのだ。


「マダム。僕がアガサとペアを組みます。責任を持って、アガサを見ます。それで、僕も火の魔法の勉強ができる。だから、アガサの入学を許可してください」


 ――えええええええ!


 アガサは、思わず叫んでいた。


「だ、だ、だって……そのアイデアは、あ、あ、あなた、嫌だって言ったじゃない!」


 ファビアンの言葉があまりにも意外で、アガサは泣きそうになりながら、わめいた。ファビアンのマントをしっかりと握りしめたまま。


「ああ、脅されて従わされることが……ね。それに、嫌だなんて言っていない。あの時は動揺したけれど、ゆっくり考えると、君のアイデアは魅力的だ」


 ロウソクの光に照らされているせいか、氷のような顔にやや紅がさした。

 それでも、やはりファビアンの言葉は信じられない。


 だって……。


 これからずっと、ファビアンとペアだ。

 ずっと、ずっと、一緒に勉強するのだ。


「で、でも……私と一緒でかまわないの? べ、べ、勉強のためとはいえ、一人の女の子の面倒を見なきゃいけないなんて……」


 困ったことに涙が止まらない。ついでに鼻水も……。


 ――あああん、私のばか!


 どうして、憧れの王子様といるときばかり、こんなにかっこ悪いのよ!


 だが、ファビアンは、アガサの鼻水を気にすることなく、微笑んで言った。


「別にかまわないよ。だって、誰に強制されたわけない。それに君って、奇想天外で僕が思いつかないようなことをしてくれるから、一緒にいて楽しいし」


「うま、うま、うま……」


 いまだに馬以外の言葉が出てこないモエの横で、マダム・フルールが手を叩いた。


「うんまー! それっていいお話ね! 私もこれで安心……って、いや、その、おほほほほほ……。ファビアン、あなたの心変わりを歓迎しますわ。大変だけどがんばって!」


「……じゃあ、私……。本当に合格???」


「もちろんですよ。アガタ・ブラウン」



 その声と同時に、窓が開いた。

 天空の爽やかな風。

 そして……。


「うわー! アガタ、おめでとう!」


「姫!」


「めでたいでごわすーー!」


「ずるいな、ファビ! こんなオチかい?」


 一斉に仲間たちが飛び込んで来た。

 そして、アガサに抱きついた。もみくちゃで、床に倒れて、一騒動である。


「う、うわ……厳しい! ねーさん、もうそれ以上泣くな! おいら、弱って死んじまうよー!」


 フレイの声も響いたが、それはそれでうれしそうだった。

 やがてそれぞれの精霊たちが、手を組んで輪になって踊り始めた。それにつられて、ソーサリエたちもアガサを中心にして踊り始めた。


 ――まいまいまいまい・マイムのでべそのぱらっぱらっぱぁ!


 ファビアンは、その輪から離れたまま、腕を組んでいた。マダム・フルールと目があって、彼はにやりと笑った。

 彼には、何か企みがあるのだろう。

 マダムは、それに気がつかないふりをして、うっふんと咳払いした。


「まあ、終わりよければすべてよし……」




 こうして、アガサのソーサリエとしての学校生活がスタートした。

 ファビアンと並んで、一生懸命ソーサリエの勉強に励む毎日……。

 当然ながら、とんでもない事件の連続で、フレイは一汗も二汗も炎の汗をかくことになる。


 でも、それは、いつか別のお話で――。


 もしも続きが早く知りたければ、あなたの肩に止まっているあなたの精霊の声に耳を傾けてみて。

 彼らはきっとこう言っているはず。


 ――火の精霊に、また、会いに来てね。




=終わり=

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ソーサリエ~アガサとアガタと火の精霊 わたなべ りえ @riehime

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