2.金髪巨乳とツン馬鹿娘

 「起きて!起きなさいレティちゃん!!!ほら!!!近い!近いから!」


 「何が近いのか分からないなぁ。」


 人歴1830年、人員輸送用飛翔艇トランスポーターの待機席にて座りながら嘗て、自分の都市が襲われたときの事を夢に見ていたレーヴァテイン・シュトラーサは相棒の発する高い声に目が覚めた。


 「そんなの分かりきった事じゃない!戦場よ戦場!もっと言うと竜共狩りつくしセール!先着3名様限定って感じで!」


 そういってブレザーに半ズボンで薄い小柄な胸を張る眼前の少女はケーラ・ウーノス。ここ5年来続く腐れ縁だ。


「・・・キミってさ。元々お貴族様の生まれなのにやけにそういう所、所帯じみてるよね。なんでセール?」


「全くレティちゃんは馬鹿ねぇ・・・アタシは騎士よ?それに決まってるじゃない!!!絶対竜に勝つからよ!」


 出所不明な自信に満ち溢れた茶色の瞳がレティの青い瞳を貫く。その答えに眉根を寄せて疲れたような笑みを返しながら、


「ツン馬鹿に馬鹿って言われたくはないなぁ。」


「はぁ!?誰がツンですって!?いい?アタシ、ちゃんと朝は手入れしてるのよ!ほら見なさいな!」


 そう言ってうっとりとケーラは肩にかかる程度のツインテールにした桜色の髪をうっとりと触り、


「こんなにキューテク・・・るじゃない?」


「そりゃここ数日間、第20次龍支配域脱出支援作戦が発令されてからこっち、その支援にあちこちにたらいまわしにされてるからねぇ。朝、手入れする暇なんてないよね?・・・鳥頭かな?」


「鶏冠たっとらんわ!!!」


「そもそもヒトに鶏冠はないよね。」


 笑みのまま、溜息を吐いた。そう、第20次龍支配域脱出支援作戦。出撃の連続でケーラ同様、レティの自慢である金の豊かな長髪もぼさぼさ気味だ。どうして世界がこのようになってしまったか。目の前のケーラツン馬鹿娘がピークちぱーちく囀るのを横に”学園”で習った事をなんとはなしに反芻し達。





 15年前の大崩壊。神が消滅した事でその魂とリンクしていた為に狂ってしまった5体の龍によって引き起こされたらしい災禍。惑星内の生存権の3割を消し飛ばし、ヒトの5割が亡くなったその災厄そのものは唯一正気を保っていた白龍ストラと神の領域から龍の領域へと零落し、かろうじで存在を保った人の小神サクヤによって龍達を遠く空の彼方へ封印する事によって1年ほどで収まった。

 その9年後、災厄から復興していた各都市を襲ったのが竜。嘗ては神の矛として力を振るった龍達の眷属である。

 雲海の如く押し寄せるワイバーン丁級竜兵に、それを統率するレッサードラゴン丙級竜兵。さらにそれらの上位に位置し、明確な意思と言葉を操るグレータードラゴン乙級竜兵。さらにはそれそのものがかつての国一つに匹敵する暴威であるアークドラゴン甲級竜兵。封印された龍達がその権能をもって”生産”していたモノたちが襲い掛かってきたのだ。

 ワイバーンですら人類種の一流所と変わらぬ性能を持つ奴らは、大崩壊の後それぞれ復興の兆しを見せていた各都市に来襲し、思う様に蹂躙していった。

 当然抵抗し、防衛に成功した都市もある。とはいえ、あくまで独立した都市なのだ。1度の軌跡が2度も3度も続くはずがない。何時かは崩壊する。

 しかし、1度防衛に成功したという事は2度目までにインターバルがあったという事だ。その間に都市は非戦闘員を逃がす余裕もあった。そして逃がす先は、遙か東の果てにあり、他の大陸と違い零落しながら神が存命であり、守護されていたがゆえに国として基盤を未だ保っている地、秋津であった。

