女王非公式会談 ~焼肉とタバコと魔法少女と。2~
ピクルズジンジャー
パーティーの夜に
「――つうわけで、この話をユスティナに聞かせてやろうと思ったらおもっくそ嫌がられました、はい」
「それであたしに声がかかったってわけ? ま、いいけど。ちょうどあたしも女王と話したかったから」
建国二周年パーティーの夜、あたしが私邸に招いた公式ではドルチェティンカークイーンって呼ばれてる、あたしと同じような変わり種の魔法少女だった人です。ついでに言いますとポンコツのユスティナの「いい人」はこの人です、はい。
クイーンは、短くするのか長くするのかどっちかにすればいいのにと言いたくなるような妙な髪型にしてたり、右腕が鋼鉄製だったり目が赤かったりそちらの世界出身にしてはかなりキワもんな外見と、ポンコツのユスティナと四六時中べったりして毎日毎日あのベラベラと長い話を聞いていてもちっともめんどくさくならないどころか可愛くて可愛くてたまらんというゲテもんな趣味が特徴の変わった人ではりますが、かなり気立てのいい人でもあります。あたしが会って来た気立てのいい人の殆どは今この世にいませんが、この人だけは今でも生きてるっていう意味でも珍しい人なんです、はい。
クイーンは気立てがいいだけあってユスティナのように嫌がらず、あたしと一緒に肉を食うのに付き合ってくれます。パーティーのすぐ後だから結構上等そうな服を着てるのに文句を言いません。立派です。ポンコツのユスティナだったらこうはいきません。服が臭くなることへの苦情だけで十分くらいはぐちぐちぶつぶつ何か言いやがります。はい。
「改めまして、建国二周年おめでとう。パーティーよくがんばってたね、女王」
「ありがとうございます、ドルチェティンカークイーン」
「クイーンって呼ぶのはやめて欲しいんだけど。あんたみたいに本物の女王様ってわけでもないんだから」
「じゃあやっぱりウィッチガールスレイヤーですか?」
「廃業して結構経つんだから……。前からいってる通り普通にマリア・ガーネットって呼んでくれたら十分だよ」
「──名前を直接呼ぶのは遠慮したいのです。ユスティナが機嫌損ねますんで」
「まさか。そんなことないよ。マルガリタ・アメジストもそこまでやきもち焼きじゃないから」
慣れてない箸で肉を摘みながらクイーンは笑って取り合いません。
でも念には念を、ということがあります。前にも言いましたが、ポンコツのユスティナはこの人のことになると迷わずにエグい魔法を使うやつなのです。あたしがこの人の名前を馴れ馴れしく呼んだから──という理由でドカンとやらかすという可能性を否定しきれないのです。女王としてはそういう事態は避けたい。
「申し訳ないのですが、やっぱりクイーンって呼ばせてください。ユスティナがおっかないです、はい」
「……うーん、そこまでマルガリタ・アメジストを怖がる必要もないんだけど……。わかった、そんな顔しない。あんただけだからね、あたしのことをクイーンって呼ぶのを許したの」
ちょっと困ったように笑ってクイーンは許してくれました。
この人は見た目はいかついのにちっちゃい子供とか娘っ子に頼まれると嫌だって断れない人なんです。ちょっと情けなそうな顔をすると覿面です、も一ついうと別嬪の女王様姿より、ガキのあたしの時の格好の方が効果的です(あたしもこう見えてようやく手練手管というものが使えるようになったんです)。
こういう所がこの人のいい所でもありますが、一団体を率いる頭としては人が良すぎやしないかと不安になっちまう所でもあります。はい。
話がそれたので進めます、はい。
「やっぱりクイーンもサクラさんのことは自伝に入れない方がいいと思いますか?」
「……そうだね。やっぱり国としての体面を考えるとお勧めはできないかな」
「しかし、あたしのこれまででサクラさんのことは外して考えられません。サクラさん抜きで語ったあたしの人生はそれは嘘になっちまう。その種の嘘に目え瞑ってくれるほどお客さんってのは優しい人らじゃないです、はい」
ふんふん、とクイーンは話を聞いてくれます。わざわざ自分からしてるキワモンな髪型やら鉄の腕にばっかり目がいっちまいますが、この人はよく見ればかなりの別嬪さんなんです。昔、子豚の妖精にむしり取られて以降挿げ替えられたっていう右腕はしかたないにしても髪の毛くらいは伸ばして綺麗にすりゃあいいのにと思ってますが黙ってます。
「綺麗事ばっか書かなきゃならない本にしてもあんまり嘘はつきたくないんです、はい」
「なるほどね、いい心がけじゃないかな」
「何もかも後ろ暗いとこしかないあたしが女王様女王様つって持ち上げられてんのも『絶対に嘘をつかない別嬪さん』てのが担保になってっからです。だのにここでしょーもない嘘なんてついちまったら『嘘つきの別嬪さん』っつうことになっちまって信用性ガタ落ちです。それだけならいいんですが、綺麗な娘っ子を応援するって連中は大抵娘っ子が手前の思ってたのと違うって言動しやがると裏切られただのなんだの言ってゴネたおしてきます。これが怖い。だから極力嘘はつきたくないんです、はい」
