第2話

 姿見の前で合わせ鏡を作れば、理想の自分になれる。そんな噂を頼って、陽介はそれを実行した。が……


「どこだ、ここ?俺は確か、合わせ鏡を作って。何も起きないと思ったら、誰かに肩を掴まれて……」


 辺りを見回すと、そこは見慣れた学校のグラウンド。

 時間は夜のまま。無意識のうちに、ここまで歩いてきたのだろうか?いや違う。

 校舎に目を向けて驚愕した。校舎の形が、見慣れている物とは左右逆だったのだ。まるで、鏡に映ったみたいに。


「ようやくお目覚めか」

「えっ?」


 陽介は振り返り、息を飲んだ。

 そこにいたのは野球のユニフォームを着た、自分自身だった。


「あ、アンタはいったい?こ、ここはどこなんだ?」

「まあまあ落ち着け。俺は鏡の中に住む者。悪魔みたいなものかな」

「あ、悪魔……」


 自分と同じ姿をした悪魔。いったい、どういう事だ?


「俺は決まった姿を持たないから、今はお前の姿を模している。まあ気にするな。それと、ここは鏡の中の世界だ。おっと、脅えるなって。俺はお前の願いを叶えたいだけだ」

「俺の、願い?」


 確かに、鏡に向かって野球が上手くなりたいと願った。だけど、まさか悪魔が出てくるだなんて……


「ど、どうか命ばかりはお助けを。それともまさか、魂をくれとか言うんじゃ?」


 震える陽介。しかし……


「ははっ、そいつはとんだ的外れだ。俺は見返りなんて求めない。本当に願いを叶えたいだけだよ。上手くなりたいんだろ、野球?」

「は、はい……」


 こんな時でさえ、つい本音が出てしまう。それを聞いた悪魔はにっこりと笑う。そして……


「よし、それじゃあ特訓だ!」

「……へ?」

「『へ?』じゃねーよ。上手くなりたいなら特訓あるのみ、だろ?」

「確かにそうですけど……」

「なあに、時間なら心配するな。ここ鏡の世界はな、現世とは時間の歩みが違う。何日練習しても、現世では一晩しかたっていないんだ」

「ええと。でも、悪魔の力でパーっと上手くなるとかできないんですか?」

「はあ?何甘い事言ってるんだ。テメエ死にてえのか?」

「いえ!やります特訓!」


 ……それからはまさに地獄の特訓だった。いったいいくつボールを投げ、ノックを食らっただろう?


 特訓は辛く、苦しかった。中でも一番きつかったのは……


「左ピッチャーの方が有利らしいな。お前サウスポーになれ」

「その手に持ってる漫画って、『巨人の星』ですよね。そんな前時代的な考え方は……」

「悪魔に逆らうのか?」

「滅相もございません!サウスポーになります!」

 

 こうして彼はサウスポーへと転向した。

 その後も特訓は延々と続く。しかしその甲斐あって、陽介は野球がメッチャ旨くなった。

 そしてついに地獄の特訓が終わり、元の世界に帰してもらえる事になった時。


「そうそう。これだけ手伝ってやったんだから、最低でも甲子園には行けよ。もし行けなかったら……その時はお前の魂を貰うからな」

「は、はいいい!」


 こうして元の世界に戻った陽介は、特訓の成果を発揮して大活躍した。

 そして、他の野球部員の指導にも力を入れるようになった。自分一人では甲子園には行けないと、分かっているから。


 彼は必死だった。何せ甲子園に行けなかったら、魂を盗られるから。

 そして今日、いよいよ甲子園行きをかけた決勝戦が行われる。


「やるぞ、命がけで」


 魂が掛かっているんだ。絶対に負けるわけにはいかない。

 そうして、運命の決勝戦が始まる……

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鏡よ鏡、理想の俺を映し出して。 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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