 どうにか秋津に避難したい各都市と、自身もストラとサクヤ主導で竜に対する”切り札”を開発し、その戦力確保の為に幅広い人員が必要だった秋津。二者の利害は一致し、ここ6年間。各都市からの避難民を乗せた大型飛翔艇を秋津の戦力が支援するという図式が一般化していた。その支援作戦の第20次。それにレティとケーラは、直接護衛するのではなく、その護衛が危機に陥った際にそれを救援する遊撃部隊として従事していた。

 


 支援部隊は竜達に襲撃を受けた都市に向かい、竜たちの襲撃のインターバルを縫って避難民を大型飛翔艇何隻かに分けて収容。そのまま秋津の地まで護送する。竜達が雲海の如く存在するといっても世界も、空もそれ相応に広い。特上に運が良ければ竜の索敵に引っかからず秋津の”揺り籠”安全圏に辿りつく事も出来るらしい。そして辿りついたら終わりだ。遊撃部隊とは違い、休養となる。とはいえ常に気を張らないといけないので精神的には疲れるし竜の襲撃を受けた際はそれはもう地獄のような状況が待っている。

 対して遊撃部隊は、その地獄のような状況になっている支援部隊の救援だ。地獄をひっくり返さないといけないので当然のように疲れるし、地獄は割合どこでも存在する。少なくとも一つの戦場が終わったらそのまま次の戦場に輸送されるくらいには。とはいえ輸送されている間は休むことが出来るので支援部隊と違ってメリハリは効く。反面、作戦期間中は輸送機の中で過ごす事となるが。

 支援部隊と遊撃部隊。一長一短であるが少なくともレティは支援部隊の方がよかった。「既に帰還して風呂に入って羽を伸ばしている部隊もある」というのを知っているという即物的な理由であったが。ワタシ、ここ2週間シャワーだけなんだけどなぁ・・・。

 



「レティちゃん聞いてる!?」


「うんうん聞いてた。お風呂入りたいよねぇ・・・。」


「はぁ!?そんな話してないでしょ!?今は・・・南の水国にかつていた金の卵を産む鶏の卵は美味しいのかって話だったじゃない!!」


「へぇ・・・」


 レティは思った。ツン馬鹿娘ケーラ は凄い。勝手に話題が超回転してる。今もそうだ。レティのお風呂という話題から自分もお風呂に入りたい。そういえばどうやってお風呂って沸かされてるのかしら?もしかして、炎人がお風呂の蛇口の中に入っていてお湯を沸かしてるのでは・・・!?と明後日の方向にすっ飛んでいた。

 勿論お風呂は神術紋人の作り出した技術によって沸いているし、そもそも炎人という種族は大崩壊による環境激変で5大種族の中ではほぼほぼ絶滅しかけている。うーん。学園に入りなおした方がいいんじゃないかな?レティは深刻な顔をするケーラを前に笑みを深くした。


 そうしてケーラが炎人をしょっ引いてやると息を巻いた辺りでレティがツッコミを入れていると、二人の眼前に突然女性のシルエットが浮かび上がった。遠隔伝達術式によるオペレーターからの伝達だ。


「お疲れさまです。レティさんにケーラさん・・・何してるんですか?」


 立ち上がったレティがケーラのこめかみをぐりぐりしていた。少女として平均的な身長のケーラに比べレティのそれは頭一つ分高い。そのため胸元に抑え込むようにこめかみをぐりぐりとする形となっている。レティはニコニコ。ケーラは自分の胸と比べて圧倒的に豊かなレティの胸に押し付けられて悔しさのあまり顔を真っ赤にしていた。


「ツッコミを入れてます。」

「不当な暴力を受けてます!!!」


 静かな返しと声の高い返し。ここ2週間、専属として二人についているオペレーターにとってはもはや見慣れた光景。溜息をつく代わりに、彼女たち人類種にはない、エルフ特有の長い耳を震わせた。

 

 「それでじゃれ合うのをやめて頂けますか?あと10分ほどで戦域に到達します。そこからはお二人で急行してください。」


 「了解しました。それで、今確認している限りの味方戦力と敵戦力の内訳は?」

 

 涼やかな声。状況を確認するのはレティの役割だった。


「味方は飛翔艇戦隊が2。計30機。母艦が1。纏竜姫ドラグナーが6。そして救出人員が600名。こちらは100人ずつ6隻に分かれて飛翔艇に乗船し、護衛されていました。」