「……うん。想像してたのとちょっと違う理由だったけど女王の言い分は分かったよ。納得はできる」
クイーンがあたしがどういう理由で「嘘をつきたくない」と想像していたのか気にならんでもありませんが、納得してくれたんならそれでいいです。
「ハニードリームにいた頃、そうやって姐さんたちにキレちらかすファンの連中をよく目にしてきたんです。人気商売やってる以上あの手の連中と縁は切れないにしても無暗に刺激したくはないんです、はい」
「女王の体面を保てる程度にはあいつのことを書きたい。そういうことでいい?」
「そういうことです、はい」
クイーンはあたしの言いたかったことをなんとか汲んでくれたようです。両腕を軽く汲んであたしの方をじっと見てから答えます。
「……だったら、軽く読んだだけではあいつだって分からない程度に曖昧にして書くっていうのはどう? 名前を書かない、身体的特徴や個人情報につながることも書かない。ただ行為と出来事だけ書けばいい。──ま、ちょっとした詐欺じみてるし読者はイライラして本としてのクオリティは下がるかもしれないけれど、少なくとも嘘をついたことにはならない」
「──おお」
ちょうど肉がいくつか焼きあがった所だったのであたしはクイーンの皿に取り分けます。先の案に対する礼のつもりでした。
「どうぞ食ってください。先から箸が動いていません」
「ああ、うん。ありがとう」
口では言いますがちょっと困ったような顔つきになりました。さっきから見ているとどうもクイーンは細かくサシが入ったような肉が苦手らしく、わざわざ鶏とか赤身とかパサパサしたとこの肉を選んで食ってます。娘っ子らしいやらかさに欠ける筋肉がぴちっと張った体をしてるだけあって、脂っこいのがあんまり得意ではないみたいです。
結局、あたしと思う存分肉を食える人はまだいないのです。はい。
「……サクラさんはカルビでもハラミでもホルモンでもガッツガッツいくらでも食うって人でした」
「あー……とりあえず高タンパク高カロリーなものをもりもり食べそうな姿はなんとなく想像つくよ」
「あんなちっちゃい体のどこに入ってんのかってあたしはいつも、はーって目で見てました」
「まあ、ウィッチガール業は体が資本だしね。とくにああいうジャンルは」
「肉と飯をあれだけ飲み食いしたのに不必要に肥えたりしないしどうやったらおっぱいとケツをほどほどの大きさにどうやって収めてんのか、あれも魔法なのかと、あたしはよく不思議に思ってました」
「……女王、あたしの前だから今はいいけど他の偉い人の前でおっぱいとかケツとか言っちゃダメだよ。気をつけなよ」
赤い目の上にある形のいい眉をひそめて心配そうに注意してくれます。
変身前の普段のあたしはどれだけ食べてもなかなか肉のつかない相変わらずガリガリのチビなので未だにどうにもこうにも危なっかしく見えるらしいです。この人もどうやらハニードリームのアヤメ姐さんみたいにトンチンカンなチビを構いたくなる性分らしくこうして注意してくれます。ショーの上とはいえむかしガチの殺し合いをやった仲なだったのを完全に忘れてるんじゃないかと疑いたくなっちまいます(そういうところもあたしから見ると逆に危なっかしいんですが)、はい。
そこらへんがサクラさんとは徹底的に違う人です。サクラさんはやられたことは絶対、何があっても、きっと死ぬまで忘れない人でしたから。
「それにしてもよく見てるじゃない。演出は苦手だって言ってたのに」
「さっき言ったのは下っ端やってて得た知見です。頭で考えてわかることと、実際やってみて出来るかどうかは別ですから、はい」
演出、というやつがあたしは未だに苦手です。
生配信のカメラの前で、あれ、あの、あれ、をぶち殺して王家のもんである琥珀を取り返してみんなが見てる前で女王様に変身した、これは一世一代ぶっつけ本番の演出でした。
これに成功したのはいいのです。が、演出が成功した以上、女王として日々演出せねばならない毎日が続くことを失念していたことは誤算でありました。女王業ってのは粛々と政だけやってりゃいいものじゃないってことを忘れていたのです。我ながらアホでした。
別嬪の女王に変身してるのを忘れて普段通りの喋り方をしちまいそうになる時だってありますし、動作が雑で気品がないとマナーの先生に叱られるのはしょっちゅうです。一般常識に欠けるので紳士淑女の偉いさんを無駄にビビらせそうになるのも度々です。はい。
その点このクイーンは演出が上手な人です。
界内外の偉いさんや新聞屋やなんかが大勢押し寄せてきたパーティーでも上等の服を着こなししゃんと背を伸ばして歩き、何かしら目立つ腕やら髪やら全身の傷やらを厚かましい目でじろじろ見られても羽虫にたかられた程にも感じてない風に堂々としています。煩わしいカメラを向けられてもその赤い目でうるさそうに見るだけ。大人の偉いさんに話しかけられても無駄な愛想をふりまかない。悪い妖精の国を二つ三ついっぺんに壊滅させたって業界内では有名な伝説の元魔法少女らしい偉そうで余裕綽々な振る舞いが板についてます。
