第22話 幻想のフラワーガーデン
イラストコンテストに応募するにあたって、必要なことがある。
まず、モチーフを決めることだ。
そして、その次は資料集め。
カズキは今回のイラストコンテストには並々ならぬ気合いを入れており、入れすぎたがゆえにその最初の一歩から難航している。
「むぅ……」
アジトの二階、
とは言えモチーフを置く小さな机と、カズキの体格に合った椅子、それから道具を一時的に置くサイドテーブルくらいのものであるが。
そんなものでも無いのとあるのとでは気の持ちようが違う。
自分の砦があるという安心感、それは確かにカズキにとって
おかげでロクとの合作である杖のデザインも仕上げまで持っていくことができて、現在はロクの作業待ちという状態だ。
そのため今はイラストコンテストの作業に注力できる……のだが、前述のとおり行き詰っている。
「煮詰まってるね。ちょっと休憩したら?」
後ろから優しげな声がかかる。
振り向くとスピカがゆっくりとした足取りで歩み寄ってきた。
「そうだなー。欲を言えばロケハンというか……あちこち巡ってインスピレーションを得たいところなんだけど。俺一人だと難しいし、自分本位すぎて誰かに協力を頼むのも申し訳なくて」
「ふーん……私で良ければ付き合うよ?」
スピカはアイテムインベントリから小さなカップケーキを2つ取り出して、「どうぞ」と言いながら机に置きつつよそから椅子を引き寄せる。
ロケハンを手伝ってくれるというのは非常にありがたい申し出だが、カズキは苦い顔をした。
「めちゃくちゃありがたいけど、まず本当になんのビジョンも固まらないんだ。こんなの初めてで、俺もどうしたものかって悩んでる」
今まで自分が描いてきた絵画は、だいたい人物画や静物画、建物の並ぶ風景などであった。
しかしこうしてゲームのイラストコンテスト用となると何を描けばいいかとんと解らなくなってしまっている。
「そっか……一度原点に立ち返ってみたらどう?」
「原点?」
一階で淹れてきたのか、続けてインベントリから紅茶のカップを取り出すスピカ。
迷いなく発された『原点』という言葉をオウム返しに尋ねると、彼女はひとつ頷いてこう続けた。
「私の持論だけど、表現者は表現したいものを最大限理解する必要があると思うの。だったら今回のイラコンで言えば、エンオンそのものと、与えられたテーマを咀嚼して理解しなきゃいけないんじゃないかな?」
「テーマ……『あなたの感じた
「そう。カズキはエンオンで何を感じたの? 何を感じたいの? ……そこを見つめなおせば、モチーフも決まるんじゃないかな」
なるほど、と顎に手を遣る。
スピカの厚意に甘えて紅茶に口を付けると、グッドスリープが淹れたものとは僅かに違う香りがした。
熱く香ばしい紅茶はほどよく頭の整理を助けてくれる。
「私はほら、コスプレイヤーなんだけどさ。コスプレするときってやっぱりそのキャラのことを理解して歩み寄らないとダメなの。このキャラは、何が好き? 雨が降ったらどう感じる性格をしてる? 動物は好き? とか、そういう些細なところから仕草に違いが出るの。そしてそこを表現してキャラになりきることに、私は楽しさを感じるんだよね」
「深いな。コスプレってそこまで考えてやるものだったんだな」
「もちろん、ただ同じ格好をするだけでテンションが上がるってのでもいいと思うよ。私も最初はそうだったから。でものめり込んでいくうちに、私は私の身体で別の人間を表現する楽しさを知った、ってところかな」
スピカのコスプレに対する持論は初めて聞いた。
彼女は
そのあたりの姿勢というのは本人が発信しないと広まらないし、おそらくスピカはそのスタンスを強く主張していない。
だから誤解が生まれてあらぬ疑いで批判を受けたりしているのだろう。
それはとても切ないことに覚えたが、あまりにも繊細な話題なのでここでは口を噤むことにした。
「『あなたの感じた』……か。俺は、やっぱり最初に見た
「なるほどね。じゃあ、
「それだけじゃ芸がないから捻りたい……と言いたいところだけど、奇を衒わないほうが、俺らしいかもしれないな」
もうひとつ、印象に残っていた風景はある。
以前アマリとシックと一緒に訪れた神罰領域アイレドーラの荘厳で神秘的な雰囲気も非常に絵になると感じた。