「一般的な編成ですね。纏竜姫のランクは?」


「隊長格2名が2000番代。他の人員が3000から4000番代前半です。」


「それなりにレッサーを撃破して順当にランクを上げている隊長に、実戦に出てある程度の経験を積んでいる部隊という人員構成・・・。よく見る構成ですねぇ。敵は」


「はい。ワイバーン丁級竜兵多数。レッサードラゴン丙級竜兵3。」


 と聞いた辺りでレティは眉根を寄せた。今しがた聞いた人員構成ならこれくらいの編成は問題なく撃退できるはず。総数が現状5000人弱存在する纏龍姫対竜戦闘の切り札。その纏龍姫それぞれが竜の撃破スコアに応じてランキングされている現状、隊長格の2000番台なら問題なくレッサードラゴンを撃破できる。他の4000番台だってそうだ。レッサーに梃子摺るのは精々4000番台後半、養成機関である学園を出た直後で、戦いそのものに慣れてないものでしかない。


「それで救援要請を送ってくるという事は・・・」


「はい。」


 オペレーターも察した事を察し、神妙に頷く。


グレータードラゴン乙級竜兵が、1です。」



 撃墜スコア1000番台でもないと到底太刀打ちできない相手の存在だ。この部隊では荷が重い。重いどころかその重さに潰れて全滅すらあり得る。今までの「数が多くてこちらにも被害が出そうだからどうにか助けてくれ。」といった内容の救援要請ではない。



「あー。それは、猶予はない、ね。確かその救難信号が出てから2時間。もっているかどうか・・・」


「レティちゃん。」


 ひたり、とケーラが茶の瞳で見つめてくる。グレーター程度に微塵も負けると思ってないかのような瞳。このツン馬鹿娘。普段は煩いくせにこういう時だけは静かだ。何時ものツン馬鹿ならともかく、この真っ直ぐでてらいのない瞳がレティは苦手だった。故に何時も目を逸らす。


「レティさん。今次作戦の輸送艇はこれで終了です。この救援が終わったらそのまま”リンドヴルムⅡ”に帰還。その休養を取るように、と指令も出ています。だから・・・」


 パートナー制。常に二人一組で行動している纏龍姫達の間の微妙な空気を感じ取ったオペレーターが話題を変えるように切り出した。


「戦域自体は安全圏までは距離的にも近い。・・・今から急行して全力戦闘、その後安全圏に入るまで纏龍時間は持つ・・・と。」


 改めてケーラを見る。変わらぬ輝きを放つ瞳。馬鹿は強い。馬鹿は強い。本当に強い。なにせ自分の意思を決して曲げないのだから。応えるように眉根を下げた笑みを浮かべる。後方に掛けていくケーラ。それを歩いて追うレティ。腰に掛けた鞘からおもむろに七色に光る短剣を引き抜いた。


「それじゃあ、いこうか。」


「よっしゃ!!やってやるわよ!」


「ご武運を。」


「ま、グレーター。それも奇襲仕掛ければどうとでもなりますから。」


 微笑みを浮かべオペレーターに返す。そのまま伝達術式で飛翔艇のパイロットに後部ハッチを開けてもらう。風がなびく。眼下に雲が見える。レティのかっちりと着たブレザーにミニスカートがなびく。ケーラのだらしなく着たブレザーがなびき、半ズボンがたなびく。


「さてケーラ。活動限界時間は覚えてる?」


「当たり前よ!!!レティがお風呂入ってる位の時間よね!!!!」


「・・・感覚派だなぁ。」


 実際1時間程度のなので間違ってはいなかった。


「さぁ、行こうか相棒」


「よっしゃ!行くわよ!」


 気合を入れる。レティはにこやかに笑い、ケーラは自信に満ちた笑みを浮かべた。


「では改めてご武運を。撃破ランク20位 一つとして偽りなしカレイドスコープ、レ―ヴァテイン・シュトラーサ、撃破ランク108位雷光転身ケラウノス、ケーラ・ウーノス。」