本当に、あの赤い砂漠の赤い満月の下、火の雨みたいに赤い魔力を降らせて悪い妖精の国いくつかをいっぺんにねじ伏せて、あたしに演出っちゅうもんについて考えるきっかけになった事実上この人の引退興行になったショーの時のイメージそのまんまです。
そういう姿を見るに連れてあたしははーっと感心しちまうのです。人前に出てる時のこの人は娘っ子にお願いされると断れなくなるお人好しには全然見えんのです、はい。
説明が後回しになってましたが、クイーンはあたしとおんなじようにショーに出てた変わり種な方の元魔法少女です。所属団体の都合で、直接やりあったのは先にいった引退興行含むたったの二回っきゃありませんが。
クイーンは所謂ヒールっつうやつで、ピーチバレーパラダイスのウィッチガールスレイヤーっつったら対戦相手の可愛い娘っ子を手加減せずにバキバキにぶっ倒すっていうことで有名な人だったそうです。
その悪役っぷりのエロ素晴らしさといったら例えようもなく、上から下から涎垂れるほどだった──とポンコツのユスティナが頼まれもしないのにペラペラペラペラ飽きもせずに毎回毎回語り出す程度には見事な悪もんっぷりだったらしいです(本当はもうちょい大袈裟で七面倒な言い回しでショーに出ていた時のこの人を褒めちぎるわけですが、あたしなりにまとめると先のような言い回しになります。基本的にヤツはド助平ですんでこの纏めで間違っちゃないと思います、はい)。
つまり、生来の性格と違う役割を見事に演じてみせられる程度には、演出というもの、人の目を意識してどう振る舞えばいいかってことにに対するカンがある人ってことになります。はい。
この辺はサクラさんともよく似てるんですけどね、このことを言うとクイーンはちょっと微妙そうな顔になりますが。
そういう人だからこうやって、演出がなかなか飲み込めないあたしの相談によく乗ってくれるのです。ありがたいけれど、心の中のどっかでは本当に人が良すぎる人だなと、こっちがいよいよほっとけない気持ちにもなってしまいます、はい。
──しまった。ぼんやりしすぎちまいました。肉がちょびっとばかし黒くカリカリになっちまったのです。やっぱりサクラさんみたいには上手くいかない。
あたしがうっかり不景気な顔でもしてしまったせいか、それとも話の継ぎ目がなくなったせいか、クイーンが話を変えてきました。
「そういえば──この前あいつと会ってきたよ」
「!」
「相変わらず、なんていうかまあ……元気だったよ」
クイーンは言葉をぼかしました。ということは相変わらずあの人はあたしのことをめいっぱい恨むなり憎むなりしてるってことです。調子を崩されてないってことにあたしは安心しました。
あたしとは直接顔を合わせないサクラさんですが、ちょっとした事情があってドルチェティンカーの関係者とは時々連絡を取り合ってます。表沙汰にしてはいけないヤクザ仕事を斡旋したりもしてるみたいです。
サクラさんと顔を見合わせた時はああだったこうだった、と、クイーンは律儀に報告してくれるのです、はい。
それからすぐ、クイーンはちょっと申し訳なさそうな顔を作りました。
ははあ、さっき言ってた「あたしに話したかったこと」が始まるんだなとピンときたんで身構えます。
「女王、もう聞いてるかも知れないけれど──」
「ユスティナを設計したショコラポイジーの元技術者を攫ったことに関する話ですか?」
先回りして言ったんで、クイーンはちょっとだけ目を丸くしてから苦笑いをします。
「……流石、話も早けりゃ耳も早いね。本物の女王様らしいや」
「恐縮です。──まあ、クイーンがこの話を聞いてそういう行動に出るだろなってことはこっちとしてもある程度織り込み済みだったんでおどろきゃしないです。こっちもそちらさんに動かれてまずいって時にゃあ態々教えたりはしないですし、はい」
新しく焼いた肉をあたしはひっくり返します。
「ただ、連合のお偉いさん方がこの件嗅ぎつけなさった時は『ありゃドルチェティンカーさんが勝手にやったことなんでうちは知らない』で突っぱねさせてもらいますんで、そこんとこはご了承ください」
「分かってる。──ありがとう、女王」
礼には及びません、とあたしは言っておきます。そう言っておくと、多分クイーンはあたしの国を護る為に
クイーンはドルチェティンカーっつう国の頭だとさっきから再三に渡って申しておりますが、ドルチェティンカーには今の所縄張りはあっても国土っつうもんがありません。なので団体とか組織とか呼ぶのが本当は正しいのです。力関係で言いますと、あたしの国が親だとすりゃあドルチェティンカーは子ってことになります。
つっても表向きは対等な同盟ですからね、共有した情報をきっかけでクイーンが単独で動くってこともままあるわけです。単なる私的理由で戦争犯罪者のド悪人をかっさらって匿う等。
