最期ノ時

二魚 煙

最期ノ時

「お迎えに来ました」


 儂が目を覚ますと、白いベッドの隣に黒い外套に身を包み、大きな大鎌を持った骸骨がこちらを覗き込んでいた。


「貴方は……」

「申し遅れました。私は俗にいう『死神』と申します」


 『死神』と名乗る骸骨は、儂に向かって軽く一礼をした。


「おや、儂もとうとう寿命かい?」

「厳密にはまだですが、今日のうちに貴方は旅立たなくてはなりません」

「そうかい、儂も長生きしたもんだ」


 骸骨は何も言わずにこちらを見ている。

 正直儂は年寄りのせいかこのような外套に身を包んだ骸骨を見ても驚かないらしい。

 昔はこんな光景を見たら絶対に腰を抜かすのに、本当に老いたものだな……


「はやく私をあの世に送ってくれ。もうこの世に未練はない」

「それは無理です。人の寿命は絶対的なものなので変えることはできません」

「そうかい。ところで見たところ君の顔は骸骨だが、それは本物か?」

「いえ、お面です。ついでに言うとこの大鎌もレプリカです。本物は危ないので。かといって死神の雰囲気を出すのに必要かと思ったので身に着けてます」

「陽気な死神なこった」


 儂は隣の机からペットボトルのお茶と紙コップを取り、紙コップにお茶を注ぎ死神に渡す。

 

「まあ時間があるなら少しこの老いぼれの話に付き合ってくれんかね」

「いいですよ」


 そうかい――では言わせてもらうよ。

 

 そう言って儂は口を開いた。











 儂――私という人間は堅物でぶっきらぼうな人間だった。

 

 中高と勉強に明け暮れ、友達という存在は誰一人としていなかった。

 何人かは私に関わりを持とうとしていてくれたが、私はそんな彼らを無下に扱い、冷たくあしらっていた。

 だからこそだろう。周りは私から離れていき、そして誰とも関わりを持たなくなり、私自身は厚い壁を作った。


 その後そのまま大学に進学し、そのままこれといった事もなく卒業し、就職した。

 就職しても業務と挨拶以外は何一言も話さず、周りの社員からは「鉄仮面」と言われていた。

 まあ正直どうでもよかったので気にせずにしていたが。


 そんなある日、こんな私にやたら話しかけてくれる先輩からこんなことを言われた。


「お前さ、俺の妹と結婚してよ。俺が言うのも何なんだけどとってもできた妹だからお前も気に入ると思うんだ」


 そこからトントン拍子に話が進んでいき、お見合いが始まった。


「初めまして……」


 そこにいたのは紛れもなく美しい人だった。

 絹のように美しい長い黒髪、目鼻は整っており万人の人々が「美人だ」とでもいうであろういかにも大和撫子な女の人だ。

 私は彼女につい見惚れてしまい、あたかもこの部屋だけ時間が止まったかのような錯覚に陥った。


「俺の妹、綺麗だろ? お前惚れたよな? なっ?」

「やめてよお兄ちゃん……」


 そのお見合いの日から私と彼女の交際が始まった。


 だが私は女の人どころか、友達との付き合い方も知らないので、デートに行くときは彼女にエスコートしてもらってばっかりだった。

 しかも何を話してよいのかも分からない私は彼女にぶっきらぼうな態度をとってしまう時もあった。

 そんな態度をとっていても彼女はにこやかにしており、こんな私にも愛嬌よく接してくれた。


 ある日私はこんな質問をした。


「私といて本当に楽しいのかい? 正直私は君を何一つ幸せにできていない。こんな男と付き合っているよりもっといい人を見つけるほうが君の為になるよ」


 彼女は私の頬をビンタをして、


「私は貴方が良いの。確かに堅物でぶっきらぼうでまるでマニュアルのような人だけど、そんな貴方のさりげない行動、言動、そして不器用ながらもしっかりと私を愛してくれている、そんなあなたが好きなの」


 涙を流しながら彼女はそう言った。

 私は全身に電流が走った感覚に陥った。


 私は彼女に――ひどいことを言ってしまった。


 ここまで私の事を好いてくれている彼女にとんでもなく無礼で失礼な質問をしてしまったと後悔をした。

 私は馬鹿だ。


「……ごめんなさい」

「分かってくれればいいんです。それより私を泣かせる発言をした罰としてお昼ご飯奢ってくださいね」


 この時に私は一つの事を決心した。


 彼女と結婚して――一生幸せにすると。



 私はとにかく働き、彼女にプロポーズするための婚約指輪を購入するための資金を貯めていった。

 あの日以来、私自身が変わったのかどうかは知らないが周りの人から「変わったな」や「お前最近笑うようになったよな」と言われるようになった。

 先輩からも「なんかお前たち良い雰囲気らしいじゃん!」と言われ、私は感謝してますと言った。もう先輩には今後頭は上がらないだろう。


 そんなこんなで私は婚約指輪を購入した。

 正直彼女の指の太さや婚約指輪の相場というのが分からなかったので、どこかで見た「婚約指輪は給料の三か月分」を信じて、私の給料三か月分の大きめの婚約指輪を購入した。


 そして私は、プロポーズに臨んだ。


 普段は着ないような少しおしゃれなスーツを着込んで、普段は乗らない車を運転して彼女を迎えに行った。

 彼女を迎えた時、彼女に「何そのスーツ」と軽く笑われたが、すぐに「似合ってるよ」と言われた。

 そして私たちはこのままデートに行ったのだ。


 結論として――プロポーズは失敗に終わった。


 断られたのではない。できなかったのだ。


 気が付いたとき、私は病院のベッドの上に横たわっていた。

 包帯が巻かれており、周りから電子音が聞こえる。

 

