第21話 それぞれの人生の歩き方
アマリに言われてその存在を知ったカズキは、すぐさま公式サイトにアクセスして概要に目を通した。
――『あなたの感じた
テーマはこれだけ。
シンプルながらも抽象的で、想像の余地があるな、というのが真っ先に抱いた感想。
おそらく、投稿されるのはユーザーをイラスト化した、いわゆるキャラ絵が多いだろう。
だが、カズキはどちらかというと
それが吉と出るか凶と出るかは解らない。
ただ、テーマに沿って、カズキが感じる
「……まぁ、それは応援するけどよ?」
という話を、次の日ログインしたらたまたま出くわしたロクにしてみたのだが、ロクはなにやら難しい顔をしている。
コーヒーが飲めないロクは、ホットココア……と言うよりチョコレート飲料のような、
その香りはチョコレートに酷似しているが、やや香ばしさが強く、甘ったるいコーヒーにも似ている。
その向かいでブラックコーヒーにふうと息を吹きかけつつ、カズキはロクの言葉に耳を傾けた。
「武器のデザインは先に仕上げて貰えないか? そしたら俺が鍛えてる間に、イラコンの絵を描いてさ。スケジュールは明確にしておきたい」
「そっか……それもそうだな。イラコンの締め切りもそこまで厳しくはないし……解った。杖のデザインを先に確定させよう」
「あれもやってこれもやってって欲張りたくなるのは解るけどな。なにせこのゲームはやれることが多い。ただ、二兎を追う者はなんとやら、だろ」
その言葉には苦笑を向ける。
確かに
もうひとつの人生を、と掲げるだけのことはあって、あらゆるコンテンツを極めようとすると途方も無い時間と気力を要求されるのだ。
つまり、リアルの人生同様何に注力するかは絞って努力した方がいい。
ゲーム性としてスキルによる補正が受けられるのだから、リアルとはまた違うライフスタイルを選べて、そして運営もそれを推奨しているというわけだ。
「やぁ、こんばんは」
優しく柔らかな声が耳朶を打つ。
目を向けると、ショウがひらひらと手を振りながら近付いてきた。
シューラもその後ろに続いていたが、彼女はこちらにちらと目線を寄越したかと思えばすぐに興味を失ったかのように目線を外す。
コーヒーメーカーをセットしつつ、ショウは楽しげに呟いた。
「どう? そろそろ
カズキが
マスターとして、初心者のカズキを気にかけてくれていたらしい。
「ん」
「……え? あ、ありがとう」
シューラはアイテムインベントリから取り出したのか、小皿に乗ったシュークリームを寄越してきた。
あまりに素っ気ないので反応が遅れたが、礼を述べつつ受け取ってみる。
ロクは慣れているのか、既にシュークリームに口を付けていた。
「そうだな……慣れたと言えば慣れたかな。エンオンでやりたいことも見つかりつつあるし、絵を描く感覚もだいぶ養われたと思う」
「イラコンか。……僕は絵のことはよく解らないけど、芸術は明確な点数化が難しいものだからね。カズキくんの感性が、審査員の目に留まることを祈るよ。ああいや、応援してる、とだけ言うべきかな? ここは」
その言葉に、少し気になるものを感じる。
素早くギルドメンバーリストを開き、アマリがログインしていないことを確かめると、カズキは口を開いた。
「絵のこと『は』って、絵じゃない芸術なら解るってこと? 例えば音楽とか」
これはある意味ショウのリアルに触れる話だ。
彼が
だが、もうひとつの人生として音楽を選んでおり、補正を受けられるから
ショウはコーヒーを2つのカップに注ぎ、それぞれ自分とシューラの席に置くと椅子に腰を降ろした。
「そうだよ。うちが僕のリア友の集まりから始まったギルドだって話はしたっけ」
「うん。確かヤミーさんとかも、そうなんだったよな」
「実は僕ら、バンドやってて。大学時代の音楽サークルの知り合いとか、演奏させてもらってるカフェのマスターとか、そういう繋がりなんだ」
そう言ったショウはどこか照れ臭そうでありつつも、声は弾んでいる。
これは、楽しい事を喋る時の人のテンションだ、とすぐに察しが付いた。
なので、ショウのことも知りたいし、彼の話を続けて貰うことにする。
「すーちゃんは大学時代の後輩で、付き合って、そのまま。ヤミーはカフェバーのマスター。ぐっすりさんはヤミーの友達で、ヤミーが誘って始めたんだよね」
さりげなくシューラとの馴れ初めを暴露されたが、というかリアルでも結婚していたのかここは。
ショウはともかくシューラの人間性については未だに掴めないところがあるが、ショウがこれだけ心を開いている相手なら悪い人ということもないだろう。
「ロクは?」
「俺はレイに誘われて。レイは確か、誰だったか……たまたま知り合ったんじゃなかったっけか」
「レイくんはそうだね、野良パーティからだったと思う。ダウザーは必要だしね」
なるほどなー。
つまり、繋がりが繋がりを生んで、偶然の出会いがこうしてまとまってひとつの組織になっているのか。
そう思うと、なかなか凄まじい集団の中に居る気がしてきた。
「カズキはアマリだろ?」
「そうだけど……なんか若干含みがあるのは気のせい?」
「いやぁ、カズキが入ってからしばらくニコイチ状態だったじゃねーか。最近子離れしたみたいだけど。……ここだけの話、ホントにアマリとは偶然知り合ったのか?」
……本当にたまたまだったのだが。
カズキからしても、初めて知り合ってなおかつ向こうから世話を焼いてくれるアマリには頼りやすかっただけだ。
だがロクは珍しくアマリとの仲というか、関係を穿ってくる。
「ほんとに偶然だよ。言っとくけど、アマリのリアルについてとか本当に何も知らない」
さすがに、ちらと聞いたアマリの過去については触れない。
話せばアマリの信頼を裏切ることになるし、ここでロクに話す理由もないからだ。
「ふーん……」
「逆にアマリはなんでここに入ったんだろうな? βからのメンバーなんだっけ」
「それは……僕よりすーちゃんのほうが詳しいかな。女子同士の話だしね」
そう言って、ショウはシューラに目線を配る。
いつのまにかシューラは何個も黙々とシュークリームを食べていた。
好きなのだろうか? それとも作り過ぎたか貰いすぎたか。
せっかく貰ったので、カズキもシュークリームを食べてみることにする。
よくよく見るとクリームはオレンジがかった色をしていて、齧るとほのかにかぼちゃの優しい風味がした。
なるほど、ハロウィン仕様。
濃厚ながらもしつこくないクリームは絶妙で、シュー生地のサクサク感と合わせてなんとも言えないハーモニーを生み出している。
丁寧に裏ごししたのだろう、なめらかなクリームは舌触り良く、口の中でふんわりほどける自然な甘さだ。
「アマリは……私がソロで狩ってた時に声かけてきて。色々勝手に話してきて。私がサポーターと解ると入りたいって言ってきたから入れといた」
……女子同士の話とは?
ロクは俯いて肩を震わせている。
あ、笑ってるなこいつ。
「つまり押し掛けてきた的な」
「言い方が悪いよ……」
そう咎めてくるショウも若干笑っている。
アマリがかなり押しの強い性格なのは、この2ヶ月でいたく理解した。
おそらく、支援型ステータスをしたシューラが一人で戦っていたのを見て世話を焼きたくなったのだろう。
そしてシューラが聞いているいないに関わらず色々話して、シューラがサポーターであるという情報を引き出した。
逆に聞きたいのだがシューラ相手にどう話題を転がせばサポーターである事実を知ることが出来たのだろうか?