あたしの国は建前上、戦争を憎むし戦争はやらない、戦争で悲しむ子供は生み出さないってことを標榜してますんでこの一件が表沙汰になるととまあまあ面倒なんですが、ま、そこはお互いさまです。持ちつ持たれつってやつです。あたしもポンコツとはいえユスティナを抱えてるドルチェティンカーをユスティナのことを知ってる他の国への抑止力として利用してますんで、はい(文明圏の中枢主要国間じゃあユスティナを表向きはユスティナを全廃棄したポーズをとってやがってますが、どうせどっかに二〜三体は隠匿してるはずですし)。
クイーンって人が危なっかしいなって思う点は、この「持ちつ持たれつ」がなんでか理解できないってとこにあります。
口には出しゃしませんがきっとこの人は私的な理由でうちの国の理念に反することをやらかしちまったことを不必要なまでに負い目に感じてるはずです。だからあたしへこの「借り」を返すために少々ムチャをしなければならない、と、まあそんな気持ちでいるこったろうと思います。なんかわざわざ無駄に疲れる生き方を選んじまうような妙な頭の構造をしてるんです、この人は。
ここらへんが、さっきから言ってる通りどうにもこうにも危なっかしいって気にしてる最大の点になるんですが、こうして利用させてもらうこともありますんでわざわざ言ったりはしないんです(なにせあたしも手練手管を身につけましたんで)、はい。
心配してることを教えたりしない代わりに、というわけじゃありませんが給仕係にシメの甘いもんを持って来させます。クイーンは見た目がいかついけれど甘いもんが嫌いじゃない人なんです。絞った果汁で作った氷菓を盛った皿を前に笑顔になります。年相応の娘っ子ってな表情を見てると、まあまああたしと似たような過去を持つって人に見えなくなります。
なんせガキの時分に悪い妖精に家族の住んでた町の人をぶち殺された上に右腕むしられたって人らしいんです、クイーンは。魔法仕掛けの鉄の腕をくっつけた後しばらく、奴隷みたいな立場でさっきも言ってた見せもんのショーの芸人やってたっていう。戦場にはいたことなくても負けず劣らずエグい目にも見たり遭ったりしてきたって人なんです、はい。
でも、さっきから言ってる通り基本的にお人好しで表情の種類が豊富な所が似たような過去を持つあたしと徹底的に違ってる。
この人を前にしてふと間が空いた時に、あたしはついつい考えてしまいがちです。
同じように家族と国を奪われ、貶められた辱しめられ、その後ようやく報復を果たしたという似たような轍を辿ったにも関わらず私と目の前にいるもう一人の女王とは何かが決定的に異なる。それは何か。
そしてその差異こそが私がこの小国と利害を抜きにした繋がりを維持しておきたいと考えてしまう、感情優先の思考に陥ってしまう原因であろう。それは国づくりにどう作用するのか──。
「女王、怖い顔してるよ。大丈夫?」
「!」
氷菓を匙ですくった女王に声をかけられてあたしは慌てました。うっかり頭の中の膜を引っぺがしていたみたいです。いけないいけない。
我に帰った時にあたしの耳がぴくっとしたのがちょっと面白かったらしく、クイーンは少し笑ってから続けます。
「何か嫌なことでも思い出してた?」
「そんなんじゃないです、考え事です」
「そう? それならまあいいけど、瞬きもしないで一点凝視する時の女王って気持ちがここから完全に離れているように見えるから時々不安になる。何か怖くて嫌なものを見てるんじゃ無いかって」
あたしもたまにそういう状態になることあるみたいだから、クイーンは付け足しました。
ぱちぱち、とあたしは何度も瞬きを繰り返しました。気持ちを切り替える為です。
そんな様子のあたしを見て、安心したようにクイーンは微笑みます。
似たような経歴を持つせいか、それともわざわざ物事を面倒臭くかんがえる妙な頭の構造をしてるせいか、クイーンは思いもよらないとこから見えない距離をガッと詰めてくる所があります。しばらくそこから動かないだろって油断してたら一瞬であたしの間合いの中に入っていたりするのです。
そこがこの人の怖い所です。頭の中に理屈とか本能とかそういうのじゃ無いものが収まっていて、時々それの命令にのみ従って動いてくる。
その時がいつ来るのか、それにしたがったクイーンはどう動くのか。読めない。
この読めなさによる怖さは、あたしを慎重にさせます。ああこれは負けたな、勝てないなってなった、クイーンの事実上引退興行の光景が頭から離れないせいかもしれません。言い忘れてましたけど、あたしはこの人最後の対戦相手だったんです。気持ちいいほど物の見事な完敗を喫しちまいましたけどね。はい。
それから、こいつには勝てないと思わせるワケのわからない所が、戦場で相対したポンコツじゃない方のユスティナを連想させたりもします。誰も殺したくないし壊したくないって泣きじゃくりながらボカボカその辺ぶっ壊すような意味のわからない、普通のユスティナに。クイーンにはどこかそういう雰囲気があるんです。