だがあまりにもさっぱりとしすぎた造形はイラストコンテスト映えしそうにないというのと、ロケハン難易度が高いことから有力度はやや落ちる。
「あとはもうカズキがどうしたいか、だよね。カズキがすごく硬派な画家だった……っていう私の想像から言わせて貰うけど、今回のイラコンで描く絵はエンオンの世界観を『借りた』絵なの。カズキだけで完結した作品にはならない。エンオンを理解して、愛して、そのうえでカズキが表現したいものを上手く乗せられたら……良いんじゃないかな?」
「エンオンの世界観を、借りる……」
そう言われてはっとした。
モチーフが決まらない理由の一端を見つけてくれたような気がしたからだ。
「ありがとう、スピカ。ちょっと光が見えた気がしたよ」
「いえいえ。私、カズキのことは見てて楽しそうだと思ってるから応援したいの。……あ、気を悪くしたならごめんね?」
「いや、構わないよ。実際エンオンで絵描きを目指すなんて相当奇特みたいだしな」
正直なことだ。
にこにこと笑って『見てて楽しそう』と言ってしまえるあたり、スピカらしい。
すぐにはっとなって口に手を遣ったが、カズキは特に気にしていなかった。
小休止として、「頂きます」と手を合わせるとカップケーキに口を付ける。
ふっくらとした歯触りは口の中で解けて、アクセント程度に入っているのはどうやらくるみのようだ。
このゲームの中で手に入れた食材だろうから厳密にはくるみではないかもしれないが、だとしてもくるみに酷似した何かのナッツだろう。
「美味しいよね、これ。知ってる? うちのアジトの近くに『トリッキィ』の支店が出来たの」
「あぁ、『トリッキィ』……シックのシュークリーム事件のあれか」
シックがシューラから『トリッキィ』のパンプキンシューを100個まとめて譲られたことは『トロヴァトーレ』内でもちょっとだけ話題になった。
あの後本当にほとんど一人で全部食べてしまったというから驚きだ。
スピカもやはり女子で甘いものが好きだからか『トリッキィ』のことは知っていて、たまに寄ってお菓子を買っているらしい。
「カップケーキ、材料も手に入りやすいし製菓スキルとしてはかなり初期から作れるレシピなんだよね。そのおかげで作れるスタッフが多くて量産が利くから、なかなか売り切れないでいてくれるんだけど、こんなに美味しければこれだけでも通う理由足りえちゃうところがほんとにすごいなって」
「ふーん、ってか、なんで『トリッキィ』のお菓子はそんなに人気があるんだ? 同じ材料と同じスキルレベルがあれば同じものを作れるんじゃないのか?」
「……カズキってリアルでも料理しない人でしょ……」
いやそんなこと言われましても。
実際リアルにある牛丼屋やらハンバーガーショップなんかはどこで食べても同じ味なのだから、そこまでおかしなことを言ったつもりはないのだが。
「エンオンのスキルはあくまで『補正』なの。つまり、結局のところはその人の持つ技術が全く反映されないわけじゃなくて。火加減とか、混ぜ方とか、そういうので個性が出てくるんだよ」
「へぇー……」
「絶対解ってないでしょ? たとえば絵で言えば、同じ筆と同じ絵具を使って同じ角度から見たリンゴを2人が描いたら筆跡まで全く同じになりますか? ってこと」
「あぁ、そう言われると解りやすい」
「やっぱり解ってなかったー!」
珍しく頬を膨らませるスピカを見て、思わず破顔する。
その後少し『トリッキィ』について会話を弾ませた。
『トリッキィ』は独自のルートで良い素材を仕入れているので、その素材が調達できる環境にいないヤミーやグッドスリープではいくら高い料理スキルを持っていても再現は難しいらしい。
そのあたりはギルド単位で製菓に取り組んでいるゆえの強みということだろう。
にしても、パティスリーやレストランをいくつも開いているギルドとはよく考えたものだ。
いくら食べても太らないこのゲームで、美味しいものの需要がないわけがない。
そこに目を付けたのか、それとももともと料理が好きな集まりだったのかは解らないが、『トリッキィ』の方針は
「スピカはこの後暇なの?」
「うん、特に予定はないよ。どるちんでも誘ってお茶しようかなって思ってたとこ。どるちんのぶんのカップケーキも買ってあるの」
「優しいな。……もし良ければちょっとだけロケハンに付き合って貰えないか?
