遊戯部活動中

まつこ

遊戯部活動中

 僕の学校には、部室棟という文化部の部室がひしめきあう建物がある。なんでも生徒数が減る前には非常に多くの文化部があり、そんな彼らの部室が欲しいという要望に応えるためにこの建物が建てられたのだそうだ。当時は運動部から文化部ばかり優遇されすぎだと文句も出たそうだが、今を生きる僕達には関係がない。


 その部室棟の4階端、特別な用が無ければ行くのは遠慮させてほしい学校の中の辺境。あるいは怪談の舞台にすらなりそうなそこに、僕は足を踏み入れ、そこにある教室の扉を開く。

 夕方にばかり日が入り、まぶしさに目を細めたくなる室内。段々と目が慣れてくると、教室と言うにはあまりに狭い空間の中心にある長机が目に入る。

 そこに座る人物は。

 1人で延々と、4人用のボードゲームで遊んでいる。


「先輩、それ1人でやってて楽しいですか」


 僕の声に少し驚いたようで、ビクッと体を跳ねさせながら、先輩はこちらを向いた。


「やあ後輩くん、君もやるかい?もう1セットあるよ、これ」


「そこでなんで一緒に遊ぶっていう選択肢を放棄するんですか」


「えっ、だって1人で2人分のデータ管理するの大変だろ?アナログゲームでそれは地獄だよ」


「今1人で4人分のデータ管理してるのは誰ですかね」


「誰だろうねえ」


 素なのかわざとなのかわからないとぼけかたである。この女性こそ我が遊戯部の部長であるのだが、この人とまともに部活動に励んだことはない。

 遊戯部、名目上は様々な集団ゲームを通してコミュニケーション能力の向上を目指す、という立派かつ屁理屈にしか聞こえない結成理由があるのだが、この人は大概1人で遊んでいるため、そんなものはどこへやらである。

 一応かつてはボードゲームの大会などで優秀な成績を収めたこともあるらしいのだが、賞状もトロフィーも見たことがないから眉唾物だ。顧問の先生も以前の先生が辞めてしまって、今は今年から入ってきた新任の先生のため、事情はよく知らないであろう。良く廃部にならないものである。


「じゃあ1人ポーカーでもする?トランプも2セットあるよ」


「普通にポーカーしましょうよ先輩……」


「私ポーカーフェイス苦手なんだよね」


「あんまり理由になってないです先輩」


「それに後輩くん、私がお金持ってないの知ってて言ってるでしょ、金が賭けられないならその体を賭けてもらうしかないなあウェッヘッヘ、とか言うつもりなんでしょ」


「先輩の中の僕の存在、どんだけ邪悪なんですか!しませんよそんなこと」


 まあ、先輩は変人だが美人ではある。あんまり長いと手入れが大変だからと肩の上で切られた髪型は良く似合っているし、買い換えるのが面倒だからとフレームがガタガタになっている眼鏡の気だるさが彼女の雰囲気に合っている。彼女が欲しいという男も、いないではないだろう。

 ……正直、美人なだけで滅茶苦茶にずぼらで面倒くさがり屋なのだが。


「そう?なら良いんだけど……よし、勝った」


 会話している内にも先輩はボードゲームの進行を忘れず、ちゃっかりゲームは終了していた。


「勝ったって、そりゃ先輩が全員分プレイしてるんだから絶対勝つでしょう」


 更に言えば4分の3は負けているのだから、一勝負で一勝三敗のスコアになってしまう気がする。なぜ勝敗のあるパーティゲームを1人でしているのか。


「今回は気持ち良く勝てたから10勝分くらいの価値があるなー」


 まさかのダブルスタンダードである。もう好きにしてほしい。


「後輩君は遊ばないの?人生ゲームの最新版、買ってきたんだけど」


「2人でやるんですか?」


「ううん、後輩君の人生を私が見届けるの。今の世の中大変だけど、幸せになってね後輩君」


 1人人生ゲーム、かなり虚無度数が高い遊びだと思うんですが。


「まあまあ、物は試しだよ。とりあえずやってみようよ」


 先輩が強引にボードを広げ、僕用のコマを手渡してきた。


 しばらく経って、僕のコマが結婚のマスに止まる。


「お、ようこそ人生の墓場へ、後輩君。はいこれ、お嫁さん」


「先輩どういう立場なんですか」


 先輩に手渡されるまま、自分のコマの隣に伴侶のコマを刺す。今のところ人生は順風満帆である。他にプレイヤーがいないのだから当然だ。


「それで後輩君、結婚のお相手は?」


「アテが無いです」


「ええー、こんなに可愛い先輩が隣に居るのに?胸が?ときめかないだって~?」


 大袈裟な演技をする先輩。僕で遊んでいる人に、どうときめけば良いのか。


「じゃあ先輩は僕が先輩のこと好きだって言ったら付き合ってくれるんですか」


「残念、好感度が足りない。クラスの男子の親友に私とのオススメデートスポットとか聞いてみたまえ」


「デートスポットに行く時点でもう付き合ってないですか、それ」


「後輩君、もしかして結構勘違いしちゃうタイプ?優しくされて、この子はオレに気があるんじゃないかーとか考えちゃったりする?」


「どうでしょうねー、あ、ゴールしました」


 さっきの先輩よろしく会話しながらゲームを進行していたが、ついにゴールした。ゴールした際の特典を入手し、最後まで幸せだった誰かさんの人生は幕を閉じる。


「おめでとー、それじゃ現実の人生も頑張ろうね、後輩君がゲーム内の人生に浸って現実逃避しちゃうと先輩悲しい」


「いつ誰が逃避したんですか、そもそもゲームやらせたの先輩のクセに」


「そうだったけ?あ、もう良い時間だね、今日はこれでかいさーん」


 誤魔化されてしまった。先輩は荷物をまとめて帰ろうとする。その背中に僕は声を掛けた。


「先輩、今週末空いてたら遊びに行きませんか、福引きで水族館のペアチケット当たったんですよ」


 それに先輩は笑いながら答えた。


「精々デート中の選択肢を間違えないようにね、後輩君!」

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遊戯部活動中 まつこ @kousei

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