そんな事情から、あたしはこの人のいいクイーンには「つけいる」以上のことができないのです。
ガチの殺し合いをすれば十中八九あたしが勝つはずの人なのに、この人を前にした時に戦意とか闘志っつうもんがすーっと萎えちまう。
まあそれでかまやしないんですが。現状あたしとこの人に喧嘩しなきゃならない事情はありませんし、もしそうなったらポンコツのユスティナのやつが絶対しゃしゃり出てくるのでいよいよ本気で面倒なことになっちまいます。だからそれでいいんです、はい。
わ、これ美味しい……と、クイーンが氷菓を食べて当たり前の娘っこみたいな感想を漏らしています。うちの国が昔から作ってた果物の汁から作った氷菓は特産物の売り込みのために作ったものでもありました。
口に合ったなら何よりです、と返してからあたしはクイーンに尋ねました。帳面に昔のことを書こうとして上手くいかなかった時から、この人には訊いてみたいことがあったんです。
「クイーンがもしあたしだったら、あの時、あれ、あの、あれをぶち殺してましたか?」
「?」
「目の前で、できればこれからも一緒にいたいなって人と、殺しても殺しても殺したりないって仇が抱き合ってたとして、クイーンはどんな風に動きますか?」
あたしの質問が唐突すぎたんでしょう、クイーンは赤い目をきょとんとさせました。そしてその後、なんだか懐かしそうにやらかく笑いました。そういう笑い方ができるんだから普段の格好もそっちに寄せりゃあいいのにってつい思っちまいます。
「マルガリタ・アメジストならあんたと同じことをやってた」
「──ユスティナのことは訊いてません。あたしはクイーンならどうするかを訊いてます」
──やっぱりクイーンの考えや駒の進め方が読みにくいのは不便で不可解です。それに遠回しにポンコツのユスティナとあたしが似てると言われたような感じがするのも、あまり愉快じゃないです。ポンコツのユスティナのことは決して嫌いじゃないのですが、あの小うるさい助平と似ていると思われてるのはなんかヤです。はい。
「クイーンの目の前で、ユスティナとクイーンの仇が抱き合ってたらどうすんですかってことを訊いてます、はい」
「女王。悪いけどその条件が成立しないから答えらんないよ。あたしの仇のことはマルガリタ・アメジストも好きではなかったからそういう状況になり得ない。『もしも』すらあり得ない」
いやにきっぱりとクイーンは断言します。「『もしも』すらあり得ない」なんてことはこの世の中ではそれこそあり得ないってことを分かってないのか、無視してるのか。やっぱりそこが危なっかしい。
あたしは問答を続けます。
「ユスティナの好きなやつがクイーンが死ぬほど嫌いだってやつだった場合を考えて欲しいんです、はい」
「──ごめん、女王。自惚れて調子に乗ってるやつだって思われそうで恥ずかしいけど、あたしよりもずっと好きだって人がいるマルガリタ・アメジストを想像するのが難しい」
「……」
悔しいけれどその通りでした。
言ってみたあたしも、ポンコツのユスティナのヤツがクイーンが死ぬほど嫌ってる連中(悪い妖精の残党、それから多分サクラさんもあんま好いちゃない筈です)と抱き合ってる所なんて想像つきませんでした。率先してぶっ倒そうとする光景なら簡単に目に浮かびますが。
質問の前提が間違ってることに気がついて、あたしは肉をひっくり返しながら悩みます。
そもそもあたしとクイーンはたまたま経歴が似てただけで、他のとこはあんまり似てません。
あたしとサクラさんの関係、クイーンとポンコツのユスティナの関係、外見はどっちも娘っ子の二人連れですが中身は全く違います。意見を聞いたところで参考になるわけありゃしませんでした。
そもそも、この人がサクラさんと会った時の様子をあたしに教えてくれるのも、自伝にサクラさんのことをどういう風に盛り込みゃいいか考えてくれるのも、きっとあたしとサクラさんが万に一つでも和解することがあるかもって「もしも」を夢に見てるからです。
全くお人好しにもほどがあります。口では軍事顧問の席を用意しているなんて言ってるあたしですら、そんなことが起きるだなんてひとっつも信じてないっていうのに。
サクラさんがあたしのことを許すのはポンコツのユスティナが悪い妖精と抱き合うのと同じくらい、あり得ない「もしも」なのに。
前半の「もしも」はあり得ないと言い切れて、後半の「もしも」はあり得るかもと夢に見られるというクイーンの思考はやっぱりワケがわかりません。
似たような経歴を持つ者なのにどうしてあたしはクイーンのように考えられず、逆にクイーンはあたしのように考えないのか、やっぱりどうにもこうにも不思議でたまらず、ついつい考えてしまいます。
ショーで人をぶち殺したかぶち殺してないかの差によるものか。
クイーンには一緒に助かった仲間がいたからか、あたしはたった一人で流された先々で仲良くなった連中とは大抵死に別れたからか。
