纏龍創星のレーヴァテイン
みども
魂心祈願の運命模倣
1.始まりは一つの嘘から
地獄の中で、少女が1人。終わりの時に抗うかのように彷徨い歩いていた。
辺り一面が炎に包まれ、人も物もありとあらゆるものが焼け焦げている中、どうにか炎を避けて歩く少女が未だに生きているのは、ただただ幸運。そうと言う他ない。
体の至る所に傷をつけ、纏う服も襤褸となって裸足のまま彷徨い歩く。小柄な体はふらつき、足裏からも血を流し、金の髪も至る所が焦げていた。
まさしく死に体。当たり前だ。大人ですら炎に巻かれれ死んでいくこの地獄、ましてや9歳でしかない彼女が生きていける道理はない。けれど蒼の瞳は力強く、「歩けばこの地獄から逃れられる」とでも言うように前を見据えていた。
そう、終わる。この地獄は終わる。その確信が少女にはあった。だってこんなに辛いのだから。頑張れば、耐えれば、この辛さからは逃れられる。自分は運がよかった。この地獄の中で炎に襲われなかった。それだけでも運がいい。だから、この地獄から逃げる事が出来る位運がいいのだ。
その証拠に・・・ほら、今どこかで誰かの悲鳴が聞こえる。きっと命が終わったのだ。でも自分はまだ此処に、ある。
そうして口元をわずかに上げた少女の眼前に、唐突に命の終わりが舞い降りた。
大質量の物体が地面に強引に着地した衝撃で、少女は尻もちをついた。衝撃と共に吹き荒れた突風で辺り一面の炎が消し飛んだ事で、しりもちをついても炎に巻かれることはなかったが、その幸運をかみしめる余裕など少女にはなかった。竜が、赤い竜が眼前に、居る。
竜。この都市、ウートガルズに大挙して押し寄せ、一瞬にして火の海に変えた元凶。更には9年前、大陸の3割と人類の5割を消滅させた大崩壊の原因たる六大龍の眷属。
爬虫類のような鱗に長い胴体。力強二本の足で自立し、広げれば翼となる両手を今は畳み、この地獄を運よく生き残った少女をさして興味もなさそうに観察していた。全長は
どうして。どうして?先ほどまで生に溢れていた瞳は恐怖に揺れ、ただただ混乱していた。今先ほどまで自分は生きていた筈だ。なのに、なのに今では死のただなかに居る。竜が吐息を吐く。鉄錆びた匂いが顔にぶち当たる。嗤っていた。小さな命が恐怖に怯えるその様を竜が嗤っていた。蜥蜴のような顔を歪ませ、血にまみれた牙を見せて。
ワイバーンは個体数が一番多いが故か個々の知能はさして高くない。故にただただ「ヒトの営みを壊し、ヒトを滅する」という本能に忠実だった。
さぁ眼前のこの雌を喰らおう。大きく口を開け、勢いよく襲い掛かった。へたり込んだ人間種の雌は動けまい。これでしまいだ。そうして、竜の咢は勢いよく空を喰らった。人間種の雌が、腰が抜けたままでありながら、ずり下がって避けたのだ。
それは恐怖のあまりにでた火事場の馬鹿力だったのかもしれない。もしくは先ほどまで少女の中で煌々と燃え盛っていた生への執着の残りかすだったのかもしれない。いずれにせよ少女は後ずさり倒れ、竜は少女を喰い損ねた。数瞬命が伸びた。絶望の中、僅かな安堵の溜息。そして恐ろしい咆哮。
ああ、と叫びをあげる竜を見て今度こそ少女は諦めた。自分はここで死ぬ。自分の運の良さはここで終いだ。自身の予想が外れたことがよほど、癪に障ったのだろう。竜はもはや食い殺そうとせず、全身の鱗を光らせこちらに口を向けた。口腔の中に収束していく灼熱。熱を持った破滅。
ここで終わる。どうにか腰砕けになって出来た抵抗は食いつこうとする動きを一度、避ける事が出来たくらいだ。無意味だった。今度こそ死ぬ。せいぜいが苦しまない事を喜ぼう。あの炎を浴びればばきっと、一瞬で灰になる。食い殺されるよりずっとましだ。