「良いよ。もともとそのつもりで声かけたんだしね。ただ、一つだけ言わせて貰って良いかな?」
何だろうか。
こういう時にスピカの言うことはわりと有用な意見であることが多い。
絵描きとコスプレイヤー、形は違えど表現者としては物の見方が近いのだ。
スピカはメニューを呼び出すと、アイテムインベントリを操作する。
そこから出てきたのは、葉書くらいのサイズの額縁に収まった写真のようなものだった。
「レイクファイド周辺の
そこに写っていたのは、色とりどりの花を背景にはしゃぐようなポーズをしたスピカ。
ほぼ写真と変わらないクオリティで、なるほどこれが
揺れる髪、無邪気に笑って振り向いている構図、その可愛らしさに思わずどきりとしてしまう。
「ここね、たぶん運営もそのつもりみたいで。エネミーもあんまりポップしないし、光もよく当たるの。カズキが描きたいのは風景みたいだから、ちょっと的外れかもだけど……」
「いや、知らなかったしすごくありがたい情報だよ。綺麗な景色ってのはそれだけに絵になるし、たぶん俺はこの光景を実際に目にしたらもっと感動すると思う」
じゃあ、行ってみる?
スピカのその一言で、目的地が決まった。
スピカと話したことで一気に描きたい絵のイメージが具体的になってくれたので、感謝するばかりだ。
エネミーが湧かないのでレベリング目的の初心者もほとんどおらず、
「……わぁ」
開けた平原に、たくさんの花が咲き乱れている。
赤、黄色、オレンジ、青……大ぶりな花びらのものから、小さな花びらの集まったものなど、花だけでも相当の種類がある。
花の蜜が香るのか、どこかから甘い香りすら漂ってきた。
ゆるい風が草葉を揺らし、背の高いものがなく空がよく見える、実に気持ちのいいところだ。
こんな光景はリアルではそうそうあり得ないだろう。
これもまた、
だんだん解ってくる。
『あなたの感じた
あり得ないほど美しい光景、それを見て感動することが出来る。
VRMMOという媒体だからこそ出来る体験、そこに自分は価値を感じるのだと改めて思った。
夢のように美しい光景がまるで現実のように目の前に迫ってくるということ。
しかしやっぱりこれは現実ではなくて、
――そうだ、やっぱり俺は、これを絵にしたい。
「じゃあ、このへんでいいかな」
「うん、周り見てるね」
スピカには、あらかじめスケッチしておきたい意図を伝えてあった。
アイテムインベントリから携帯用の椅子とイーゼル、そしてスケッチブックを取り出すと腰を降ろす。
スピカはとりあえず弓を持ったまま、近寄るエネミーがいないか周囲を警戒してくれる。
時折花に近づいて、色々な花を個別にスケッチする。
色鉛筆で着色し、どのような形状の花かをしっかりと写し取った。
リアルでは見たことがない花のような気がする。
花の絵は何度も描いたが、記憶のどこを引き出してもこんな花は見たことがない。
そうして全体的な風景と、ピンポイントなモチーフをいくつか描き終えたところでスピカに声をかけてアジトへと戻った。
「……うわ、カズキ。今日はスピカさんと一緒なんだ……浮気じゃん……」
「人聞きの悪いこと言うな」
たまたま目の合ったシックにぼそりと呟かれたが、事実無根の暴言を吐かれたのでこつんと頭を小突いておく。
そっと振り返ったがスピカには聞こえていなかったらしく、不思議そうな顔をしていた。
おそらくシックは、ロクもそうだが自分とアマリが恋仲だと思っている。
もちろんそんな事実はどこにもないし、ただの友達なので変な誤解はしないでほしいのだが。