 その言葉に見送られ、二人してハッチから飛び降りる。風と重力を感じながら、それぞれがそれぞれの持つ短剣を、胸に突き立てる。


「「纏龍てんりゅう!!!!!」」


 掛け声とともに非物体と化した短剣の霊的な刃が胸の中に突き刺さり、術式が励起。魂の位階を第ニ位格ヒトとしての当たり前から第四位格竜の世界へ引き上げ、さらには周囲から霊子物理を超越するための燃料を汲み上げ、もっと先、第五位格選ばれた者の領域へと引き上げた。


 そのままは術式により衣類は一時的に炎人から学んだ技術概念系術式により非実体化。ドワーフと鍛えた術式土属性系術式によって強固かつ柔軟性のある特殊な衣服へ変化。耐衝撃に優れ、体にフィットしたレオタード型の服になる。その後は服の各部に竜のみが扱える絶対防御術式竜麟の応用によって形成された半透明の装甲が各所に配置される。レティは腰回りにスカート状配置され、さらには背中に羽のような装甲が。対してケーラはスカート状に装甲される程度でシンプルに。


 そのまま地面へ落下するままだった体をエルフより教えを請うた術式風属性系術式による疑似的な天候操作で風を起こし制動。人魚に恵まれた術式水属性系術式による身体そのものの強化を行いつつ、それぞれがこれもまた竜麟で形成された武器を取る。ケーラのそれは杖だった。先端部より伸びた二つの腕部で宝珠を挟む形のもの。対してケーラのそれは肉厚ながらシンプルな逆手持ちの二対のナイフ。


 そして二人の背に幾重にも円が重なりあって出来た幾何学的な半透明の翼が形成される。第四位格以上でないと扱えない、人類種によって編み出された竜の特権竜神術を扱う為の人の技術神術紋、仮想補助術式翼だ。


 術式翼を展開し、纏龍が完成した。


 

 そう、これこそが纏龍姫ドラグナー。特殊術式兵装、”竜爪”により一時的に魂の位格を引き上げ、本来ならば第三位格が限界の人の魂の位格を最低でも第四位格まで引き上げ、竜しか扱えない強力な竜神術を人も扱えるようにすることで竜と対抗できるようにした「対竜戦闘の切り札」。

 その特性から現状、主に15歳から18歳の少女しか扱えぬ力。「龍を纏う姫」。

 その中でも一般的な第四位格を飛び越え、第五位格に至り、竜を倒しに倒してトップランカーに至った二人が、纏龍を終え戦場の方向へ目を向けた。

 レティは黒地に所々赤と金があしらわれた装束、ケーラは青の装束をそれぞれ身にまとい、術式翼の補助を得て、風を操って滑空しか出来ない風属性術式から、完全に重力を無視したかのような高機動戦闘が出来る竜の飛翔術式を起動。今まで自分たちを輸送していた飛翔艇をあっさり追い抜き、戦場にかけていく。


「とりあえずグレーターの処理。どうする?レティちゃん。」

 

 厳しい顔と厳しい声だ。さもありなん。この段階で既に避難民に被害が出ている可能性だってあるのだ。ましてやグレーター。竜の咆哮で既に壊滅、といった事も在り得る。素人では決してない。それどころかある程度経験を積んだ纏龍姫の部隊すら脅かす脅威にこともなげに、


「いつも通りでいくよ。」

 

 レティは返した。一瞬前とは打って変わって


「よっしゃー!沢山竜ころがして護るぞー!」


 ケーラの元気な声が空にとけていく。


「ところでレティちゃん。」


「何かな?」


「なんでアンタと私って食べてるもの違うくないのに、アンタだけそんな胸がでかくなるの。あと身長も。不公平じゃないこれって?せめてお詫びに胸位くれたっていいと思うの。」


 レオタード状の服。そうであるが故に強調された胸をジト目で見てケーラが言い放った。


「今それを言える神経が凄いよねぇ・・・」


 行く先には戦場。けれど全くそれが日常であるという風に、二人の姫は空を裂いて、舞踏の場へと一直線に向かっていった。

 

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纏龍創星のレーヴァテイン みども @haze0616

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