 ――彼女は、どうなったんだ。


 私は脳裏に彼女の事を思い浮かび、飛び上がろうとした。しかし身体が思うように動かず結局そのまま寝込んだ。

 その時に丁度医者が入って来た。

 私は今出せる最大の声でその医者を呼んだ。小さな羽虫が周りを飛んでいるみたいな弱々しい声だったが、そこにいた医者は気が付いてくれた。

 私は一体どうなってこうなったかの経緯を聞くと、医者はとんでもないことを口にした。


 ――彼女は亡くなった、と。


 詳しく話を聞くと、医者は分かる範囲ですべてを話してくれた。


 どうやら私たちの乗っている車は事故にあったらしい。原因は反対車線を走っていた大型トラックの運転手の居眠り運転。どうやら私たちの車はその大型トラックと真正面からぶつかり、私たちは搬送されたらしい。

 運ばれた私たちはもう虫の息状態で死ぬ寸前だったらしい。

 このままでは二人とも亡くなってしまう。その為には心臓が必要だった。しかしながらそうすぐに心臓のドナーなど現れはしない。そう思った時だ。


「私の……心臓を……あの人に使って……」


 彼女は意識が朦朧だが戻ったらしい。そしてその言葉を発していた。


「私はもう……死んでしまう……。だからこそあの人に……この命を……」


 彼女はすべてを悟っていた。もう自分は助からないと。だからこそこの心臓を私に託したらしい。

 そして彼女の心臓を私に移植して三日が経ち――私は目覚めた。


 ――冗談じゃない。


 何故私が息をしている。何故彼女は私なんかの為に命を差し出した。何故私は彼女より早く目覚めて私の心臓を差し出せなかった。

 ――何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故。


 私は退院するまで私を許せなかった。



 何ヶ月かが経ち私は退院した。

 退院したとき、私が外に出た時に迎えてくれたのは、先輩だった。

 正直私は先輩に顔を合わせられなかった。

 先輩は笑顔で迎えてくれ、私を車に乗せて「ちょっとついてきてくれないか?」と言い、車を走らせた。


「どうだ、調子は」

「……大丈夫です」

「そうか。――ほら、しゃんとしろ」

「……はい」


 目的地にたどり着き、先輩は駐車場に車を止めた。

 ついてきてくれと先輩に言われ、私は先輩の後ろを追うようについていく。


「――ここだ」


 先輩がついて来いと言った目的地、それは先輩の妹で私の恋人である彼女のお墓だ。

 私は立ち尽くし、その場で涙がでた。そして俺はそのまま先輩のほうを向き、土下座をした。


「――すみませんでした! 私が、私がぁ!」

「顔を上げろ。お前は何も悪くない。あいつが望んだことだ、だったらお前はあいつが託したその命で何かすることがあるんじゃないか?」

「――っ」

「あいつの遺言を医者から聞かされた。「貴方には様々な景色を見て、私に伝えてほしい。だから貴方が亡くなりそうなときは私自身が迎えに行って聞きに行く」だそうだ。正直最期まであいつらしい言葉だなって思っちまったよ」

「……」

「だからさ、お願いだ。あいつの願いを叶えてやってくれないか?」


 先輩は涙を流し、俺に頭を下げた。

 私も涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら先輩に「勿論です。やらせてください」といった。


 これが俺にできる彼女が願った事なのだから――











「そして儂はその日すぐに会社に辞表を出して会社を辞めたよ」

「……どうだ、良い景色は見れたか?」

「ああ、たくさん見てきたさ」


 儂は長話をしたのでのどが渇き、お茶をすする。


「老いぼれの話を最後まで聞いてくれてありがとな、死神さんよ」

「いえいえ」


 そう言うと死神は儂のほうを向き、


「では私も少し話をしましょう。だけどその前に――」


 そう言って死神は自分の顔につけている骸骨のお面を外す。

 そうしてお面を外した死神を見て、儂は驚いた。

 それもそのはず。


 死神は――あの日亡くなった彼女自身なのだから。


「お久しぶりです。貴方」


 儂は一筋の涙を流した。もう死ぬ間際だというのに涙を流せているのが不思議なくらいだ。


「すまなかった。儂は、儂は――お前を幸せにできなかった」

「何言っているんですか。私は十分幸せに旅立てました。私は貴方と出会ってから毎日が幸せでしたよ」


 儂は涙を拭い、


「儂は様々な話をお前にしたい! この一生で素晴らしいものを見てきたからな」

「そうですね、聞かせてください。ここから先は長いですから」

「だがその前に――」


 ずっと言いたくても言えなかった言葉を言わせてほしい。

 儂の最期の時、最後の言葉を。


 儂の人生をくれて『ありがとう』


 そしてお前をずっと『愛しているよ』と。




 




 


 


 

 

 



 


 

 

 




 

 









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最期ノ時 二魚 煙 @taisakun

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