以前アマリがシックに対して口にしていた『あの子』の存在もあることだし、シック自身が
「改めてありがとうな。今日見た風景と、描いたスケッチでなんとか形にできそうだ。もしその後詰まりそうだったらまたロケハン手伝ってくれると嬉しい」
「うん、構わないよ。もし私の協力が必要だったらいつでも声かけてね」
「逆にスピカがもし俺の力が必要だったら、それも遠慮なく声かけてくれよな。……まぁ、そんなことそうそう無いと思うけど」
こうして快諾してくれて協力してくれる仲間がいるというのはなんとも心強い。
ここで『じゃあ私を描いて欲しいな』と言わなくなったあたり、スピカも距離感を心得たようだ。
とはいえこれだけ世話になっているのだから、スピカを描くのもやぶさかではなくなっているのだが。
この件についてはお互い綺麗に清算出来ていないわだかまりに似たもどかしさがあるような気がする。
無論それをこちらから提案出来るほど、カズキも気は強くない。
その日はそのまま解散して、夕食を摂る前にログアウトした。
リアルで多少構図のアイデアを描き殴る。
本格的な作業に入ったのはその次の日からだった。
予めイラストコンテストの要項通りのサイズで製作を注文していたキャンバスをイーゼルに立てかけ、鉛筆でラフを描いていく。
あとはそのまま無心で進めるだけ。
資料が手元にないので記憶を頼りになる部分も大きかったが、テーマは『あなたの感じた
つまり、記憶や妄想が介在することはなんら悪いことではないと解釈する。
むしろ、自分が感じたものを表現するのならばそういった想像や妄想こそ積極的に吐き出すべきだとすら思っていた。
着色に入って少し経つと、ギルドメンバーが様子を見に来ることが増えた。
それについて頑張れだとか、凄いだとか褒めて貰えるのはやる気に繋がったが、どうやらショウが一言言ったらしい。
数日で落ち着いて、声をかけてくるのはアマリやロクなどの特に親しいメンバーだけになった。
後にアマリから聞いたが、ショウは『本気で取り組んでいるようだから、邪魔をしないであげてほしい』と言ってくれたようだ。
「……よし」
完成して、まずはアマリに連絡を取る。
一階でグッドスリープとお茶をしている彼女に
「……これで完成ってことにしようと思うんだけど、どうかな」
「うん、……うん。いいと思う。すごく」
キャンバスを見たアマリが、どこか感慨深そうに頷く。
カズキが描いたのは、スピカと一緒に訪れた花畑。
それと、初期装備のプレイヤーだ。
これは見ようによってはカズキに見えるかもしれないし、見えないかもしれない。
大事なのは、『初めて
だから、カズキは想像で初心者プレイヤーを生み出して、脳内に刻まれた風景に存在を付け足した。
風を受けて靡く髪と服。
花の香りがこちらまで漂ってきそうなほど、緑の絨毯に散らばった鮮やかな色彩。
そして、抜けるような青と、そこに浮かぶもこもことした雲。
あとはこれを画像データに変換する必要がある。
変換作業については
そのギルド探し自体はショウのツテを頼らせて貰った。
撮影したデータをオフラインで貰って、あとはそれを
――俺は、この1枚で勝負する。
これでもし、なんらかの賞に引っかかることが出来れば。
僅かでも、俺は俺を取り戻すことが出来るような、そんな気がするから。
XYZ ONLINE 梶島 @y_sayama
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