あたしは頭の中を極力見ないようにして生きてきたけど、クイーンはありもしない夢みたいな絵を頭の中に飾ってそれを見て生きてきた人だからか。
どこで差が出たんでしょう。
「──女王?」
クイーンが左手を伸ばしてあたしの目の前で手を振ります。
おかげでいよいよ頭の膜がひっぺがされるってタイミングで戻ることができました。あたしはもういっぺん瞬きをします。
「大丈夫? なんだか疲れが激しいみたいだけど」
「……すんません、あんまり意識したなかったけどそうみたいです。やっぱりずっと別嬪の女王様やってんのは負担みたいです。はい」
式典、パーティーその他諸々人の目のあるところはピンと耳のたった別嬪の女王様姿でしたからね。直接サクラさんや、あれ、あの、あれ、の話をしてないのに頭の膜がひっぺがされそうになるのはそういうことなのかもしれません。
「だったらもう横になった方がいいよ。メイドさんに片付けてもらってもいい?」
クイーンが立ち上がって給仕係に片付けるように頼んだ後に、あたしのそばにまで来ます。そして有無を言わさずに抱き上げます。
これには耳がビクッとなるほど驚きました。そして怖くなりました。ポンコツのユスティナがみてたらえらいことになる! と、とっさに考えたせいです。
「いいです、寝床までそこです、歩けます!」
肉を焼いてる卓とあたしの寝床は同じ部屋にあります。てけてけ歩いてどたっと横になれる距離なんです。疲れてるったって平気で歩ける距離なんです。抱き抱えるなんて大げさです。あたしはバタバタ暴れますが鉄の腕なんて持つ分腕力があるクイーンは御構い無しで歩いて寝床にあたしを横にさせます。そして部屋係に寝間着を持って来させるように頼みます。
「……パーティーでも結構飲み食いしていたのに、あれだけ食べればそりゃ疲れるよ」
あたしの寝床は床より高い位置にある寝台ですんで、その縁に座ってあたしを見下ろします。手のかかるチビの世話をするのが嫌いじゃないっていう姐さんの表情になってます。
あたしは瞬きを何度か繰り返して、これだけははっきり伝えておきます。
「ユスティナを誤解させるようなことは控えてほしいのです、はい」
「誤解って……まあ、事情はちゃんと説明するから」
流石にクイーンもさっきみたいに「マルガリタ・アメジストはそこまで焼きもち焼きではない」と言いません。この状況は見られると誤解は必須でまずいな、とお人よしなこの人でも気づくみたいです。
だというのに、寝台の縁に腰をおろしたままあたしの頭を柔らかい方の左手で撫でます。
「……いいの? 今日の女王は話相手が欲しいみたいだけど。あたしで良ければ相手になるよ」
「クイーンに夜伽の相手をさせたって知ったらユスティナがキレます。お気持ちだけありがたく受け取らせていただきます、はい」
「夜伽って――変な言葉だけはよく知ってるんだから」
呆れたように笑いながら、頭の上から琥珀の埋まってるデコの当たりを撫でます。
「……なんで女王はマルガリタ・アメジストをそんなに怖がるのかなあ。あいつは他のユスティナとは違って考え無しに怖い魔法使うようなヤツじゃないって言ってるのに」
「――クイーンはユスティナってものを知らないから――やっぱいいです」
戦場でユスティナに相まみえたことのない人には、一見人形みたいな娘っ子がなんで怖いかどれだけ言葉を尽くしてもわからんでしょう。粉々に分解するならまだマシってレベルのことを平気でするんですから、ヤツらは。
それに魔法を使わないにしてもポンコツのユスティナは十分面倒なやつだしあんまり刺激したくはないんです。
それが何故かこのクイーンには伝わらない、あたしにはそれが不思議でなりません。
部屋係が箪笥から寝間着をもって来たので、寝台の上で着替えます。その間は流石にクイーンは頭から手を離して、こちらに背中を向けています。チビの着替えなんかみても仕方ありませんからね。
ちょうどその時、携帯端末がブーブー鳴る音がしました。卓の上に置きっぱなしになっていたクイーンのそれに着信が入ったみたいです。立ち上がってそれを取りに行きます。
「――もしもし、メラニー? 何、どうしたの? ……遅いって? ごめん、ちょっと女王と話があって……」
メラニー、と聞いて、ごちそうやら肉やらが詰まったあたしの胃が一瞬キリっとしましたが、部屋係は気づかずにあたしに寝間着を着せてゆきます。
携帯端末越しにあたしのマナーの先生と喋っているクイーンは、背中の開いた服の後ろ姿をこっちに向けたまま左手で頭をくしゃっとかき混ぜたのが見えました。
――嫌な予感がしました、クイーンがこれをする時は大体面倒なことが起きがちだからです。
「……ああ~……そっか、わかった。じゃあ今から迎えにいくから、そこで待って……え、何? こっちに来る? 嘘、本当にっ?」
ちょうどその時、部屋係の一人がささっとあたしの傍に近寄って耳元でひそひそと囁きました。
ドルチェティンカーからの来客が二人私室の前まで来ているが招き入れてもいいかどうかの許可を求めるものでした。