拳を握り、僅かに口元を上げ、炎がこちらに照準した瞬間、銀の閃光が走り、そして竜の首が絶たれどこかに飛んで行った。命の終わりが崩れ落ち、代わりにカミサマが現れた。
「え?」
少女は、つい今しがた生をあきらめた少女はただ呆けた声を出す他なかった。竜の形をした死がどこかに行き、眼前には
年の頃は13歳程だろうか。体を包む服は不思議とぴったり張り付いていて、その華奢な線を浮き彫りにしてた。下着はなく、水着のようなその服装に腰や背中に鎧のような、灰色で幾何学的な装甲を纏い、右手にはこれもまた灰色の材質で構成された太刀を握っていた。
辺り一面の地獄を解さないかのように静かに揺れる豊かな銀の長髪に、周囲の炎のように激しく燃え盛るかのような鮮烈な赤の瞳。
焼け焦げた人や瓦礫。そして今しがたの竜。もはや死に溢れたこの場所で、舞い降りた生にと力に溢れた存在。炎に巻かれて襤褸を羽織る金髪の少女にしてみれば、その佇まいはまさしく伝え聞いた
そして在り得ぬものだからこそ、少女はその美しさに一目ぼれした。
「ごめんなさい。」
そうして少女が呆けている内に、
「あ・・・え、っと」
少女は混乱した。だって自分は命を救われたのだ。こちらがお礼をこそ言ったとして、なぜ謝るのか分からない。混乱が口をつぐませる。
「私は、グラムだ。グラム・クライン。君は?」
「レティ。レティ・・・です。レーヴァテインっていう名前で・・・」
「縮めてレティ、か」
「はい。」
受け答え。
思わず俯き、その様を見たグラムは眉根を寄せ、再び謝罪の言葉を口にした。
「ごめんな・・・さい。君はもはや一人なのだろう。」
この、炎の地獄を少女が1人でさ迷い歩いているのだ。本来なら家族と逃げているべきところを。グラムにとって、今眼前の少女が1人で自分の目の前に居るという事実は、逆に「彼女以外の家族」の末路をありありと想像させた。
苦しみを伴った声に、だがレティはそのグラムの言葉の意味が理解できず、じっと見据え、自分が右手に何かを握っている事に、その時初めて気付いた。写真、だった。
「それが、君の両親?」
グラムの問いかけ。握っていた写真は、若い男女が微笑み寄り添う写真。
「あっ・・・その」
レティが掠れた声で答えに窮していると、
「私。私のっ!私のせいで・・・っ!ごめんなさい。君の、君の両親を・・・!」
それまで静かな雰囲気を漂わせていたグラムの声に感情が宿り、そしてその瞳から涙が溢れていた。
ああ、レティはその涙を見て、やっと現状を理解した。そうだ。そうなのだ。そういう事だ。自分は独りなのだ。そして彼女は、眼前のグラムは。美しい人は、自分の現状を憐れんで、心の底から謝っている。でも、貴方のせいではないのに。グラムの頬を涙が伝うのを見て、レティの胸にも感情があふれ出た。ああ、そうだ。貴方のせいではないけれど、貴方が美しいから、貴方に私を焼き付けたいから。
涙を流すグラムを前に、レティは一つ、嘘をついた。
この後、レティはグラムによって救出され、竜の侵攻を免れている唯一の国、秋津に保護される。その日のうちにウートガルズは破棄され、まだ数年は先と言われていた竜の大群による大侵攻の開始を各都市に知らせる事となり、そして人類種の生存圏を一つ、後退させる事となった。人歴1824年。6年前の、話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます