最終話 魔法で繋ぐ道

 いきなり叫び出したロンを見て、俺は……頭を抱えた。


 いやいやいや、ここまで良い感じに話まとまってたじゃん。なんで今、よりによって魔法使いのお前が出しゃばってくるんだよ。しかも力を得たので仕返ししますって、完全に脳筋の思考じゃん!


「さあジレン! 脳筋どもをぶちのめし、ここも魔法の国にしてしまおう! 時代遅れの戦士どもは滅ぼすんだ!」


 雄たけびをあげるロンを見つめて、思わずため息をついてしまう。


 これが単なる脳筋の戯言であれば無視も出来たが、俺には彼の気持ちが分かってしまった。結局、傍から見れば魔法使いも脳筋も違いがないということなのだ。

 リンと出会っていなければ、俺もきっとこうなっていたのだろう。家族からずっと否定され続けた彼は、俺以上に辛かったに違いない。彼を救いたい一心で、ロンを見据えて口を開いた。


「気に入らないから滅ぼすなんて、それこそ脳筋のやり口じゃないか。ちょっと落ち着けって」

「何を言っているんだ、君だって分かるだろ? 魔法の正しい使い方も分からない連中は、もう必要ない。父上が余計なことさえしなければ、魔法こそが世の覇道だったんだ!」


 そう言うロンは、未だに国王の方を気にしているように見えた。


 その怯えようを見るに、俺や盗賊団の力を借りなければ歯向かうことさえ出来ない相手だったのだろう。力で押さえつけられ、自分のやりたいことも自由に出来ず……その苦しみは、俺にも良く分かる。だが。


「魔法が大事だってのは良く分かるけど、それは虐げる理由にならないだろ?」

「なるさ! ならないというなら、何故我々は虐げられてきたっ!」


 俺が諭すと、ロンは大声で叫び返してきた。彼の顔は怒りに歪み、今にも会場にいる人を殺しかねない剣幕だ。


 やはり、家族からも認められなかった影響なのだろう。彼の中には、今や怒りしかないように思えた。


「私は私を認めなかった奴らを決して許さない。私がようやく理想郷を、凡愚が踏み入ってなるものか!」

「お前の気持ちは分かる。俺も、昔いたパーティーでは認められなくて、同じように思っていたよ。でも……」


 俺はリン達を見てから、言った。


「世界には俺達を認めてくれる奴だっているさ。最初は分かり合えなくても、お互いに理解しようとすれば、きっと」

「理解だと? 凡愚を理解する必要もなければ、理解されたいとも思わんよ。私はただ、愚かな奴に邪魔されるのが我慢ならないだけだ」


 俺が説得を試みても、ロンは聞く耳を持たない。どんだけストレス溜まってたんだよ、口調まで変わってるじゃん……。


 呆れる俺の目の前で、ロンが両手の平を俺へと向けた。


「もちろん、私の邪魔をするというのなら君ももういらない。分かり合えると思っていたが、やはり無駄だったようだね」


 そこから放たれるのは、もちろん攻撃魔法。リンの記憶にある、〈爆裂〉と〈高速振動〉の合わせ技だろう。


 だが、俺はそれをコンセントレイトしていた〈突風〉で難なく弾き返した。爆裂は着弾までのスピードが速いため防ぎづらい魔法だが、お互いにコンセントレイトしていた場合は〈突風〉の方が消費も少なく防ぐことが出来る。


「思った通りだ。優秀な魔法使いは、。で? どこが分かり合えないって?」

「ちっ、読まれていたか!」


 悔しそうな顔をするロンに、俺はゆっくり語りかける。


「自分の世界ばかり見ていたら、決して他の人を理解なんて出来ない! 認められないなら、まずはお前が人を認めなきゃだろ!」

「ふざけたことを言うな、お前だって脳筋を認めてなんかいないくせに!」


 シリアス展開で脳筋とかいう言葉を使われると凄くしょうもない話してる気分になるんだけど……。しかし、彼は真剣だった。誰にも認められなかった悲嘆と、自分と違うものへの憎しみに満ちている。


 あれは、昔の俺だ。脳筋だらけのパーティーにいて、魔法使いであることを認められなかった頃の俺。だけど、今の俺は違う。

 パーティーを追放されてから、色々な世界を見て、分かった。他の人には他の人の世界があって、こちらから歩み寄れば、決して分かり合えないということはないのだと。


 日常を求める盗賊に会った。友達を求めて迷走する弓使いに会った。貴族だって、関係ない人種だと思っていたけどそれぞれ似たような悩みを持っていた。


「確かに認めちゃいない。でも、分からず屋なお前に分からせるには……脳筋なやり方が一番てっとり早いんだろうなとも、今は思うよ」

「なっ……!」


 他人を認めることの大切さを、伝えてやりたい。そのために戦わなきゃいけないというなら、俺にもその覚悟はある。


「結局、俺も脳筋じゃねぇか……」


 自嘲の笑みを浮かべてから、皆と目配せする。彼らも自分の知らない世界と出会って変わった人達だ。ロンを助けてやりたい気持ちは俺と同じようで、目を合わせると一斉に頷いた。


「ふん。魔法の力と魔王の力……そして勇者の力まで手にした私に、もう恐れるものなど何もない! 邪魔をする者は皆、滅び去れば良いっ!」


 彼の一部を乗っ取っている魔王も割と脳筋なのか分からないが、ロンは非常に頭の悪いことを叫んだ。だが彼の放つ魔法はその大口に劣らぬ破壊力で、彼が腕を振るうたびに闘技場の観客席が壊れていく。


 こんなこともあろうかと用意した予備の魔導書に仕掛けを施してから、俺は辺りを見回した。


「リン、サイクロプスを倒した時の要領で行くぞ! 〈風踏〉で補助するから、攻撃をかわしながら相手の隙を突いてくれ!」

「分かった!」


 まずは攻撃の起点になるリンに声をかけると、彼女は威勢のいい返事を返してきた。仲間としての久しぶりのやり取りに、お互い思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「ナナは俺が守りやすいように近くから矢を放ってくれ。大丈夫、ロンくらいの魔法使いならそう簡単に死なないからバンバン撃っていいぞ」

「うん分かった任せて」

「返事はっや! 友達以外にはほんと容赦ねえな!」


 ナナにも一応声をかけたが、正直必要なさそうだった。何も言わなくても絶対撃ってたよねそれ? なんなら俺とロンが喋ってる間も撃つかどうか迷ってた速さだよね今の。


「他の奴らは各自一番得意なことをしてくれ! 俺がそれに合わせる!」

「そんなことするより、君自ら戦った方が余程強いだろうに……。愚かな、仲間など作るからそうなる!」


 俺の指示に被せるように、ロンが俺のミスを指摘する。しかし俺自身は、ミスなどしたつもりはなかった。


 俺の補助でスピードが増したリンは今のロンでも目で追い切れず、ナナの矢は風を纏うことでロンの攻撃で軌道を逸らされなくなる。ルーは失った力を俺の魔法で失い、レイザンやミラの魔法は俺の補助で陰鬱さを増した。


 補助だけなぶん俺の負担は少ないが、俺が全体にもたらした影響は俺一人の戦力を遥かに上回る。


「そんなバカな! ジレン以外の奴らに、私が押される理由などないはず……!」

「知らなかったのか? 俺は……補助特化の魔法使いなんだぜ?」

「な、に……!」


 俺を攻撃特化だと思い込んでいたのか、ロンが目を見開く。どうやら俺は、まだ過小評価されていたらしいな。


「それに、他の皆のことも見くびりすぎだ。ミラだって、俺に会ってからは大分魔法の筋が良くなってるんだぜ?」

「ふご!? なんで私だけ名指し!?」


 だってお前、擁護できないくらい弱かったし……。でも俺知ってるんだからね。怖いくらいの素直さやあざとい語尾を研究するひたむきさが、お前の魅力だってこと。


 ロンの予想をはるかに上回る連携プレイで、彼は段々と皆から距離を詰められていった。近接戦闘が得意な仲間も多いため、このままいけば優勢は揺るがないだろうと思われた……が。


「私がいつ、遠隔攻撃の方が得意だなどと言った?」


 中距離を保っていたガイン達が調子に乗ってロンに近づいた……その瞬間。良いようにやられているように思えたロンが、突然目をギラつかせた。


「貴様らこそ私を見くびるな! 喰らえ、〈魔剣〉!」


 彼の叫びと共に放たれたのは、魔剣とは名ばかりの魔力の波動。しかしあまりにも魔力の密度が濃いため、形があるように見えるのだ。


 これを直に受ければ、俺の補助魔法をかけていても無事では済まない。円状に放たれた波動では、リンさえも避けられないだろう。


「しまった……!」


 自分では対処出来ない事態に、心臓を掴まれたような焦りを覚える。〈魔剣〉などという魔法は聞いたこともないし、きっと魔王の使える異国の魔法だろう。


 ここに来て、国王が魔法を制限した影響が出た。このままでは――


「大丈夫だよ、先生」


 声をかけてきたのは俺と同じく遠距離から補助していた、リアだ。


 俺が見ていない間も練習していたのか、その防御力は〈魔剣〉さえも抑え込んでいる。妹がここまで見事な防御魔法を使えるとは思わなかったようで、ロンも目を見開いていた。


「安心して、先生の魔法が繋いだ人は、これくらいのことで壊れはしないよ。ほら……」


 流石に〈魔剣〉を抑え込むのは辛いのか、顔をしかめながら闘技場の入り口を指差した。そこには、俺が待っていた人物が立っている。


 先ほど施した仕掛けによって、予備の魔導書は伝書鳩ならぬ伝書魔導書としてその人物を呼びにいったのだ。その人物は俺と目を合わせると、不敵に笑った。


「ヒーローってのは遅れてくるもんだ。で、何すりゃ良いんだって?」

「いやいや、お前のどこにヒーロー要素があるんだよ。あいつがやべぇ魔法使ってくるから、リアが攻撃を防げてる間に短期決着をつけたい」

「成る程な。まぁ、やべぇ魔法使うのはお前も同じだ……だから全く怖くねぇ」

「相変わらず、俺のこと舐めすぎだっての」


 俺は呆れながら、彼の強がりに苦笑する。その態度に不服そうな入り口の男は――俺の元いたパーティーのリーダー、アウロだった。


「んじゃ、さっさと片付けるぞ。いつもみたいにやれば、一瞬だろ」

「いつもみたいって、いつのことだよ」


 傲慢なアウロの態度に、今では安心すら覚える。


 【身体の魔導書】を買った理由の二つ目は、彼の腕を治すことだった。彼は全治した腕で剣を構え、俺と一緒にロンへと近づく。


「君は確か、宮廷魔術師が見たという浮浪者じゃないかい? そんな男が私の前に出てきて、どうにかなるとでも……」

「うるせぇ」


 自分の優位を確信するロンに、アウロの一刀が浴びせられた。俺の補助魔法を受け慣れている彼の太刀筋は、俺と一緒にいる間のみ達人の域に達する。


 魔法の効果を最も活かせる力の入れ方や、補助魔法の効果時間に自然と合わされた動きのリズム。ロンは魔法で防ぐどころか、避けることさえ叶わなかった。


「くそっ、ならば今までコンセントレイトしてきた秘術、〈魔導書連射ほ――〉」

「させねぇよ」


 俺の合図と同時に、ミラが辺りを闇に包ませる。それによって、彼の秘術とやらは狙いを定めることが出来なくなる。


「馬鹿め、魔法使いに視界封じが通用するわけないだろう!」

「あぁ、普通はそうだな。だけど!」


 俺が叫んだ途端、ロンが動揺したのが分かった。


「何っ!?」

「魔法使いは暗闇の中でも、音の魔法を使うことで敵の居場所を探知できる。だけど、今のお前は出来ない!」

「勇者のスキル、『難聴』……!」

「そういうことだ!」


 勇者のスキルが足枷になって、彼は魔法使いにも関わらず現状を把握できない。


 もちろんこの状況が続けば即興魔法でなんとかされてしまうから、アウロという決定力が来た時のみ出来る芸当だった。俺はロン以外の全員に魔法で現状を伝え、一斉攻撃させた。


「喰らえ! これが魔法使いと脳筋の合わせ技だ!」

「何故っ! 何故だっ!」


 追い詰められたロンが、悲痛な叫びを上げる。


「お前は脳筋を憎んでいたのではないのか! 私達を認めない脳筋に復讐を誓った、同志とばかり――」

「知らねぇのか?」


 見当違いなことを言うロンに、俺は教えてやった。


「俺は自分が認められるために戦ってきたんじゃねぇ。魔法を認めてもらいたかっただけだ」

「……!」

「魔法は使う人がいなきゃ、売れねぇだろうが!」

「この、魔法馬鹿……が……」


 ロンは後ろに倒れながら、そんなことを呟いた。





「いやぁよくやってくれた、まさか長男が逆賊になろうとは! 褒賞をくれてやろう。あ、さっきの国王やめるって宣言嘘だからね! いくらでも出せるから安心して」

「うるせぇ」


 ふざけたことを抜かす国王を、俺達はそれぞれ一発殴りつけた。ナナなんかはこいつを殴る理由もないのだが、今は脳筋流のやり方に則っている。元はと言えばこいつが全ての元凶なんだよな、脳筋キングめ……。


 アウロと協力した今では、脳筋みたく殴ることに一切の抵抗を感じなかった。


「自分の世界だけ見てたから、結局魔王なんてのを生んじまったんだろ? お前が切り捨てた世界に牙をむかれてちゃ世話ねぇよ」

「だったらわしは、どうすれば……」


 もう抵抗する力もなくなっている国王が、オロオロと辺りを見回す。しかし彼に苦しめられたリンは睨みつけるだけで、起き上がったロンも国王を助けようとはもちろんしない。


 だから俺が、助け船を出してやることにした。


「俺達みたいに、分かり合えない人を繋ぐ手助けをしてくれればいい。人はどうしても、自分の知らないものを恐れ、忌避する。だったらそれを繋ぐ何かが必要だ。今回は魔法だったけど……社会ってのも、そうあるべきだと思わないか?」


 俺が計算高い笑みを浮かべると、国王も意味が分からないなりに、必死に笑みを返してきた。




――元国王の多大なる尽力により、俺の書いた魔導書は総じて国民の必読本として発表され、目標としていた総発行数一千万部を軽々と達成した。


――なおその魔導書には、盗賊が善人に見える魔法や友達が勝手に出来る魔法などの危ない魔法が多く掲載されており、発行に携わった者達はいずれ魔王と呼ばれ恐れられることになる……。

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魔導書オタクとバカにされてきた魔法使い、即興魔法で脳筋どもを圧倒する @syakariki

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