と思ったら、戸の前からとんでもない声が聞こえてきました。
「こらあ~、トト~! 開けなさい~、そこに隠れてるのは分かってるんだからあ~! うちの女王様を返しなさい~、トト~!」
……嫌な予感が当たっちまいました。あたしのことをトトって呼ぶヤツはこの世もあの世も含めて一人っきゃいません。はい。
それが聞こえるなり、クイーンはさっと駆けだして私室のドアを開けます。その途端、ツユクサみたいな色のドレスを着た娘っ子がなだれ込んできてドアを開けたクイーンに抱き着きました。レースかなにかの手袋をはめた両腕をクイーンの首の後ろに回してぐいっとその唇に食らいついてきます。
ポンコツのユスティナのやつはそうやって自分とこの女王様の口と動きを封じてから、ぷはっと息を吐きながら口を離して、呂律の回ってないヨレヨレした口ぶりでクイーンにからみます。
「んもう、マリア・ガーネット~、私をいつまで待たすのよぉ~、酷いじゃないマリア・ガーネット~、あなたと一緒にパーティーに出るからせっかく買ったドレスなのにどうして隣にいるのがあなたじゃなくてシスター・ラファエルなのよぉぉ~……」
「ああごめん、ごめん。マルガリタ・アメジスト、放ったらかしにしていて悪かった」
「あたしとシスター・ラファエルにどこかのおじさまとのお仕事のお話を全部私に丸投げしてぇ~。許さないんだから~、バカバカバカバカ~」
普段抜け目なく光らせている青い目からぐずぐず涙を流すポンコツのユスティナをささっと抱き寄せて、あとから入ってきて戸を素早く閉めてこのことはくれぐれも内密にと、部屋係給仕係に付け届けを手渡している濃い目にいれた茶みたいな肌色の女の人に聞きます(この人がメラニー先生で、今あたしのマナーの先生をやって貰ってる人です)。
「……どれくらい飲んだの?」
「この子も用心してたからね、飲んじゃないんだよ。ただつまんだデザートにを酒を利かせたフルーツを使ったケーキがあってね、気が付いた時にはこの有様だよ。……あたしも食べたんだけど子供だってここまで酔いやしないような風味付け程度の酒量だったてのに……」
まさかここまで酒に弱いだなんてねえ……と、つぶやいた後、メラニー先生はあたしの方を見て口ぶりをわざわざ改めます。
「お休み中の所、お見苦しいものをお見せして申し訳ありません。女王」
「いえ、頭をお上げになってください。こちらもユスティナがこのようになることを考慮しませんでしたから私どもの落ち度です」
「ユスティナは全個体アルコールを飲ませるとこうなるんでしょうか?」
「確証はありませんがおそらく個体差です。──次回から気をつけるよう料理長に申しておきます」
飲んでませんからぁ、酔ってませんからぁ、酔っ払うなんてみっともないことは私絶対しませんからあ~……と、ポンコツのユスティナは女王の腕の中で嘘ばっかこいて本当のポンコツになってます。大概な有様です。
クイーンの腕から身を乗り出したポンコツのユスティナは焦点の合ってない目でこっちを見ると、指をつきつけてウニャウニャ叫びます。
「あー、トト! あなたって人は私からマリア・ガーネットを取り上げてどうするつもり~! ダメだから、この子はあなたにも誰にもあげませんから~!」
「……誰も欲しいなんて言ってません。安心してください」
「なんですってえ~、私のマリア・ガーネットが欲しくないっていうの~? まったくもぉぉこれだからお子ちゃまはぁ~……。あのね、トト、うちのマリア・ガーネットはねぇっ、抱かれたい・踏まれたい・無茶苦茶にされたいウィッチガールだっていうので有名で……」
「マルガリタ・アメジスト! そこまでにしよう!」
焦った声でクイーンはポンコツにもほどがあるユスティナの言葉をかき消した後、すかさずいかつい方の右手の指を唇に当てます。
その流れで涙でぐずぐずに濡れてるポンコツのユスティナの青い目を自分の方に向けた後、赤い目で覗き込み、一瞬で伝説のウィッチガールスレイヤーの顔になります。
「──部屋に戻るまであと少し、お行儀よく出来るね? マルガリタ・アメジスト」
「……! 出来る出来るぅ、マリア・ガーネットぉ」
あーもうしゅきしゅき〜……とみっともなさの塊になってポンコツのユスティナは自分の胸に手を当てます。多分、ユスティナが色んな意味でヤル気になった時に光る紫色の光を隠そうとしてるんだと思います。そういうのを隠そうというなけなしの分別はまだあるんだなって、あたしは見てました。
「……クイーン、今日はあたしに付き合ってくれてありがとうございました。もう部屋に戻ってください」
「あー……そうさせてもらっていい? ごめんね、変なことになっちゃって」
抱きかかえた途端、ほっぺたを擦り付けてくるユスティナに往生するクイーンはすっかり普段通りお人好しに戻ってました。
「……でも、いい? あんた一人にしても」
「平気です。それよりもクイーンはユスティナに『魔法少女はニコチン・アルコールダメ絶対』って嫌ってほど言い聞かせといてください。くれぐれも頼んます、はい」
