鏡よ鏡、理想の俺を映し出して。
無月弟(無月蒼)
第1話
夜の校舎の中に、一人の男子生徒の影があった。
彼の名は陽介。この高校に通う2年生であり、野球部員。彼はある思いを胸に、わざわざ夜の学校に忍び込んでいた。
彼がやってきたのは、階段の踊り場。そこには大きな姿見があった。
日付が変わるまであと5秒。用意してきた鏡を取り出し、それに自身と姿身を映し出す。鏡の中には、無数の自分の姿が映った。合わせ鏡の完成である……
「俺をもっと凄いピッチャーにしてください!甲子園に行けるくらいの、誰にも負けないピッチャーに!」
鏡に向かって、陽介は叫んだ。
午前0時に姿見の前に立ち、合わせ鏡を作って姿を写すと、思い描いていた理想の自分になれる。そんな言い伝えが、この鏡にはあった。
陽介は、野球部では控えピッチャー。どこか思い切りの悪い所があり、投げても今一つ成績はパッとしない。そんな自分を変えたくて、本当かどうかも分からない噂を頼りに、こんな夜中に校舎へと忍び込んでいたのだ。
「お願いです!甲子園に行きたいんです!」
陽介の声が響く。しかし……
「何も……起きないか……」
当然だ。理想の自分になれるなんて、そんな都合のいい話があるわけが無い。
「やっぱり、だめかあ……」
がっくりと肩を落とす陽介。しかし……
ガシッ!
誰かが、その肩を掴んだ……
「どうした!気合が足りねーぞ!」
太陽が照りつけるグラウンドに、熱の入った声が響く。
「そんなんで甲子園に行けるか!俺達の実力は、こんなものじゃねーだろ!」
部員達に檄を飛ばしながら、マウンドで豪速球を投げる投手が一人。
彼の名は陽介。少し前までは、控えピッチャーだった男である。
以前までの陽介どこか消極的で、実力も平凡。決して目立つタイプでは無かった。だけどいつからか、彼は人が変わったように強く、そして周りを引っ張っていく男となった。それはまるで、人が変わったように。
「陽介の奴、今日も気合入ってるな。見たかあのストレート、いつの間にあんな球が投げられるようになったんだろうな?」
「アイツを見ていると、俺達も頑張らなきゃって気になるよな」
今や陽介は、野球部にとってなくてはならない存在となっていた。実力も人望もあり、彼がチームを引っ張って行ったおかげで、ついに地方予選の決勝戦まで駒を進める事ができた。あと一つ勝てば甲子園である。
「魂を掛けてでも行くぞ、甲子園!」
明日の決勝を前に、気合は十分だ。けど、ちょっと不思議に思う者もいた。いくらなんでも、短期間で人はそんなに変わるものなのだろうかと。
「アイツ、本当に人が変わったみたいだよな。実力も、性格も」
「そういやさあ、ちょっと気になるんだけど……」
ピッチング練習をする陽介を見ながら、一人の部員が首を傾げる。
「アイツ、いつからサウスポーになったんだろうな?」
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