「んまぁそのあたりは女子特有のフィーリングみたいなもんじゃないかな」
「そんなもんなのか……?」
ショウもこんな適当な纏め方をすることがあるとは思わなかった。
しかしよくよく考えれば、今のショウはギルドマスターとしてではなく個人として談笑しているわけで、であれば発言に重い責任を持つ必要もない。
となるともしかしたらこちらのほうがショウの素に近いのかもしれなかった。
「やめとけやめとけ、考えるだけ無駄。女ってのは根本的に野郎とは脳の仕組みが違ぇんだよ」
「だってさ。すーちゃん何か反論ある?」
ひらひらと手を揺らして女性を一絡げにしたロクの発言について、笑いながらショウがシューラに意見を伺う。
シューラはシュークリームをもこもこと食べつつ、飲み込むとロクを見た。
「男女関係なくみんな同じ思考回路してたらそれはそれで怖くない?」
「怖いね」
「怖い」
「怖いな……」
うーん、だんだんシューラについても解ってきた気がしなくもない。
ササミは言っていた、『こういう人だから』、と。
恐らく、シューラは本当に悪気が無い。
ありのまま、思ったままを素直に言ってしまうだけで、そしてその価値観がやや鋭すぎる。
その鋭さゆえにキツく聞こえる時もあるが、間違ったことは言っていないはすだ。
そこでそれをショウが柔らかくフォローすることで、上手いこと鋭さと丸さの調和が取れているのかもしれない。
「話戻していい? バンドってことはシューラも楽器弾けるのか」
「私は裏方メインだった」
「すーちゃん、歌はすごく上手いんだよ。ただあんまり人前に出るのが好きじゃないんだよね」
ショウのバンドについて話題を戻すと、どうやらシューラはメンバーとして活動していたわけではないようだ。
ショウが補足した歌うのは好きだが人前には出たくない、という気持ちは解らなくもない。
カズキだって、描いた絵を披露するのが気恥ずかしい時期があったからだ。
「あ、ちなみにバンドと言ってもロックじゃないよ。チェロとかアコーディオンとかそっちね」
「バンドっつったら普通ロック想像するよな」
「うん、俺もてっきりステージでギターじゃかじゃかやるのかと」
「あはは……キーボードです……それに今はもうふんわりした繋がりだしね。 たまにヤミーんとことかで集まって呑んだり演奏したりってとこかな」
ロクはショウのバンドについて知っていたらしい。
だがカズキも確かにロックバンドを想像していたので、イメージの作り直しに首を傾げた。
ロックでなくともバンドと呼べるとは知らなかったのだ。
それにしても、学生時代の繋がりがふんわりでもいまだに続いているというのは少し羨ましくある。
自分は――と思いかけて、心の中に少し暗澹としたものが滲むのを感じた。
この気持ちを悟られまいと、コーヒーカップを持ち上げる。
ブラックコーヒーの芳醇な苦味が喉を駆け抜けた。
「あのぅ……」
そこに、小柄な影が近付いてくる。
シックだったのだが、シックはおずおずとシューラに近付いた。
「ご歓談中すみませんけど……それ……『トリッキィ』の『パンプキンシュー』……ですよね?」
「食べる?」
シューラではなくショウが返事して、それと同時にシューラは新しいパンプキンシューをインベントリから取り出してシックに差し出す。
シックはそれをまるで高級品かのように両手で受け取ると、わなわなと震えだした。
「なんっ……なん? なんで? なんで『トリッキィ』の期間限定スイーツが無限に出てくるんですか!? 何故!?」
「試作品だから」
なんとなく話が見えてきた。
シューラが先程から無限に食べているこのかぼちゃのシュークリーム。
どうやら有名な店の期間限定発売商品のようだ。
ただし、試作品。
シューラはなんらかのルートで試作品を大量に手に入れたか……いや、
「試作品っ!? なおさら何故ですよ!? ホワイホワイ!? なんでそんなものを大量に抱え込んでるんですかねぇ!?」
「落ち着けよ、若干の日本語おかしくなりかけてるぞ」
「落ち着いてられるかーっ! 『トリッキィ』の期間限定はねぇ! 一日限定50個! 開店は12時! 学生はログイン出来ないから買えない幻のスイーツなんだよ! 当然土日は長蛇の列で死を感じる!」
宥めようとしたらキレられてしまった。
それにしても
シックが学生らしいという極めてどうでもいい情報も手に入れたが、まあどうでもいい。
「ごめんね、シックくん。確かに声をかけるべきだった」
「いやダメでしょ? これ試作品だしシックの食レポには不適合じゃない? 『トリッキィ』からしても試作品で食レポ書かれたら困ると思う」
……んん?
ドルチェの言葉を思い出す。
『トロヴァトーレ』には、食レポや食べ歩きで有名な人がいると。
まさか……シックが?