「──全くその通りだね……。じゃあ今日は失礼するね」
私は飲んでませんったらあ〜……と、ぺったり上半身をくっつけてるユスティナを抱きかかえたまま、ドアへ駆け寄って行きます。その際、メラニー先生に一言声をかけて行きました。
戸が閉まる音を聞いてから、ポンコツのユスティナが素面に戻った時にこのことをしっかり報告してやろうと決めました。多分ユスティナのヤツはこのことを信じやしない筈なので、嘘だとかありえないとか自分はそんなことしないとゴネた時は何度も何度も繰り返し嫌ってほど言い聞かせてやろうと強く思いました。
そうすりゃ多少はあのやたら長いおしゃべりがマシになるかもしれませんので。はい。
──それはそうと、あたしはメラニー先生と部屋に二人で残されてしまいました。どうしましょう。
さっきも言いましたが、今あたしはこの人にマナーってものを教わっています。そして残念ながらそっち方面であたしはよい生徒じゃありません。劣等生もいいとこです。
なので寝台の上で座って、ぺこんと頭を下げました。
「申し訳ありません。先生のご指導に背いてパーティーではついご馳走を食べすぎてしまいました。あまりにも美味しそうでしたので」
「──それは、構いませんよ。幸い口の中にものをたくさん詰め込むようなみっともない食べ方はしていませんでしたし、気さくで親しみやすい女王様という好印象を植え付けたようですから。但し次回からは控えましょうね」
いつ怒られてもいいように先生相手の時だけはしゃべり方をきちんとしたのに、今日のメラニー先生はちょっと優しめでした。さっきの騒動が恥ずかしかったのかもしれません。
けれども普段おっかない先生が優しいと調子が狂うものです。寝台の上でもぞもぞしていると、メラニー先生の方から姿を変えてくれました。
ポンっと音を立てて、黒い羊の人形みたいな姿になります。創造の魔法を継承し各種魔法道具及び魔法武器を製造販売するドルチェティンカーの妖精、それがこの人の正体です。
人間の姿だとおっかない先生ですが、この格好だとあんまし怖くはありません。が、しゃべり方には一応気をつけます。
「先生、横になっても構いませんか? お恥ずかしい話ですが今日はくたびれました」
「ああ、ご苦労さんだったね。もう休みな」
妖精の姿になると先生の口調もこういう雑なものになります。メラニー先生は横になったあたしの頭のそばにちょんと座ると、ぽてぽてした手で頭を撫でました。
先生にそういうことをされるのは、いくら人形みたいな妖精姿でもちょっと緊張しちまいます。
「……先生、どうなさいました?」
「いや何、今日のあんたを一人にするのはなんだか心配だから相手してやってくれってジョージナが言ったからね。確かに今日はあんたの晴れの日だってのに、その夜が一人っきりってのは後々堪えちまう」
「──」
「その相手ってのがあたしってのは冴えないもんだけど、一年もありゃあパーティーの夜を過ごすのに適当な相手くらいいくらでも見つかるさ。女王様としてきちんと振る舞えるようになりゃあね」
ジョージナっつうのはクイーンの本名だってことは何処かで聞いた覚えがあります。メラニー先生がクイーンのおっかさんがわりだったってことも。きっとユスティナがペラペラ喋った中にそんな内容があったのかもしれません。
おっかさん、母さん、母上。
そんな風に考えると頭の膜が剥がれちまうのできゅっと目を閉じて体を丸めました。腹が張ってたせいで多少ウエッとなりましたが。
「……たった一年ばかしで、そんな人が本当にできるでしょうか? そんな人があたしみたいなもんに出来るなんてとてもじゃないけど信じられません」
「一年が無理なら二年でも三年でも待ちゃあいいじゃないか。それから『あたしみたいなもん』なんて言うんじゃないよ。たった一人で国を取り戻した傑物の女王様が」
「──失礼しました。『私のような者』でしたね」
「そういうことじゃないよ。……ったく、相変わらず聡いのかトンチキなんだかわかんない女王様だね」
呆れはしても愛想はつかしてはいない口ぶりで、メラニー先生はぽてぽて頭を撫でました。その手つきがなんだか気持ちよくて、瞼が落っこちてきます。
こういう人と一緒にいることができたせいでクイーンはお人好しになったんでしょうか。
頭を撫でられながらそんなことを考えます。
あたしは来年も無事建国記念のパーティーを迎えられるんでしょうか。
迎えられたとして来年は誰か、他のいい人と一緒にすごせるんでしょうか。一緒に肉を焼いて食ってくれるような人と。
「──」
多分そういう気持ちの良い夢は後々ぶん投げなきゃいけないことになる。だから見ない方がマシだ。
そうとしか思えなくて、あたしは瞼にきゅっと力を込めたんです。はい。
女王非公式会談 ~焼肉とタバコと魔法少女と。2~ ピクルズジンジャー @amenotou
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