シックが食レポで有名なプレイヤーだとしたら、ショウとシューラの台詞にも納得できる。
「食レポとか抜きにどうしても食べたかったんで……いやでもありがとうございます。頂きます」
一応落ち着きを取り戻したらしいシックが、いそいそとシューラの隣に座る。
目を輝かせてシュークリームを見つめるとゆっくりと手にとって、まずは香りを確認していた。
その表情はどこか恍惚としていて、初めて見る顔だ。
……ガチ感がある。
「隠すつもりはなかったんだけど、結果的にそうなっちゃったね。実はちょっと前に『トリッキィ』の人と親しくなる機会があって」
「待て待て待て、俺とカズキが置いてきぼりなんだが。『トリッキィ』ってなんだ? 店の名前か?」
「……『トリッキィ』は、エンオンで最大の料理ギルド。お店の名前も同じだけど、ギルド名でもあるから。それで、試作品が余ってるから引き取ってくれないかって言われて、とりあえず私が全部貰った」
ロクが遮ってくれたので説明がなされたが、シックは信じられないものを見る顔をしていた。
シュークリームの香りの確認すら中断して、シューラへと唖然とした顔を向けている。
「何個あるの?」
「微妙な差はあれどあと167個」
軽い気持ちで尋ねたらとんでもない返答が来た。
167個? シュークリームが?
それなら確かにシューラが無心で食べ続けようとしたのにも納得が行く。
シューラの性格を考えれば、皆に配り歩く真似はしないだろう。
今日のように、お茶のタイミングがたまたま被ったメンバーにお裾分けする程度で、そしてロクとカズキはたまたまそれに出くわしたというわけだ。
「3日分とちょっとじゃないですか……」
「まあ試作品だし」
「シックくんにまとまった数分けてあげたら? 50個くらい? 100いる?」
「平然と2日ぶん買い占める次元の話しないでください……」
結局、シックは100個引き取ることになった。
いくらなんでも一人で100個は飽きるのでは、50にすべきではないかと言いかけたが、シックが食レポで有名なら
であれば美味しいものがたくさんあるのは望ましいことで、シック本人が100欲しいと言うなら100渡してもしっかり食べきるのかもしれない。
……ただ、街中では腐らないとはいっても一週間で効力を失くすはずなのだが。
さらにはシューラが保管していた期間もあるだろうし、単純に考えて1日に20〜30個は食べないといけないのでは?
まあシックの問題なので考えるのは止めることにする。
「『トリッキィ』の人と知り合いなんて羨ましいです……いつか僕にも会わせてほしい……」
「いいよ。『トリッキィ』のマスターだけどいい?」
「マジすか……」
「向こうもシックくんのこと知ってるかもよ? それに食レポはありがたいんじゃないかな。『トリッキィ』系列のお店のレポも書いてたよね」
ご機嫌でパンプキンシューを頬張っていたシックだが、シューラの言葉を受けてまたも凍り付いた。
最大の料理ギルド、『トリッキィ』が運営する飲食店やパティスリーは1つではないようだ。
つまりチェーン店の大元のような……そんな感じのシステムなのだろうと推察できる。
「いやでもアイドルオタクがアイドルに会うみたいな感じしません?」
「そんなの気にする人じゃないよ」
「うん、『トリッキィ』のマスターにあとで連絡しておくね。たぶん喜ぶと思うし」
わけのわからない例えを持ち出し始めたシックは混乱しているらしい。
しかしトントン拍子で『トリッキィ』との接点が作られる話が進んでおり、混乱したままのシックはあれよあれよと流されていた。
2対1なのだから、必然ではある。
それにしてもそんなに有名な店のお菓子ならもっと味わって食べればよかった。
前振りも何もなく突如差し出されたので深く考えずに食べてしまったことを後悔する。
もうひとつ分けてくれないかと言うのは簡単だったが、ロクはひとつしか食べていないし、切り出しづらい。
ロクの場合、飲み物も甘いからというのはあるだろう。
しかしなにより肝心のシュークリームをアイテムとして持っているのはシューラなので、気軽に言うことが出来なかった。
まぁ、特に深いこだわりや執着があるわけでもない。
一応『トリッキィ』というギルド名だけ覚えておこう。
そう思いながらカズキはコーヒーを飲み干した。
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